クロスカルチャー コミュニケーション

モスクワ旅日記 2003

6 day 「罰金」

朝10時ごろ、エストニア行きのバスを教えてもらいに隣りの家に寄った。電話帳片手にバス会社、ターミナルに電話をかけてもらうもすべて話中でまったく繋がらない。しばし思案の結果、エストニア大使館で聞けばわかるわよと丁重に問い合わせてくれた。レニングラード駅で買えるという。列車と間違えているのではと疑いつつもサンクトペテルブルグ行きの列車が出るレニングラード駅に向かった。

大きな荷物を抱えた人でごった返す駅構内で、途方に暮れそうになるもインツーリスト(ロシアの国際旅行社)の文字を見つけ窓口を目指した。尋ねると隣りだと言われ、視線を先に向けるとユーロバスという看板が目に入った。さっそく、エストニア行きのバスチケットを求めると切符売り場へ行くようにとのことだった。とにかく教えられた場所に行くと列車の切符販売窓口が並ぶ部屋にユーロバスのボックスがぽつんとあった。エストニアの首都タリンまでの片道乗車券を900ルーブル(約30ドル)で購入して、駅を出た。ちなみにバス停は、レニングラード駅の向かいにあるカザン駅の隣りだった。

Kさんの家に行く途中、キオスクに寄り、なにかおいしいビールをと頼むとスタールィ・メーリニックが出された。500ml缶を5本買い、抱えながら歩いているとパトロール中の警官と目が合った。とっさにパスポート持っているよねと自問してしまったが、苦笑いされただけで声もかけられなかった。ロシアでは、つねにパスポートを携帯していなければならない。検閲されたときに提示できないと罰金を課せられる。路上で酒を飲んでも、汚い言葉を吐いても罪になる。そして、たいていは悪徳警官が外国人からお金を巻き上げるときに使われた。ロシア人ならば、身分証明書を家に忘れてきたで通るところも外国人だと高額な金を要求される。最近では、悪徳警官が減ったと聞いても哀しい習慣でつい身構えてしまう。
Kさんのアパートへ行き、酒の飲めないロシア人を横目にもう一人の友達を加え、三人で夜更けまで、ワイン、ビールをあける。明日、仕事がある友達は、深夜、白タクで帰宅したが、わたしはそのまま寝袋で就寝。

7 day 「アルバート通り」

犬に顔をなめられ、目を覚ます。寝袋から這い出して、顔も洗わずに残り物のつまみをつつきつつ、ワインを飲む。そして、土曜日だったことを思い出し、Kさんを引きずり、白タクでイズマイロフ公園へ行く。毎週末、オープンマーケットが開かれているはずなのに門は閉ざされ、なかは静まり返っている。入口付近では、わたしたちと同じように状況把握のできない人々が群がっていた。近くにとまっているパトカーをみて、事件かと思ったが、近くのスタジアムでサッカーの試合が行われるからだとKさんが人づてに聞いてきた。

「フーリガンの大暴走が怖いから、きっと店を閉めているのよ。サッカーの試合後、うちの近くでもフーリガンが大騒ぎしてうるさいから」
Kさんの説明で納得し、地下鉄をつかってアルバート通りにあるハードロックカフェへむかった。店内の内装も接客態度もアメリカ的なことにKさんは、ロシアじゃないみたいですっごいいいわねぇと連呼する。ロシアの生活に疲れたとき、気分転換には最適な場所だと思う。コーヒーとケーキ、店の雰囲気を十分に堪能してから外に出た。

「10年前、ロシア人は骨董の価値を知らなかったから、このへんで古いものを安く売っていたのよ。買っておけばよかったわ」
Kさんがアルバート通りを歩きながら言った。ソビエト崩壊直後、生活のため、道端で所持品を売る人がとても多かったと聞く。

「我が家は、三代に渡って全財産をなくしているの。祖母は、ロシア革命で財産を没収され、母は、第二次世界大戦で焼け出され、わたしは、ソビエト崩壊のときに銀行に預けておいた預金がすべて凍結された。こんなことなら、もっとおいしいものを食べたり、いいものを買ったりすればよかった。後悔している」
かつて、ロシア語の先生から聞いた言葉が頭に浮かんだ。

