生態系の考え方1

JAI 日本水生昆虫研究所


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生態系とは何か


 ある一定地域における生物種をカタログ的に表示したものをその地域の生物相といいます。しかしここでは生物相という言葉をもう少し広く解釈して生物量(個体数)も含めた意味で使用することにします。 これらの生物種はそれぞれ独立して存在しているのではなくお互いに影響し合っているのですが、外見としては継続的なある一定の関係を保っているように見えます。このような生物種間あるいは生物個体間の関係を外的環境を含めて統一的なシステム(系)と見做したものを生態系といいます。簡単に言えば生物相に加えて生物間の関係をも考慮したものと言っていいでしょう。

マクロ的視野から見た生態系

独立栄養生物と従属栄養生物

生物の分類

 栄養的な見地から見ますと生物は他者の生産した物質(有機物)に依存しない独立栄養生物と、そうでない従属栄養生物に分けて考えることができます。
 独立栄養生物イコ−ル光合成植物と考えるのが普通ですが、その前に生物の分類について若干の説明を加えておきます。
 現在までの常識的な考え方では生物界を植物界と動物界の二界に分けて考えるのが普通です。
 生物二界説では、細菌類や藍藻類、植物プランクトンと呼ばれる単細胞生物、カビやキノコのような菌類が植物界に編入されますが、細菌類や菌類は葉緑素を持たないため光合成を行ないません。そのため通常の草や木を緑色植物と総称してこれらの非光合成植物と区別することになります。
 しかしながら、本稿では生物界を二界ではなく五界に分けて考えることにします。それは生態系という生物界のシステムを理解する上で生物界を五界に区分することがより便利であるという理由によるものであり、生物二界説で考えていただいても全く差し支えありません。

生物五界説

 生物五界説ではまず細胞の発達の仕方によって原核生物と真核生物に分けます。原核生物というのははっきりした核を持たない生物群のことです。通常の生物細胞では核と細胞質とが明瞭に区別されますが、原核生物では核質が認められるものの核膜を持ちません。また染色体構造及び仁が無く有糸分裂が起こらない他に、ミトコンドリア、色素体、ゴルジ体、中心体などの細胞質構造がありませんし、原形質流動が見られない等の特徴があります。このような原始的な細胞からなる原核生物には細菌類と藍藻類があり、これに細胞構造を持たないウイルス類を加えたものをモネラ界として一界に分類します。

 真核生物とは通常の細胞を持つ全ての生物のことで、単細胞生物、菌類、そして植物と動物がこれに当たります。

 単細胞生物とは全生活史を通じて一個の細胞が一個体をなす生物群のことです。この中には光合成を行なういわゆる植物プランクトンと呼ばれるものや、原生動物と呼ばれる全ての生物を含みますが、そうしたものを全て総合して原生生物界として分類します。

 菌類とはカビやキノコのことです。細菌類に対して真菌類と呼ぶこともありますが、これは細菌類、菌類共に植物として意識される場合に多く使われる表現です。この場合でも真菌類と表現されるのはカビやキノコ(子ノウ菌及び坦子菌類)のことで粘菌類と藻菌類は除外されます。菌類は植物のように光合成を行なわず、全て従属栄養を行なうという特徴があり、菌界として一界に分類します。尚、菌類は海洋には存在しません。
 以上のモネラ界、原生生物界、菌界に、従来からの植物界と動物界を加えて五界としたものが生物五界説です。
 本稿ではこのような生物の分類を前提として話を進めますが、前述したようにこれは便宜上の理由によるもので、生態系の理解の本質とは関係がありません。

独立栄養生物

 独立栄養生物として考えられるのは次のようなものです。

細菌類のうち光合成または化学合成を行なうもの 光合成細菌、イオウ細菌、硝酸菌等
藍藻類 アオコ、ユレモ、ネンジュモ、スイゼンジノリ等
植物プランクトン 珪藻、ベンモウソウ等
植物


