「おかしいですね――でも用事じゃないんですか?」
「違う」
 数ヶ月この家にいて、アミーナが絶対に遅れないことはダリルだって十分過ぎるほどに承知している。今のダリルの言葉はフィリアを安心させるための、俗に言う“言ってみただけ”の部類に入るのであろう。
 胸騒ぎがする、とはよく言ったもので、今のフィリアにはその気持ちしかない。アミーナと一番接してきたフィリアにとって、これほどドクドクと心臓が身を引き締めるのは初めてだ。
 鼓動が、後ろにいる二人にも聞こえているのではないかと思えるほどに。
 その感情に耐えきれず、フィリアはヨロヨロと外に出た。アミーナが「ごめんなさい、遅れてしまいました」といって現れるのじゃないか。
 でも、薄暗くなった静かな道は、フィリアのその僅かな期待を引き裂くように広がっていた。
「ア……ミーナ……?」
 口をついて出た、アミーナを求める声が、フィリアを前へと走らせた。
 足音が一つじゃない……? フィリアが後ろを振り向くと、ルーシーとダリルも付いて来ていた。心配だったのは何もフィリアだけではない。

 アミーナといつも別れる、T字路。学校への方角ではないほうに、三人は走っていった。もちろんその先のアミーナ家への道は誰も知らなかった。
「!?」
 ルーシーが目を鋭く怒らせた。
「なッ……まさか、ルーシー!? ……チックショー、こんな時に!!」
「“いる”んですか?」
 二人のどちらの言葉にも、ルーシーは反応しない。そのかわり、何かを激しく探すように、辺りを見廻している。
「いる!!」
 ルーシーが指差した一点に向かって、二人は戦闘態勢を整えた。
ダダッ
 木から黒い影が転がるように飛び降りて、三人の視界から逃亡しようとする。
「甘いね――」

 三人の足の速さは尋常じゃない。
 ダリルだってこの前走る速度を計測させてもらったら、五十メートルを五秒か六秒で走るらしい、ということが判明した。フィリアもルーシーもたしか同じくらいの速さだった。
 前にもバズ族を追うシーンがあったのだが、ソイツが雑魚だと知ったルーシーは、スキップでそいつに追いついてしまったらしい。そして、得意のスカイアローで、技の名の通りに真っ青なお空に飛んで行ったソイツは、何処に墜落したのかさえわからないという(ちなみにフィリアはそれをノンビリ鑑賞していた)。
 というわけで、現在追跡していたバズ族の野郎は、いとも簡単に追いつかれてしまった。
「ぃよっ。元気か?」
 フィリアに、“横から”声をかけられて、ソイツは体を酷くビクつかせた。もう少しで悲鳴を上げるところだったらしく、口が半開きになってしまった。
「――ッ!!?」
 ソイツが近くの塀の中に転がり込んだ。
 ……「塀」? 違う。追跡していた三人が目の前に見たのは、まるで城のような屋敷と、輝いた表札の文字「Ponfurie」。
「……ポンフリー?」
 アルロジックでは珍しい名前。間違いなく、これはアミーナの家だった。――でも今は、アイツの掃除が先決だ。



「たくもぉ、余計な手間、かけさせやがって」
「でもまあ当初の目的地に案内してもらっただけ良いんじゃないですか」
「やっぱり雑魚しか来ないのねー。下見かしら」
 数分後、目を廻して倒れている“ソイツ”をあとに、三人はポンフリー家正面玄関へと廻ろうとする。何しろこの屋敷、学校二つ分くらいあるのじゃないかと思えるくらい大きいので、半周するだけで並の人間なら疲れてしまう。
 それを全力疾走した上に往復しても平気なのだから、コイツらの脚力はやはり異常だった。いや――コイツらが異常なのはまだ他にも種類があるのだが――。