「アルバート通りあたりにアパートがあった人は、いいお金をもらってほかへ移った人もいるけど、マフィアに脅されて追い出された人も多いって聞いたわよ。かなりひどいことをしたらしいわよ」
Kさんの言葉にわたしも大きくうなずいた。年寄りを言葉巧みに旅行へ誘い出し、出かけている間にアパートを売ってしまうという話はよく耳にしていた。
アルバート通りを散歩し、腹ごなしをした後、グルジア料理レストランで食事をして地下鉄の駅でKさんとわかれた。

8 day 「3ドルの価値」

昨日のリベンジを果たし、イズマイロフ公園のオープンマーケットで外国人観光客の一員となり、土産品を物色した。数多くの露天が集まり、さまざまな物が売られているので見ているだけでも楽しい。値段もまちまちで、交渉力にもよるけれど、アルバート通りよりは安い。一通りまわってから、少し奥にある衣類マーケットへ足をのばした。こちらは、とにかく衣類が安いので、一般の買い物客で大混雑していた。人の多さに圧倒されてしまい、購買欲も食欲も失せてしまったので、バグラティオノフスカヤにあるマーケットへ行くべく地下鉄の駅にむかった。

バグラティオノフスカヤ駅から人の流れに添って歩けば着くよという言葉に従い、周囲をきょろきょろしながら5分ほど歩くと意外な場所に出た。大型倉庫のような建物に電化製品の店がみごとに集まっている。テレビ、パソコン、洗濯機、冷蔵庫、時計、CD、DVDなどあらゆるものが揃っていた。こんなところに海賊版のCDなんてないのではと思ったが、やはりロシアだった。ほとんどが海賊版で、あらゆる種類のソフトが1枚3ドルほどで陳列されていた。無事に買い物を済ませ、建物を出たところで「お買い上げありがとうございます」という巨大な看板が目に入った。ロシアでは珍しかったので、カメラをむけていたら、ごついロシア人の兄ちゃんからここでは撮ってはいけないと威嚇された。マフィア系の場所なのを思い出し、素直に退散する。

家に帰ると近所のおばあさんが遊びに来ていた。顔見知りのおばあさんなので、いっしょにお茶を飲み話を聞く。5年ぶりに会ったおばあさんは、ずいぶん生活に疲れている面持ちで、すさんでいるようだった。

さばの燻製を見て、「ずいぶん長い間見てきたけど高くて買えないよ」と言うおばあさんの言葉に3ドルの価値をあらためて考えさせられる。さばの燻製1尾は、3ドルほど。1ヶ月70ドルほどの年金で暮らしている人には、たしかに重い。そして、金銭感覚の差にやるせない罪悪感を覚えた一件を思い出す。ロシア留学中、アルバイト先から帰宅するとこのおばあさんが人目をはばからずに泣いていた。聞くとマーケットで財布を掏られ、60ドルほどすられたという。魚屋で裏方として働いた給料(パート)の2ヶ月分だった。田舎に住む子供たちへのお土産を買うところだった。魚屋からもらってきた魚の粗を毎日食べて貯めたお金だったのにと涙声で話す。ちょうどアルバイト料を受け取った日でもあったので、より複雑な心境にさいなまれた。某日系企業から日給80ドルの数日分。気分は臨時収入だった。居たたまれなくなり、近くの食料品店へ行き、買うつもりだったと聞いたサラミとチョコレートの詰め合わせを買いおばあさんに手渡した。そのとき、おばあさんがその値段を言い、ほら、もういくらいくら帰ってきたと自分を慰めるのを聞き、やるせなかったが、外国人としてそれ以上踏み入ってはいけない気がしていた。それから6年が過ぎても、自分にできることは、質素な生活を心がけることだけだと、二人のおばあさんの会話を聞きながら思った。