 植物の中には寄生植物や食虫植物と呼ばれるものがあり、葉緑素を持たずに光合成を行なわないもの(ナンバンギセル、ヤッコソウ)や、他の植物から養分を貰い受けるもの(ヤドリギ、ネナシカズラ)あるいは昆虫を捕えて養分を補うもの(モウセンゴケ、ウツボカズラ)等がありますが、通常は光合成を行なって独立栄養を営むものが殆どです。 従って一般的に植物イコ−ル独立栄養生物と考えていいと思います。物質生産を行なうのはこうした独立栄養生物であり、通常の陸上生態系においては有機物の大部分が植物によって生産されたものですから、一般的に生産者イコ−ル植物と考えて差し支えありません。

従属栄養生物

 自然界にはこうした独立栄養生物の他に既に生産された物質(有機物)に依存して生きている生物がいます。 このような生物を従属栄養生物といい、植物以外の殆ど全ての生物がこれに当たります。
 物質交代の見地からはこのような従属栄養生物を消費者と呼びます。この場合消費というのは生産された物質を利用するという意味です。消費という表現は生物が有機物を利用するとき、その有機物に取り入れられたエネルギ−を消費するという意味であり、正確に言えばエネルギ−循環の見地から見た表現ということになりますが、一般的には物質交代を考える場合にも消費者と表現されるのが普通です。
 さらに従属栄養生物の中には有機物を最終的に無機物まで分解するものがいて、こうした生物をその役割の重要性から消費者から区別して分解者と呼びます。物質交代の考え方では分解という意味を無機化と同義に考えるのが普通であるため、分解者に該当するものは有機物を完全に無機物に還元する働きを持つ細菌類などの微生物に限られます。ここで微生物というのは分類学上の特別な概念ではなく、人間の肉眼で見ることのできない小さな生物という意味です。

生態系の構成

 これまで述べてきたことを整理して、栄養的性格と物質交代の役割から見た生態系の構造は次のようになります。

栄養的性格 物質交代の役割 生物の種類
独立栄養 生産者 植物、植物プランクトン、光合成及び化学合成細菌
従属栄養 消費者 動物、菌類、原生動物、細菌類
従属栄養 分解者 細菌類


 生態系をさらに簡略化して次のように表現することができますが、一般的な理解の仕方としてはこれで十分だと思います。

生産者 = 植物
消費者 = 動物
分解者 = 細菌

 このような生態系の構造から理解できることは、動物が植物に依存して生活しているという事実であり、豊かな生物相は豊かな植物相、特に植物生産量を前提として存在し得るということです。

生態系の循環構造


生態系の物質循環

 それでは生態系の構成者である生産者、消費者、分解者の三者はお互いにどのような係わり方をしているのか考えてみましょう。
 生産者(植物)が生産した物質は消費者(動物)が利用します。消費者が利用した物質は老廃物として分解者(細菌)が分解します。分解者によって分解された物質は無機物となって再び生産者に利用されることになります。これを模式的に示しますと次図のようになり生態系が物質循環の構造を持っていることが分ります。


fig01


生態系のエネルギ−循環

 上図では光エネルギ−という矢印が生産者に向けられています。これは生産者である植物が光エネルギ−を利用した光合成によって有機物の生産を行なっていることを示したものです。光エネルギ−は植物によって有機物に取り込まれ、それが循環する有機物に伴って消費者から分解者へと伝えられます。エネルギ−はこの間に消費者の生活のために利用(消費)されて減少し、最後に分解者に利用されて消滅します。
 従って生態系は物質循環の構造と同時にエネルギ−循環の構造を持っていることが分かります。

マクロ的視野から見た生態系


 ここで「物質交代」と「物質循環」という事柄について少し説明を加えておきます。
 「物質交代」というのは、ある物質が化学変化によって別の物質に交代するという意味です。 特に無機物が生物構成物質としての有機物に変化(交代)することを生産といい、こうした理由から植物を生産者と呼びます。
 植物によって生産された有機物はその植物体の内部で、そして植物から動物へと利用される過程で様々な物質に変化(交代)していきますが、最終的には再び無機物に変化(交代)します。 従って生態系における物質交代というのは、一言で言えば物質が無機物から有機物へ、そして有機物から無機物へ交代する意味になります。
 「物質循環」というのは、ある物質が生物を介して移動(循環)することを表したものです。 本稿では有機物の移動に関して使用していますが、炭素(C)や窒素(N)などの原子レベルの物質に注目してその移動を考える場合にも使用されます。

