*** SCENE 17 ***
 



 資料室へ行ってみよう。
 あのメッセージを「/」のところで分割して並べ,右はじから縦に読む。すると,「預かりものをしています。千葉さんからです。資料室の一番右側の棚を見よ。」ということになる。つまり,千葉からの預かりものを資料室に隠した,ということだろうな。何でそんな面倒くさいことをするんだおまえは,とか,千葉が今さらいったい何の用なんだよ,とか色々ツッコミどころはあるんだが,
 ――しかし,何よりも。
 「追伸。探さないでください☆」って何それ。
 何考えてんだアイツは。

 腹がたつんだが,自分が何に怒っているかよくわからない。そんなモヤモヤした気分を抱えて,資料室の前まで来た。
 灯りが漏れている。ノックすると,「はい」と声がしてすぐにドアが開いた。君嶋だった。
「なんだ,こんな時間まで仕事してたのか?」
「一昨日の報告書を明日いっぱいで提出しなければならないんです」
「え? まだ終わってなかったのか?」
「被疑者の経歴に対し,腑に落ちない点がありまして」
「そうか……大変だな」
 俺はぼんやりと積みあがった本やファイルの山を見渡した。
「これが全部その資料なわけか? でもそれって泪さんに頼んでデータベース検索してもらった方が早いんだけどな」
「そう思ったのですが,泪さんは別件でとてもお忙しいようでしたので。チェッカーの発注が全然合ってない,とか何とかおっしゃってましたが……」
「そ,そうか……」
 ちなみに,その発注をやったのは俺である。ということは俺のミスなんだな。やだなあ。明日泪さんにそれとなく嫌味を言われることだろう。(……もっとも発注の書類書きなんて本来俺の仕事じゃないし,それが俺にまわってきたのは泪さんの単なる嫌がらせだけどな)
「ところで,大谷さんは何のご用でいらしたんですか」
「あ,うん。ちょっとな」
 一番窓際の棚に歩み寄り,ざっと眺めてみた。特におかしなことはないが,さて姫宮のヤツ,何をどこに隠したんだろう。
「ひょっとして、これをお探しデスか」
 いきなりピンクワニのどアップ。俺は思わず後ずさりして,棚に肩をぶつけてしまった。
 少年が,蛍光ピンクのぬいぐるみを両手で捧げもっていた。陰からにゅっと突き出た顔が,にぱっと笑う。……誰だろう。
「ど……どうしたんだ,それ」
「そこの棚の上においてあったもんで。大谷さんの? いやぁ、変わったシュミだなぁ」
「いや,俺のってわけじゃないが……とにかくそれを探してたんだ。ありがとう」
 ぬいぐるみを受け取って,まじまじと相手の顔を見た。いったいここで何をしているんだろう。見たことがあるような顔だが,思い出せない。と,俺の視線から言いたいことを悟ったのか,
「あー…覚えてないデスかねぇ,さすがに。報告で一回お会いしたきりデスしね。鳥越っていいマス」
 と彼は笑ったまま言った。ひどく使いにくそうに丁寧語を喋っている。
「佐々木さんを通じて、またこちらでお仕事をイタダイタんデスけどね」
「臨時のバイトということで,私の仕事を手伝ってもらっているのです」
「あ……そうか。そうだったな。うん。いや,ちょっと最近物覚えが悪くて……いや,すまないな」
「いいえ〜,別にそんな〜?」
 と,君嶋が「気にするな鳥越」と重々しく言った。
「私は,先日の任務で色々と悟ったことがある」
「何を?」
「『マトモなヤツほど目立たない』。目立たないのは自分がマトモな証拠だと思え鳥越」
「…………」
「…………」
 笑ったまま固まって何も言えない鳥越。俺も言えなかった。
「キッツイなぁ,真琴ちゃんってば……」
 引きつった笑顔のまま,なんとか冗談めかした言葉を紡いだものの、
「可愛いコに言われると、倍傷つくなぁ……俺」
 更に先に続ける言葉は見つからなかったらしい。鳥越は遠い目をしてしょげかえる。
 でもって,「何が傷ついたんだオマエ」ってな横目で鳥越を見やる君嶋。
 いや,おまえその発言はビミョーだぞ?とか突っ込んでおくべきなのだろうか。
 しかし誰がどう突っ込むべきなんだ。マトモだが「目立たない」と断言されてしまった鳥越は,怒るべきなのか喜ぶべきなのか。それと俺の場合,「目立たないけどマトモ」と認識されているのか,「目立ってるけどマトモじゃない」と認識されているのか,どっちなんだ君嶋。そしておまえは自分自身をどちらに分類してるんだ。そこんとこかなり気になるぞ。
「で,このワニはいったいなんなのですか」
「え? ああ」
 君嶋に言われて,俺はワニの背中についていたチャックを下ろしてみた。黒いスイッチがついた,プラスチックの箱が入っている。試しにスイッチを入れてみた。

『ちゃららちゃっちゃちゃー♪ お見事です大谷さん,見事正解です。
賞品はハワイ10日間の旅をペアでご招待!
 ただし自費です。

 奇妙な合成音が響き渡った。

『ただーしその前に! もうひとつお使いをしていただかなくてはなりません! 第3ゲートを壁に沿って南へ2キロ! さぁ,君はそこで何を見つけるかな!?
 次回,がんばれ大谷先生,温泉街はキケンなカ・オ・リ☆をチェケラっ!』


 スイッチを切り,ぬいぐるみをゴミ箱へ叩き込んだ。
「……じゃあ君嶋,俺は行くから。おまえもあんまり遅くまで仕事するなよ」
「大谷さん,今のはいったい……?」
「気にするな。関わるな。関わるとすごい勢いでダメになるぞ」
 君嶋はまだ首をかしげていたが,
「わかりました。それはいいんですが,今から第3ゲートへ向かわれるんですか」
「ああ,癪にはさわるが,一応な」
「でしたら伊達さんに連絡してみましょうか。さきほどお見かけしましたので,まだ支部に残ってらっしゃるかもしれません」
 俺はうーん,と唸った。
 ここから第3ゲートまで歩いていったら1時間以上はかかる。でも,もう夜遅いからタクシーは割高だし,そもそも市外への通行許可証を持っている運転手はそうそういない。 しかし,だからと言って伊達に頼むのか? だって伊達だぞ? 今月に入ってから10回も車をぶつけた伊達だぞ? あの免許は偽造じゃないのか,わかったモデルがアレなら男にモテるだろうから試験監督をタラしたんじゃないかしかも無意識に!とか黒い噂もつきまとっている伊達栄吉だぞ?
「伊達はヤだぞ俺。乗りたくない」
 すると今度は鳥越が,
「だったら沖に頼むとかは?」
 と言ってきた。しかし,アレは料金が割高だしなぁ。
 それに何かもぉ他の意味でヤだし。
 てか,他にもっとマトモな選択肢はないのかこの支部。


 ⇒ 余計な金は使えないよな。伊達に頼もう。
 ⇒ ちょっとぐらい恥ずかしくても安全な方がいいや。沖に連絡してみよう。
 ⇒ どっちもやだ。1時間ぐらいなら,歩いて行っちまおう。