9 day 「郊外電車」

日本から遊びに来た知人Hさんをホテルまで迎えに行き、クレムリンの近くを歩いているとき、警官に呼び止められた。パスポートの提示を求められ、わたしは住民登録を申請したときに渡された書類、Hさんはパスポートを見せる。
「昨夜入国したHさんが住民登録を終えているのに、なんで、おまえはパスポートすらないのか」
警官にいぶかしげに尋ねられえた。
「Hさんは、ホテルに泊まっていて、わたしは、一般の家に泊まってる。ホテルでは、すぐに住民登録が発行されるのに役所だとなんで1週間もかかるの?」
逆に聞き返すと、警官は首を傾げ、もういいという感じでパスポートと書類を返してきた。

ヤロスラバリ駅に行き、セルギエフ・パッサードまでの乗車切符を買う。往復で64ルーブル(約2ドル)だった。ちなみに地下鉄はどこまで乗っても7ルーブル(約25セント)、バスは運転手から切符を買うと10ルーブル、切符売り場で買うと7ルーブル。

モスクワからセルギエフ・パッサードまでは約1時間半。ビールとポテトチップをキオスクで買って、ホームへ行こうとしたら、なんと改札があった。

「この改札、いつからできたのかなぁ。以前にはなかったんですよ。自由にホームへ入れたから、切符もよく使いまわされていて・・・」と Hさんに説明する。
「でも、バーコードを改札に使っているなんてすごいですよね」と別のことに感心していた。
そう言われてレシートのような切符をしげしげと眺める。しっかりとバーコードが印刷されていた。
掲示板でプラットホームを確認し、郊外電車に乗り込む。

「車両がやっぱり大きいですねぇ」
Hさんが言った。たしかに広い。通路をはさんで両側に向かい合う3人がけの椅子が並んでいる。週末は別荘へ行く人で込み合う客車も平日なのですいている。広い座席に腰を下ろしビールを開けた。しばらくすると新聞、雑誌、文房具、日用品などの売り子が次々と現れる。大声で商品の説明をしながら、客車を渡り歩く売り子たちの姿にHさんはかなり圧倒されているようだった。

セルギエフ・パッサードで郊外電車を降りると寒さが一段と厳しく感じられた。セーターしか着ていないHさんにはこたえたようで、コートを探すことになった。そして、何気なく町へ向かい歩き出したところで、改札がなかったことに気がついた。

ちょうど見つけた古着屋でダウンコートを買い、トロイツェ・セルギエフ大修道院を見学する。博物館が月曜日でお休みだったので、教会をのぞき、城壁内を散策した。

歩きつかれ、たどり着いたカフェで食事をすることになった。ビールとカツレツ、サラダ、ポテトフライなどを注文し、しばし待った後、ビールで乾杯。あれっ何か変。えっもしかして・・・。ビールを注文したとき、ゼロでいいのかと念を押されたことがよみがえる。やられた。バルチカのゼロは、ノンアルコールビールだった。とうぜん、違うビールを注文して、料理をおいしくいただいた。

帰りの郊外電車で、切符の検閲にあたった。車掌がドキュメントと言うので、切符を差し出したが、となりのロシア人は身分証を取り出していた。違うの違うと合図する車掌を見て、思わず笑いそうになったがこらえる。「ドキュメント」という単語は英語もロシア語も同じ意味なので、外国人であるわたしたちに理解させるための配慮だと察した。

車掌が検閲する姿をしばらく見ていて、無賃乗車の人が少ないことに驚いた。最近では、みんなちゃんと切符を買っているのねと心のなかでつぶやく。無賃乗車で捕まった記憶がよみがえる。ヤースナヤパリャードにあるトルストイの荘園からの帰り道、トゥーラからモスクワへ向かう郊外電車のなかで、往復切符だと思い込んでいたのが、片道切符だと判明して、3倍ほどの罰金を支払った。とは言っても、たしか3ドルほど。案内してくれていたロシア人の女の子は落ち込んでいたが、この抜き打ち検査で捕まっている人がけっこういたので、まったく気にならなかった。わたしともう一人の友人の関心は、わら半紙でできたレシートのような正規切符に比べ、違反切符が色つきの上質な紙を使用していることにあった。ちなみに、→が片道、が往復のマーク。切符をよく見ると出発地と目的地の間に書かれている。