 物質交代や物質循環あるいはエネルギ−循環というのは、生態系を全体として眺めたときに物質やエネルギ−がどのように変化、移動していくのかを分析したものです。 これは生態系を俯瞰した場合、それが系(システム)としてどのような化学的、物理的意味を持っているのかを考慮したもので、このような見地から見た生態系はいわばマクロ的視野から見た生態系ということができます。

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ミクロ的視野から見た生態系

生物の集積としての生態系


 これまで述べてきたような物質循環に注目すれば、現実の生態系が理解できるのかどうか考えてみましょう。 物質循環やそれに伴うエネルギ−循環の見方から考えれば、タヌキとキツネは同じようなもので、ヒトとサルとの区別さえ容易なことではありません。それは物質循環の見方というものが、既に存在する生態系を一つの体系として事後的に判断した分析結果に過ぎず、個々の生物種の意味や生態系の成り立ちなどを全て無視して考えているからです。皮肉なことは、こうした分析の仕方が生物を単なる物質あるいはエネルギ−の表象として計量可能な形に変えることによって、あらゆる形態の生態系を共通の考え方で処理し得るという利点を持っていることです。
 しかし現実の生態系には様々な形態があり、様々な生物種がその構成要因として存在しているわけですから、こうした物質循環の考え方だけでは現実の生態系を理解することはできません。そのためこれまでとは違った角度から生態系を見つめ直してみる必要が生じます。

生物の集積

 生態系は外見から見れば個々の生物個体の集積です。この生物の集積は季節変異はあるものの、常に同じような状態であるように見えます。そのため生態系は個々の生物個体がお互いに影響し合いながらも、全体としては一つの調和のとれた世界を作っていると考えられます。それならば生態系を形造っている個々の生物の生活様式を観察調査して、それが他の生物の生活とどのように係わっているのかを考えてみれば生態系を理解するのにかなり役立つことになります。
 生物の生活様式は生物種によってほぼ決まっていて、これをその生物種の生態といいます。こうした個々の生物の生態を他の生物との関係を考慮しながら組み上げていき、その結果できた体系を生態系と考えることもできます。ここではこのような見地から生態系を考えてみたいと思います。つまり、これは個々の生物の生態から生態系を考えていこうとするもので、いわばミクロ的視野からみた生態系ということができます。
 こうした見方からすれば、無機的環境(気候や地勢)は生態系の外部要因として所与の条件と考えるのが普通ですが、特に水条件(水源の有無、池沼、水流の有無等)については特別に考慮する場合があります。

食物連鎖

 生態系における生物のつながり方の基本的なものが食物連鎖と呼ばれるものです。
 ここでは生産者である植物を食べる草食動物を一次消費者、そしてその草食動物を食べる肉食動物を二次消費者、さらに高次の消費者と連続させて考えていく訳ですが、現実の生物種が食物連鎖のどの位置にあるのかを確定するのはそれ程簡単ではありません。植物の生産者としての地位は間違いないのですが、動物特に昆虫類のような小動物では食物連鎖は非常に複雑になりますから、自然の生物をよく観察しながらの注意深い判断が必要になります。生態系には様々な食物連鎖が存在し、それらが錯綜して網の目のような形を作っていますので、これを特に食物網と呼ぶことがあります。

生態的ピラミッド

 食物連鎖から生態系の構造を考えたものに生態的ピラミッドと呼ばれるものがあります。 これは生産者である植物の上に一次消費者を乗せてさらにその上に順次高次消費者を乗せた形を考えていくと、生体量(現存質量)からみても個体数からみても一般的に上位に位置するほど数字が小さくなることを表したものです。

fig02



 一般的にという断り書きを付けたのは重要な例外があるからです。 この例外は水生生態系に広く見られるもので、例えば海洋では植物プランクトンの現存量よりそれを食べる動物プランクトンの現存量の方が多いことが普通です。
 このように海洋生態系には陸上生態系とやや違った特徴があるのですが、本稿では必要に応じてコメントを加えるにとどめ、主として淡水生態系を含む陸上生態系を中心に話を進めることにします。

