こちらのページでは、妊娠2週から9週までの母の記録をまとめている。

 

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07-16-2000 (2w+4d)

7月16日から17日にかけて皆既月食が見られた。 20世紀最後で、しかも皆既継続時間が1時間47分にも及ぶ今世紀最長の皆既月食だったらしい。晴天に恵まれ、地球の本影による食の全経過を見ることができた。我が家でも久しぶりに3階の雨戸を開けて、ベッドで横になりながら、徐々に欠けていく月を眺めていた。 その月が全て地球の陰に隠れた時、我が家にコウノトリが飛んできて、屋根の上に舞い降りたらしい。。。

08-12-2000 (6w+3d)

今日、学さんと病院に行った。というのも、微熱が続いていて、9日に判定薬を使ってみたら、なんと陽性。これは!(*_*)と思い、溝の口にある産婦人科の個人病院に行ってみた。入っていってみると、いきなり「本日の受付は終了しました」の立て札。とってもショック(+_+)を受けたが、よく見るとそれは、小児科、内科の検診だった。奥には妊婦さんらしき人たちが結構いて、産婦人科はまだ受付しているのがわかった。小児科、内科は、11日から早々とお盆休みに入っていたらしい。産婦人科は14,15日だけお盆休みだそうだ。 受付のお姉さんはかわいらしい感じの人で、いい印象(^.^)を受けた。でも、呼び出しをしている看護婦さんがちょっと怖い印象(-_-;)を受けた。問診票を書いて何分か待っていたら、呼ばれた。入ってすぐ、呼んでくれた看護婦さんはいい感じの人だと印象を変えた。が、勧められた椅子に座った途端、の前にいる看護婦さんが一言「全然記入ができてないから、口頭できくけど、、、、」。『うーん、なんか無愛想すぎない?』と思いながら、こちらも対抗する感じで質問に答えていった。ずっとその敬語なしの質問は続いた。その間、先生は座って聞いているだけだった。目を合わせようとはしない。すぐに内診になって、あの個性的な診察台に乗った。カーテンが引かれても、2分くらいそのまま放っとかれた。『このスッポンポンで足開いている間って、結構ストレス(-_-;)なんだけどな』と思いながら待っていると、いきなり「始めますよ」もなく診察が始まった。器具が結構痛かった(>_<)。『これで大丈夫なんかい?』 診察の間、お医者さんと看護婦さんの会話は、ちょっとなんか配慮が足りないのではないかと思った。というのは、私の内診をしながら、「あと何人」「あと3人です」「これじゃ足りないじゃないか」という別の話。『なんか機械作業だし、配慮が足りないなー。私に集中してよー。(-_-;)』と思っている間に診察が終わった。 最後の結果を言うときも、お医者さんは目を合わせない。これがここの主義なのだろうか。「妊娠してます」と言われても、なんかすごく機械的で、「あ、そうですか」って感じだった。でも、子宮の中の写真を見せてくれて、そら豆みたいな部分をさして、この部分だと教えられたときは、『あ、この写真欲しい(@_@)』と思った。しかし「これってどの位置なんですか」という質問に「子宮の中」という答えが返ってきた。ま、医者的には子宮内か子宮外妊娠かっていうのが問題なんだろうけど(-_-;)、わたし的には「おなか側なんですか、背中側なんですか、右側なんですか、左側なんですか」ということを聞きたかったんだけど、これ以上なんか噛み合わない質問しても仕方がないなと思ったので、「アルコールって飲んじゃだめなんですか」という別の質問をしてみた。これには例の怖い看護婦さんが「べろべろにならなきゃ大丈夫よ」と答えてくれた。先生も「何10年か前はこんな段階では、妊娠が確認できなかったんだし、普通に生活してて大丈夫だ」とおっしゃってた。「ご妊娠おめでとうございます。現在、満6週です。」という紙とさっきの写真をくれて初診は終了した。再診は2週間後。2週間後でそら豆の袋が大きくなって心臓の鼓動があれば、完全に妊娠したことになるらしい。そのそら豆がそのままだったら、ダメということになると言われた。初診料\8,000.-。ちょっと高い。。。 学さんに写真を見せて(^o^)丿、アルバムを買って帰った。

08-26-2000 (8w+3d)