そして、 無賃乗車人は、ザビッツ(うさぎ)と呼ばれている。うさぎの震えるしぐさが捕まらないかとびくびくしている人の様子に似ているからとのこと。そんな呼び名とはうらはらにロシアの無賃乗車人はふてぶてしかったので、記憶に残った。

モスクワへ戻り、救世主キリスト聖堂を見物する。セキュリティチェックを受け、聖堂のなかに入ると手の込んだ装飾が目にとびこんでくる。
「ずいぶんお金がかかってそうですねぇ」
Hさんが隣でつぶやいた。たしかに、ペレストロイカ以降に再建されたとは思えないほどの出来栄えだと思う。祭壇の前で足をとめる。すると、突然、聖堂内が明るくなった。光を浴びて壁に描かれた宗教画がさらに浮かび上がる。信仰心がなくとも思わず崇めたくなるほど引き込まれた。音楽が流れ、夕刻の礼拝が始まる。神父らが、お香をまき、聖水をふりかけていく。信者らは、みな一心に祈り続ける。厳粛な空気が流れるなか、しばし立ち尽くした。
アルバート通りにあるセルフ式のレストランで夕食を取り、Hさんをベルグラードホテルまで送り、家路についた。

10 day 「海賊版」

Hさんが、海賊版CD-ROMを見たいというので、ふたたびバグラティオノフスカヤにあるマーケットへ行く。ちょっと早く着いてしまったので、隣にあるオープンカフェでコーヒーを飲み時間をつぶし、開店と同時に入店した。
「開発ソフトまでよく揃っていますねぇ」

エンジニアであるHさんは、感嘆の声を上げていた。ロシアでは海賊版で設計しているのだろうかと思うほど種類が充実している。 
ロシアの海賊版は、あらゆる分野ですごい。映画館封切り前に海賊版が発売されたりもする。ただし、あたりはずれも大きい。一人で全員分の吹き替えをやっているものに当たると誰の台詞だか分からなくなってしまう。若い女の子の「きゃー、助けて」なんて台詞も野太い男性の声で淡々と話される。ラブシーンなんて、コメディにしか聞こえない。また、映画はどうやって入手されるのかという疑問も、エンディングのロールがまわるとすぐに解けた。人影がくっきり写っていた。そして、時が経つほど多くの・・・。

ロシアの電脳地帯を堪能した後、モスクワ大学へ再度潜り込み、お昼を学食で済ませた。わたしには、ごく普通の味でもHさんには厳しかったようで、あまり手をつけなかった。ヴィラヴョーヴィの丘からモスクワの中心地を見渡し、リフトで丘を下る。とにかく紅葉が広がる景色がきれいだった。モスクワ川沿いにヴィラビョーヴィ・ゴールィ駅までのんびり歩く。

地下鉄に乗り、パーク・クルトゥーリ駅まで行き、トルストイの家博物館で落ち合う約束をして、Hさんと一時別れた。旅行会社に寄り住民登録について話をした後、トルストイの家博物館を見学し終わったHさんと合流して、できたての生ビールを飲むべくビール工場へ向かう。

ビール工場らしき建物をみつけ、地下にあるBARへ入ってみた。ごついボディガードが入口に立ち、怪しい雰囲気が漂う。店内は、懐かしいプールバー風。そして、マフィアの幹部といった風なおやじ二人がビリヤードを突いていた。席につき、メニューをみると生ビールが消されていて、ハイネケン、バドワイザー、バーバリアン、バルチカなどおなじみの銘柄しかない。とにかく、さくっと飲んで、さくっと出るべく、てきとうなビールを頼み、一気に飲み干し、そそくさと退散した。

その後、絵画を鑑賞したいというHさんをトレチャコフ美術館まで送り、入口のところで別れた。トレチャコフ美術館は、展示室が60部屋以上あり、普通に歩いても1時間半ほどかかる。絵画好きの人にはたまらないが、お付き合いするのもたまらない。ということで、先に家路についた。