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森林生態系モデル


食物連鎖のモデル

 食物連鎖、そして生態的ピラミッドという考え方は生態系のモデルとして有用なものですが、これだけでは十分ではありません。一見して分かることはマクロ的視野から見たときに生態系の重要な構成者であったはずの分解者がどこにも見当りません。<分解者は細菌ですが、細菌は小さすぎて見た目の生態系では分からないからだ>という反論があるかもしれません。これは冗談のようにも聞こえますが実は重要な事実を突いています。生態系をよく見てみましょう。見えないものが見えてくるかもしれません。
 食物連鎖を具体的に考えてみましょう。
 よく知られたものに次のようなモデルがあります。

  樹木 ⇒ アリマキ ⇒ テントウムシ ⇒ クモ ⇒ カエル ⇒ ヘビ ⇒ ワシ

 このモデルでは樹木が生産者、アリマキが一次消費者、そしてワシが六次消費者になります。
 ワシは生態的ピラミッドの頂点に位置していますが、それではワシを食べる生物はいないのでしょうか。

シデムシとフンコロガシ

 ワシの仲間は比較的寿命が長いといわれていますが、それでも時がたてば死んでしまいます。死んだワシシデムシに食べられてしまうかもしれません。それならばシデムシワシを食べるのですから七次消費者といえるのでしょうか。
 ファ−ブルの「昆虫記」には有名なフンコロガシタマオシコガネ)の話が出てきます。牛や羊などの家畜のフンを丸く固めて中に卵を産んで幼虫の餌にする甲虫の話ですが、この場合フンコロガシは食物連鎖のどのような位置にいるのか考えてみることにしましょう。
 フンコロガシは草食動物に生活を依存していると考えることもできますから、を一次消費者として二次消費者と考えることもできるかもしれません。しかしそうするとフンコロガシは羊を捕って食うオオカミと生態的ピラミッドの同列を占めることになりますが、どう考えてもフンコロガシオオカミの生態的役割は違うもののように思えます。

生態系を作るもの

 前述のワシシデムシについてもう一度考えてみましょう。
 ワシの住む森林を思い描いて下さい。森林には緑の葉を付けた樹木と共にアリマキテントウムシ、クモ、カエル、ヘビなどがいます。しかしよく見ると森林は生物だけで成り立っているのではありません。枯葉や枯れ枝、倒木その他諸々の生物の死骸が地表に堆積している様子が想像できると思います。
 実際の森林は外から見れば緑美しい姿をしていますが、近づいて、あるいは中へ分け入ってみますと膨大な量の生物の死骸を包み隠していることが分かります。つまり現実の生態系は生物とその死骸とで成り立っているのです。

分解者

 食物連鎖というのは基本的に捕食関係であり、被食者の対象も生きた生物に限られます。 生態的ピラミッドの考え方も全く同様で、生きた生物だけを対象にした考え方ですから、生物の死骸や排泄物は初めから無視されています。
 しかし現実の生態系は生きた生物だけによって構成されているのではありません。そしてその生物の死骸やフンに生活を依存している生物が現実に存在するだけでなく、かれらの生態系における地位や役割は非常に重要なものです。
 こうした生物が従属栄養を営み、物質循環の上で消費者に該当することは明らかです。しかしながら彼らの生態を見る限り、彼らは生きた他者を食べるわけではありませんから、食物連鎖上あるいは生態的ピラミッド上の消費者ではありません。つまり彼らは分解者なのです。
 先程、食物連鎖あるいは生態的ピラミッドの上で分解者が何処へいってしまったのだろうかと書きましたが、食物連鎖や生態的ピラミッドが生きた生物だけを対象にしているのですから、そもそも分解者が現われるはずがないのです。


