一般に水生昆虫という場合、分類学的な意味はありません。 この言葉は、生活史の一部あるいは全部が水界である昆虫群の総称です。 水生昆虫が水質評価における指標昆虫として重要視されてきたという歴史的な経緯もあり、渓流性昆虫に比べ止水性昆虫の研究は十分とは言えないものがあります。 特にその生態にはまだまだ未知の部分が多く、いざ飼育を始めようとしても、参考になるようなものがなかなか入手できないために困っている人も多いと思います。 一般的な飼育対象が鞘翅目(甲虫目)や半翅目(カメムシ目)などの止水系の昆虫ですから、なおさら資料に乏しいのですが、ミズカマキリやコオイムシ、ゲンゴロウなどの代表的な止水性昆虫は昔から親しまれてきた水辺の昆虫であり、年令を問わず、今も多くの愛好者がいます。
ところが、近年このような昆虫類をめっきり見かけなくなりました。 ゲンゴロウもタガメも、ミズスマシやミズカマキリさえ都市部ではほとんど見つける事ができず、わざわざ遠方まで採集に出かけても、農薬を大量に使用する近代農法や用水路などの徹底した三面護岸などによって手に入れることさえ容易ではありません。
このような状況下で各方面から販売要請や質問などがたくさん寄せられています。 その都度ご協力をさせていただいておりましたが、どうしても上手く飼育できなかったり、新たに飼育を始めようと考えている方にために、比較的ポピュラ−な水生昆虫の飼育方法を中心にご紹介していこうと思います。
トンボや蝶など、人気の昆虫は生活域が広い(飛翔性向が強いことなど)場合が多く、飛ばない種類に限って嫌われるものが多いのでしょうか、一般的に飼育される昆虫の種類は少ないようです。 その中にあって、タガメやゲンゴロウなどの水生昆虫が飼育対象になるのは、水槽などの狭い閉鎖空間で飼育ができるために観察し易く、幼虫期、成虫期ともに水生という珍しい生態のために同じような環境で飼育できることなどに理由があるようです。 最近では珍しくなってしまったことも人気の理由なのかもしれませんが。
水生昆虫の飼育に際しては、昆虫に対する学術的な知識があれば有利に違いありませんが、もっと重要なのは幅広い知識と観察です。 実際に飼育をすれば、予想外の様々なトラブルに遭遇するでしょう。 それらの事態に対して原因の究明と打開策を書物や資料に求めても所詮限界があります。 いろいろな知識を元に原因を想像し、改善策を施し、その結果をよく観察して評価する。 この繰り返しこそが基本であるということを確認して下さい。 子育てのようなものです。 子供を元気に健康に育てることに関しては、児童心理学の先生や小児科の医者よりも、経験豊富なお母さんの方が上手でしょう。 信じられないかもしれませんが、慣れてくればタガメの前肢の構え方で空腹か否かは容易に判断できますし、産卵期に入っているか否かなど雰囲気で判るようになります。 判るというより感じられると言った方が適当かもしれません。
飼育しようと考えている種は出来る限り自分で採集するのが理想です。 自分で採集した場合には、自然生息している環境を自ら確認しているのですから、飼育に必要な知識の殆どを知っていることになります。 いつ頃、どんな所で捕まえたのか? 気温や水温、天気はどうだったか? 日当たりは? 生息域の植生はどうだったか? 他にどんな生物がいたか等々、参考になる情報は大部分採集時に入手できるわけです。 幼い子供が可愛がっていたカエルをお風呂に入れてやって殺してしまったり、カブトムシを石鹸で洗ってやったら呼吸できずに死んでしまった云々などの笑えない話を耳にするのも、デパ−トなどで手に入れるからで、苦労して眠い目を擦りながら夜間採集して手に入れた個体なら、このような間違いはしないだろうと思うのです。
そうは言っても、初めての人が水生昆虫を捕まえるのはなかなか難しいことかも知れません。 とにかく相手は水の中にいて目立ちませんし、夜行性で昼間は殆ど動かないものもいます。
ここでは代表的な生息場所を紹介しましょう。
水槽にたっぷり水を入れ、マツモやキクモのような沈水植物をわずかながら入れて、その中に水生昆虫を入れている人がいますが、補食行動を水中で行うために水の中にいるのであって、餌を十分に食べた個体は上陸性向が強まります。 溺れないためとも、寄生虫退治や体についた苔などをとるための甲羅干しとも、飛翔前に羽を乾かしているとも考えられます。 いずれにしろエラ呼吸をする魚と違い空気呼吸が基本ですから、陸域を確保してやることが何より大切なことです。
わが国にははっきりした四季があり、そこで生息する昆虫にも独自の気候風土に合わせて独自の生態的特徴があり、その最たるものに越冬があります。 もともと水生昆虫は南方系の昆虫が多いと思われますが、日本で、しかも冬場に雪が降るような地域においては、如何に冬を越すかが最低限必要な条件になります。 寒さが厳しくなり、体液が凍りついてしまうと細胞組織が破壊されてしまいます。 そのために体液組成を変えるなど様々な方法で冬を越しますが、成虫飼育における最後の関門が冬越しということになります。
飼育技術には技術的段階というものがあります。 成虫の飼育 → 産卵 → 孵化 → 幼虫飼育 → 新成虫の産卵(累代飼育の完成) → 遺伝的な障害の有無の確認と個体数が拡大傾向にあることの確認。
このような一連の技術を身につけてはじめて飼育法を習得したと言えるのです。 展示技術に興味がある方も、水生昆虫の上手な飼育技術をマスタ−してはじめて観賞重視の水槽作りができるのですから、始めから一足飛びに何でもやろうとしないで、ここはじっくり始めようではありませんか。
この稿おわり