 ダリルは、妙なものを見つけた。それは、倉庫のような建物。屋敷と同じ敷地に立っているから、きっとこれはポンフリー家のもの。武器やなんかを仕舞っているのだろう――、ダリルは推測する。
 それにしてはやけに大きく、工場を思わせたが、ポンフリー家ではそんなのはきっと「一軒」にもならない。
 知らせることでも無いだろうと、ダリルはまた二人に追いついた。
 そのとき、「ヴィオン」と機械音がしたような気がしたが、今はそれよりアミーナさんだ。

 屋敷の草むらをかきわけて、ちょうど半ほどまでさしかかったとき、さっきは無かったのに、窓から光が漏れているのがわかった。どうやらカーテンも閉じていない。まるで中を見てくれとでも言うように、黄色い灯かりは近くの草や樹木を照らし出していた。
 辺りを照らしていたのは、その窓の明かりだけではない。やけに明るいと三人が思っていると、空から満月が覗いていた。
「なァんだ、月か。道理で明るいわけよねー」
 ルーシーがほのぼのと笑う。三人は基本的に自然が好きだ。
 だからフィリアとルーシーは、ドアを開けると草原が広がるあの村外れの家を選んだわけだけど。薄暗い空の月を見るのも、三人は好きだった。もちろん、満月なら見甲斐があるというもので、それを見ると落ち着いた気分になれるのだった。
「満月ですか。いろいろ、過去を思い出してしまいますよね」
「過去、か――」
 フィリアがため息をついた。
「さ、行くか。当初の目的はアミーナの様子を確かめに行くことだからな」
 三人の顔が引き締まる。敵を倒したからといってヘラヘラしてはいられない。
 フィリアは、何の気なしにさっきの明かりが漏れる部屋を覗く。そして、通り過ぎようとして慌てて立ち止まる。

「うあぅあーっ、止まらないでよ姉貴ーっ」
 フィリアに正面から追突するなんてまっぴらゴメンだ、とルーシーが顔をしかめるが、窓の中を覗いて、フィリアと同じ表情になる。
「え? ……どうしたんですか?」
 ダリルがお決まりのようにすっとぼけて、窓の中を覗いて、またしても二人と同じ表情になる。はたから見ればきっとかなりコント集団のように見えたであろう。

「アミーナだ……」
 そう。アミーナが、誰か背の高い男性と、真剣に何かを話し合っているようだ。
「ちょうど良いじゃん、手間が省ける」
「姉貴ッ、邪魔しちゃ駄目じゃん、大事な話かもよ?」
「だって面倒じゃんかー。前まで廻るの」
コツコツコツッ
 アミーナはこちらを向かない。男性も、身振り手振り必死にアミーナと会話を交わしていて、二人とも気付かない。

バンバンバンッ

 窓が鋼鉄で出来ているのかと思わせるほどに、二人はまったくこちらに気付かない。おかしい。いくらなんでも、これだけ騒音を出しても聞こえないのはどういうことなのか。
「……この窓、何で出来てるんだよ?」
 ついに男性とアミーナは、二人に気付かずにドアから出て行ってしまった。フィリアはすっかりおかんむりだ。
「だーっもう! 何で気付かねえんだーッ」
「仕方ないじゃなーい! 二重窓だったかもよー?」
「とにかく、正面に廻ってからの方が良さそうですね」
「ちっくしょー面倒臭いなーッ」

ゴツッ

 フィリアが、ガラスにパンチを食らわす。メシメシ、と不吉な音がしたかと思うと、三人の目は真ん丸になった。

バタンッ

「あーっ!?」
 ルーシーとダリルが叫び、フィリアが驚きの表情を示した。
「窓枠が落ちた……」
 当然のように耳を劈くブザーが鳴り響き、開いたドアから見える廊下に、真っ赤なランプが点滅しているのがわかる。瞬きをする間もなく、守備兵たちがアミーナのいた部屋に入ってきた。



NEXT

BACK

NOVEL TOP