生態的分解者

 物質交代の見地からは有機物を無機物に還元することを分解といいます。この場合でも有機物というのは生物構成物質としての役割を終えた物質のことで、生きた生物ではありません。こうした役割を細菌が担うことは既にお話ししました。
 しかし生態的見地から見れば、生体構成物質としての役割を終えた有機物が無機物に還元される過程で、高分子からより低分子への物質変換に携わる役割を担う一連の生物群もまた分解者と総称されます。 従ってこうした生態的見地から見た分解者を物質循環の見地から見た分解者と区別する意味を込めて、特に生態的分解者と呼ぶことができます。  このような生態的分解者は、有機物の分解を促進するというよりは、むしろその有機物を自らに同化して生物体として再利用するという(物質交代上の)消費者としての役割において非常に重要なものです。 この意味では消費者と分解者に決定的な相違はありませんが、特に死骸に注目した場合、その物質的消滅にとってその働きが目立つ消費者を特に分解者と呼んでいると言っていいでしょう。
 森林生態系の中で分解者に相当する生物には、シデムシ等の昆虫類の他にカビキノコのような菌類、また土壌動物と呼ばれるミミズ、ダンゴムシ、リクニナなどがあります。 分解者に相当する生物群は細菌を含めて目立たないものが多いためつい見過ごしてしまいがちですが、彼らは生物の死骸の堆積の中に必ず存在していますから注意深く観察してみましょう。

消費者と分解者

 生態的分解者には細菌以外にも様々な生物種があります。
 アフリカのサバンナに住むハゲワシ、死肉を喰うトビカラスも生態的分解の最初の段階を担う重要な働きをします。シデムシフンコロガシもこうした分解者の一員と考えられます。 従って生態的見地から見れば消費者と分解者の違いは次のようになります。

消費者 : 生きた生物を食べるもの
分解者 : 死骸や排泄物を食べるもの


 念の為に申し上げておきますが、死骸や排泄物を食べる生物がそうでない生物に比較して劣っているということはありません。 我々の目から見て汚いものを食べているということと生物の価値とは何も関係ないのです。

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分解者のいる森林生態系モデル

 前述した森林生態系のモデルをもう一度考えてみますと、生態系の構成生物種は次のようになります。

   生産者 : 樹木
   消費者 : アリマキ、テントウムシ、クモ、カエル、ヘビ、ワシ
   分解者 : シデムシ、細菌

 これを模式的に示したものが次の図です


fig03



 ここで 03gif は捕食関係を示し、15gif は死骸や排泄物が利用される関係を示します。また 23rgif は最終的に分解された物質(無機物)が生産者によって利用されることを示します。
 この図から生態的見地から見た生態系(ミクロ的視野から見た生態系)においても、生産者、消費者、分解者の関係がマクロ的視野から見た生態系(物質交代の見地から見た生態系)と全く同じ循環的構造を持っていることが分かります。

死骸のある生態系

 上図に示した生態系の循環構造をもう一度よく見てみましょう。
 生産者から分解者へ、消費者から分解者へ破線の矢印が引かれていますが、分解者は生産者や消費者を直接利用しているのではありません。
 また分解者から生産者へ矢印が引かれていますが、生産者は分解者を直接利用しているわけではありません。分解者は生産者や消費者の死骸や排泄物を利用しているのであり、また生産者は分解者の作り出した無機物を利用しています。

 全ての陸上生態系は生産、消費、分解の役割を担う生物たちと、無機物に至るまでの様々な段階の有機物(生物の死骸やフン)とで構成されています。本稿では死骸という言葉を使いますが、生物が元の形を留めている必要はなく死んで土に戻るまでの有機物の状態をいいます。従って現実の陸上生態系はもう少し正確に表示すると次のような構造になります。

fig04

 ここで矢印は物質の移動を示したもので、一番下の無機質から生産者への移動以外は全て有機物の移動を示しています。
 このモデルを既に紹介した食物連鎖から見た森林生態系モデルに当てはめてみますと次のようになります。

fig05


 もちろんシデムシはカエルに食べられてしまうかもしれませんから現実の生態系はもっと複雑になると思いますが、基本的な構造はこの図のように理解していただくのがいいと思います。

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生態系の循環構造


 この生態系のモデルを見ていただくと生態系の物質循環の構造が個々の生物の生活環とほぼ同じであることが分かります。つまり生物は生まれて土に戻り、そしてそれが繰り返されます。これは太古の昔から繰り返されてきたことで、当たり前のことのように思えます。しかし現在では少々事情が違ってきているようです。現実をよく観察しながら少し検討してみましょう。