2回目の診察。病院に行くと先々週とは全く違い閑散としていた。私たちの他に2,3人の妊婦位しかいなかった。人数のとおり、すぐに診察室に呼ばれた。先週の無愛想な看護婦さんはいなかったみたい。「最初に内診室に入ってください。」と言われ、そそくさと行った。いつものごとく診察台に上がるとやはりお医者さんはすぐには来てくれなかった。ただ、今回は看護婦さんが気にしてくれて、ブランケットみたいなものを下半身にかけてくれた。掛け物がとられると、先生らしき気配がした。『また、何にも言わず診察が始まるのかしら』と、思っていたら、看護婦さんが「始めますよ」と言ってくれた。『今日の看護婦さん達はみんな常識のある人達だ』 今回は内診というよりは、超音波検査のみだった様子。でも、いきなり先生が発した言葉は「破れてるなぁ。」だった。看護婦さんも「破れてますか。」という相槌。 『えー、何?何が破れてるの?まさか流産????』 なんかとてもショックでとても「な、何が破れたんですか」って聞けなかった。「はい、終わりですよ。」と看護婦さんに言われて、そそくさと履物を履いていたら、「6週だな。」というお医者さんの声が聞こえた。『?????』 内診室を出て、問診机の方に行ったところ、私は我が目を疑った。『なぁにぃ。先生、タバコ吸ってる。私の問診しながら。ちょっと向こうにはお腹の大きい妊婦さんもいるのに。うっ、気持ち悪い。大きな灰皿が問診机の上にある。あ、吸殻もいっぱい。』 あまりのショックに優しい看護婦さんがいろいろこの後のことを話してくれているのが、あまり耳に入らなかった。我に返って「じゃ、元気なんですね。」と聞いたら、その看護婦さんが「元気に育ってますよ」と言ってくれた。その間、お医者さんは私のカルテがどこかにいってしまったらしく、探していた。それは、片付いてない机の奥の方から出てきた。『・・・・・・・・』 次は3週間後。そのときまでに保健所に行って母子手帳の交付をしてもらうように言われた。交付してもらったら、1ページから4ページまでかけるところまで書いてきてとも言われた。その中には3枚複写のところがあるので、3枚重ねて書いてくれとも言われた。次回は感染症の検査があるらしく\13,000.-するという。通常の検査は無料だが、HIV、C型肝炎、風疹は有料だそうな。今回の写真は子宮の形が写っていた。とりあえず、8週(3ヶ月)と言われたが、次回の検診で胎児の座高を測って、出産予定日を修正すると言われた。現在、出産予定日は2001年4月7日ということになっているが、「10日くらい遅れるだろう」というお医者さんのお言葉。 『あまりに先生のモラルが低すぎるんじゃないかなぁ。看護婦さんたちはいい感じだけど。』 診察料\7,000.-也。 その後、買い物で鞄を開けたときに「妊娠届出書」を破いてしまった。ははは。 家に帰って、広島と千葉の実家に報告の電話を入れた。

08-31-2000 (9w+1d)

今日は休みをとって高津保健所に行った。学さんも午前中だけ休みをとってついて来てくれた。そこは区役所と同じ建物の中で、さすがに平日のためか、人が少なかった。私の前に一人のおじさんが何か届け出ていて、それを待っていたところ、女性の方が私を見てくれたので、「母子手帳をもらいに来たんですが」と言った。その人は用紙を差し出して記入するように言ってくれた。 記入して持っていくと、今度はおじさんが対応してくれた。丁寧に説明してくれて、母子手帳のほかにいろいろな副読本をくれた。また、両親学級についてもいろいろ教えてくれた。8月の3回目は旦那さんたちがいっぱい来すぎて大変だったらしい。私は1月ころらしいので、11月末には申し込まなくてはならないらしい。学さんも絶対参加してもらおうと思った。 一通りの説明が終わったので、帰ろうと思ったら、私が「相談したい」欄を書いていたのを気が付いてくれて、保健婦さんを呼んでくれた。私が「そのお医者さんは診察中にタバコを吸っていたので、ちょっとショックで、別のよいところがあれば、紹介いただきたい。」と言ったところ、その保健婦さんは親身に聞いてくれた。ただ、やはり溝の口近辺は個人で専門の産婦人科は少ないらしい。また、この方はそのお医者さんのところで働いていたことがあり、10数年知っているらしいが、タバコだけは止められないし、モゴモゴはっきりしゃべらないのも昔かららしい。しかし、出産数が多く、あんな態度をとっていても、妊婦には信頼されているようだ。もしかしたら、周りの看護婦さんでもっているのかもしれないし、周りに個人病院が少ないからかもしれないが、悪いうわさは聞かないらしい。全室個室で食べものも美味しいとのこと。夫の立会い出産も可能らしいので、もうちょっと様子をみることにした。やっぱり、よく知っている人に聞くと安心する。 ランチを学さんと一緒にとって、会社に行く学さんを見送った後、ちょっと買い物でぶらぶらした。マタニティーショーツとかを買って大荷物で歩いて帰ったら、大雨に降られてしまった。傘持ってないのに。。。 家に着いて、ちょっと調子悪くなってしまったので寝ていた。そのときちょっと茶色っぽいおりものが出ていた。ちょっと心配。

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