クロスカルチャー コミュニケーション

マラッカ


夕暮れ時、辺りがとつぜん騒がしくなった。音に反応して、空を見上げると野鳥の群が森へ向かい飛んでいた。その数の多さ、鳴き声の激しさによって、マレーシアにいるのだと実感する。
昨晩、成田を発ち、シンガポールに早朝2時すぎ到着、地下鉄が動き出すまで空港で待ち、バスを乗り継ぎシンガポールとマレーシアの国境を越え、ジョホール・バルに着いたのが午前9時。長距離バスに乗り換え、マラッカまで約4時間。バスターミナルで市バスに乗り換え、マラッカ観光の中心地にあるゲストハウスにたどり着いたのが午後3時すぎ。シャワーを浴び、荷物をほどいて、移動中ずっと読み続けていた東野圭吾の「手紙」を手に屋上へあがった。ゲストハウスのスタッフが居心地のいい屋上があると勧めるのにも頷ける。観葉植物、木製のベンチとテーブルが並ぶ落ち着いた空間だった。ベンチに座り読み耽ること30分で完読。広い空の下、吹きぬける風を感じる開放感と本の内容があまりにも対照的で思考停止のまましばらく佇んでしまった。

赤く色付いた空に舞う野鳥や海鳥を眺めていたら、マクドナルドやスターバックスの看板が目に入った。せっかくの異国情緒を乱された気がする一方、微妙な安心感を抱いてしまう自分が悲しい。マラッカ海峡に沈む夕陽を望めるところまで歩いて5、6分と思いつつ、ゲストハウスを出て、まっすぐ向かった先は大型ショッピングモールだった。ボディショップ、ナイキなどの店舗をまわり、フードコートへ入った。マレーシア料理は、タイ、インドネシア、中国、インドの料理が混ざった感じで、バラエティに富んでいる。何を食べようかしばし思案の後、豚の角煮丼と卵スープのセットを頼む。八角の香りが効いていておいしかった。その後、スターバックスで買ったキャラメルマキアートをすすりながら、何気なく両替所の各国レート表を覘いた結果、マレーシアの物価が予想よりちょっと高かった理由が判明した。成田空港にある京葉銀行では1リンギット38.6円、マラッカの両替所では1リンギット31円だった。ベトナムで知り合ったマレーシア人によるとベトナムとマレーシアの物価はほぼ同じ、ただ宿泊施設はベトナムの方が安くてきれいとのこと。付け加えるならば、お酒もベトナムの方が安い。マレーシアはイスラム圏なので、酒類をあまり扱っていないし、値段も他の物価に比べるとかなり高い。

帰ってきてすぐベッドに倒れこみそのまま爆睡、お昼過ぎにのっそりと外へ出るとすぐ強い日差しに襲われた。近くの中華料理店でお粥と揚げパンを食べて態勢を整え、スタダイスまで歩く。スタダイスは、1941年に建てられたオランダ総督の住居で、現在はマラッカ国立博物館となっている。マレー王国の時代、ポルトガル、オランダの植民地時代を経て、英国占領時代、日本軍の進駐時代、独立までのマラッカの歴史を垣間見た。キリスト教会、サンチャゴ砦を足早に見て、丘の上に建つセント・ポール教会と宣教師フランシスコ・ザビエルの像の前に立った。聞き覚えのある名前だと思ったら、日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師の像だった。一時期この丘の墓地に遺体が安置されていたとか。気力を振り絞って、マラッカ独立宣言記念館、マラッカ・スルタン王宮を見学して、暑さをしのぐためカフェに逃げ込んだ。アイスティーを片手にスコーンをかじっていると背後から「もう植民地時代のものは見たくない」という声が聞こえてきた。日本軍の存在とちょっと重なり、心のなかで「そうなのね」と呟いた。植民地のなごりといえば、マレーシア人の多くが英語を話すこと。外国人観光客が多いのにも頷ける。中華街で鶏丼を食べて、ゲストハウスに戻り、リビングルームの本棚に並べられている日本の漫画本を数冊借りて、部屋のベッドに転がった。リビングルームに日本の本や漫画がたくさん並べられている理由は経営者の妻が日本人だから。「南京虫がいたらすぐに教えてください。駆除方法を教えます。」という張り紙が壁に貼ってある以外は、異国を感じさせない。「美味しんぼ」の海原雄山のうんちくを読みながら、眠りについた。

翌朝、ゲストハウスのスタッフにインドネシアのスマトラ島について尋ねた。マラッカからドゥマイ(スマトラ島)まで高速フェリーで1時間45分ほど。過ごしやすいけれど、刺激が少ないマレーシアを出て、インドネシアをまわろうかと考えていた。スタッフの答えは「絶対に行かない方がいい。何もないし治安も悪い。フェリーを降りてすぐに物売りや客引きに囲まれるだけ。まだ余震も続いている。それと、マラッカ海峡は海賊も出る。」と。諦めきれずにインターネットで検索したところ、マラッカ海峡は海賊多発地域として有名で、マシンガンやロケットランチャーで武装した海賊がタンカーなどを襲撃しているほか、インドネシアで誘拐した子どもを漁船のエンジン室に詰め込みマレーシアへ運んでいるらしい。そして、スマトラ島沖地震以降、スマトラ島の治安、衛生が悪化しているとか。さすがに断念するも、マラッカ川にある船着場に行き、ドゥマイ行きの高速フェリーとその脇を泳ぐ小さなワニを見つめてしまった。川沿いの道を歩き、マラッカ海洋博物館で帆船(ポルトガルの交易船を復元したもの)と当時の資料を見て、斜め向かいにある海軍博物館で艦載ヘリコプターと兵器などを見た。照りつける太陽に肌をじりじり焼かれながら繁華街に移動して、カキ氷や冷えた豆乳で水分を補給しながら、おしゃれなアジアン雑貨店をまわった。荷物が増える葛藤がなければ、もっと楽しい買い物ができたのにと悔やまれる。


マレーシアの人にどこへ行くのがお勧め?と聞いたところ、みなマラッカは、はずさなかった。作家、沢木耕太郎もマラッカの夕日を見に訪れている。観光地として本当にいいところだと思う。わたしの文では、マラッカの良さがまったく伝わらないので…