町の公園

 町に公園があります。手入れされた樹木が並び所々に草花が植えられた花壇があります。この公園がどのような生態系をしているのか前述のモデルに従って考えてみましょう。 まず樹木は生産者です。もしかするとこの樹木に依って生きている消費者がいるかもしれません。たとえばクスやタブノキならアオスジアゲハがいるかもしれません。分解者はどうでしょうか。落ち葉がきれいに掃き取られ、地面がアスファルトやタイルで舗装されていれば、そもそも死骸が存在しません。どうやら分解者は殆どいないようです。
 この公園には生態系の構成者が満足に揃っていません。それでも昆虫や鳥などが見られ、一人前の生態系を作っているようにも見えます。この現実をどのように判断したらいいのでしょうか。

生態系の循環構造の意味

 まず生物が死んで土に戻るという当たり前の事柄がここでは成立しません。死んだ生物(枯れ木、落ち葉等)は全てゴミとして人為的に特別に処理されます。
 生態系は物質交代やエネルギ−利用の見地から見て、そして食物連鎖の見地から見て循環構造を持っていることは既にお話ししました。具体的に考えた場合、生態系が循環構造を持っているという重要な意味は、生態系を構成する生物種が世代交代を行なうということです。生物には寿命がありますから、親の遺伝子を子に伝えるという作業がなければその生物は滅びてしまいます。生物種には盛衰があって、ある生態系において特定の生物種が常に繁栄しているとは限らず、優占種が入れ替わることは珍しくないのですが、それでも全体としてみれば一定の調和を保っているように見えます。生態系におけるこのような傾向をホメオスタシスあるいは時間的な変動を考慮してホメオダイナミクスと呼びます。 それでは前述の公園にホメオスタシスがあるのでしょうか。それを考える場合には、公園に生きる生物種が果たして世代交代を行なうことができるのかを考えてみなければなりません。
 まず公園樹です。その木が実を付けて種を落とし、そして若木が芽生えるならば、その木は世代交代を行なっているといえます。しかし、そのような光景を公園で見ることはありません。枯死した木は掘り起こされて持ち去られ、そして新しい木が何処からか持って来られて植えられます。 木は世代交代を行ないません。
 公園の草花が美しい花を咲かせています。しかしこれらの多くも花を失った途端、造園業者に引き抜かれて新しい花がまた植えられることが多いようです。
 公園というのは非常に多くの種類があり、管理者の意図によって様々な形態があります。そのため公園の生態系を考える場合は、個々の公園について個別に検討を加える必要があります。例に挙げた公園は都市型中小公園の一般的なものについて述べたものですが、このような公園では通常の生態系は存在しないといえます。
 ‘通常の’ということわり書きを付けたのは、生態系の考え方の違いによってその解釈が異なるからです。これまで述べてきたのは全て通常の生態系についてであり、いわば狭い意味での生態系といえるものです。これに対して生物が存在すれば必ずその生物の生態があり、その生物が自律的な世代交代によって種を継続できるならば、そこに生態系が存在するということもできます。これがいわば広い意味での生態系で、例えば住居に住む家ダニや台所のゴキブリなどを考えれば理解していただけるでしょう。

擬似生態系

 ここでは狭い意味での生態系を考えていますが、それでも公園の樹木は少数ではあっても鳥や昆虫たちを養う重要な役割を果たし、一見生態系を形作っているように見えます。 こうした状態を擬似生態系と呼びます。つまり擬似生態系とはそれを構成する主要生物種が自律的な世代交代を行なうことができず、その生物の寿命の長さやあるいは人為的な植え替え操作の結果、外見上の安定が保たれている状態のことです。
 例としては前述した都市型中小公園の他に、庭園、街路樹の全て、そして農業によって作られた田畑等があります。稲は日本では自然に繁殖することができず、自律的な世代交代を行ないません。従って水田生態系という表現は正確にいえば誤りであり、水田は擬似生態系の一つにすぎないのです。

 以上でマクロ的視野(物質交代の見地)から見た生態系とミクロ的視野(個々の生物の生態)から見た生態系の概略を理解していただけたものと思います。
 しかしながら現実の生態系を具体的に理解するために必要な幾つかの概念を補足しておきたいと思います。

この稿おわり

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