「いくわよぉッ!!」
 ユーヴィが手をビュンと振り回す。でも、そのユーヴィの手からは何も見えない。ダリルは笑顔のまま構えた。
「……アンタ、いい加減にその満面の笑み、止めてくれない?」
「僕、笑顔ですか?」
「気付いて無いの!?」
 ユーヴィはちょっと目を見開いてショックを受ける。
「気が引き締まらないのよ!! やめてよ!!」
「いい加減に、っておっしゃいましたよね。僕はまだ大丈夫なので」
「心配してるわけじゃないわよ!!」
「そうですか。
――ブレンチエレスト
 ダリルが両手を突き出した状態で、手から一斉に木の枝を出す。
「あなたは“木”を操るようね?」
「うーん、正確に言うと属性が木なんです」
「……甘いッ」
 ユーヴィが、さっき振り回し損ねた手をまたしても激しく動かす。
ビュンッ
 風を切る鋭い音がしたかと思うと、ダリルの手から出したはずの枝は、全て切られていた。
「……」
「どう? 私の恐ろしさがわかった?」
「手に――何か持ってらっしゃるようですね」
「その通り――でも何だかは教えないわよ」
ビビッ
 ユーヴィがもう一度、右手を突き出すように何かを振り回した。そう、丁度勢い良く釣竿を振り落とすかのように――。
ピッ
 一滴の血が飛んで、ダリルの左側の頬に切り傷が出来ていた。
「……“切れた”?」
「えぇ。それはそうでしょうね」
「てことは――」
 ダリルは手を元に戻し、水道の下に置いてあった水が一杯のバケツをユーヴィに向けて発射した。
「えぇ!?」
 ユーヴィが焦って腕を振り回す。でも、洗濯竿や芝生を切り刻んだだけで、ダリルには届かなかった。

「やっぱり、糸、でしたね」
 そう――触るものみな斬り付ける驚異のテグスだった。ユーヴィの指にしっかり括り付けてあり、成る程糸をつける棒も何も要らないわけだと納得する。
「バレちゃあ仕方ないわね――でも何故?」
「斬れた所が手の動きより少し遅目だったからです」
「クッ……成る程ね」
「そのテグスは見えては何の意味も持ちません」
「そうね。でも――切れ味は変わらなくてよ!!」
ギュンッ
バリバリバリ
 ダリルから育成された樹木は、ユーヴィのテグスに斬られていた。
「うーん……戦いの相性が悪いですねェ」
「あんたにとっては、でしょ?」
「いえ、あなたにとって、です」
「……!?」
 ユーヴィが顔をしかめる。
「どッ……どういうことよッ」
「――こういうことです」
メキメキメキ!
 斬れた枝から再びぶっとい枝が飛び出す。
 ユーヴィがテグスを振り回すより数倍早く、ダリルの枝がユーヴィの腕をガッシリ捕まえる。両腕を封じられたユーヴィは、動くことも、ましてやテグスを振り回すこともできない。
「……く……っ!」
「済みません。今ので僕、再び枝を作ることを覚えてしまいました」
「あんたの技なんてどうでも良いわよッ」
 腕を枝に掴まれて宙に浮いたまま、ユーヴィが憤慨する。
「手を封じてしまえば振り回すことは出来ませんね、そのテグス」
「!」
「たしかにあなたの近くによるのはとても難しいでしょうが、近寄らないまま攻撃が出来るとしたらあなたの攻撃は無効です。そのテグスには限りがあると見ました」
 ユーヴィは、笑顔のまま真剣なダリルの眼差しには自分の目を向けず、そっぽを向きながら答えた。
「……えぇそうよッ。その通りよ。私の負け、認めるわ」
「そうですか。有り難う御座います」
 何故感謝されなくてはならないのか、ユーヴィは訳が解らずドギマギする。今まで弱くて華奢なアルロジックの国の奴等に負けたことなど無かったのに、敗北の二文字は、深くユーヴィの心に刻まれた。

 マムシ村で訓練を受けてきたユーヴィにとって、「敗北」は「死」だった。弱ければ負ける。負ければ殺される。だから、今自分より強い奴に負けたことは、ユーヴィの死を意味していたはずだった。
「……何、してるのよ……」
ユーヴィの声が、心なしか震えていた。
「早く……っ、殺しなさいよ!」
「?」
「負けたとして帰るなんてイヤよ、それなら死んだ方がマシよ! 殺して!」
「殺す……?」
「モタモタしないで殺してよ! お願いだから私を殺して!!」

「いいえ。殺しません」
「……だったらこうするわ」
 ユーヴィが手首だけ廻してテグスを振り回す。
ビュウッ、ビュビュ、
 テグスは細いだけあって激しい音を立てた。
「この手首を自分に向けたらどうなると思う?」

 ユーヴィは、今や恐怖の目と脅しの表情をダリルに向けて、一触即発だ。これ以上何か言って刺激すれば、ユーヴィは確実に自殺する。
「やめ――」

「ならば自分でまた負けないように努力しようとは思わんのか?」
「え……っ?」
「この声は……」
「ギラドッ」
「……ギラド=ラーファルさんでしたよね。またお会いしましたね」
「君は確か――? あぁ、フィリアと一緒にいた――!」
「思い出して頂けて光栄です」

「ギラド……、如何して此所が……!」
「如何してって……お前とララキーが村から飛び出したと聞いて……」
「心配して来てくれたの?」
「面倒なことが起きるのを心配したんだ。決してお前を心配したわけではない」
 意地を張ったギラドの“本性”が見えている。根は優しいヤツなんだ。

「そうだ――君の――何だ、その、名前は」
「ダリルです。ダリル=カレイング」
「そう――ダリル、この――娘が、道端で寝ていた」
 ちょっと照れたように、でも決して笑顔は見せずに、ギラドが背中に背負っていたルーシーをダリルに渡す。
「寝ていた……?」
「ララキー――いや、私の妹と闘ったらしいのでな」
「そうですか。わざわざ連れてきて下さったんですね――有り難う御座いました」
「……我々が来たと思わせたくなかったからな――」
 ダリルがクスクス笑いながら口を挟む。
「意地、張らなくても良いんですよ?」

「……迷惑をかけたな。行くぞユーヴィ」
「……ギラド、でも私――負けたのよ? 殺されて当然でしょう?!」
「殺される“必要”なんかあるのか?」
「……っ?」
「生きてるうちはまだ努力の仕様があるだろう」
「う……」
「――それとも未練を残したまま死んでも良いと?」
「……」
 ユーヴィはギラドの意義ある一言一言に、返答することが出来なかった。
「生きていられるならそれに越したことは無いだろう」
 最後のギラドの言葉に、ユーヴィも完全に言葉を失った。この迫力は、自分には真似できない、とダリルは思う。

「帰るぞユーヴィ」
「はいっ」
 思い直したのか、ユーヴィがスパッと返事をする。
「邪魔したな」
「いえ。また会えると良いですね」
 ギラドは顔と容姿に似合わない優しげな笑顔を向けて、早足に去って行った。ダリルがそれを見送ってから、昼過ぎの陽射しを避けるように家に入って行った。

 ダリルにはまだ疑問があった。“ギラドさんて、本当にバズ族の悪人なんだろうか――”

それから――。“自分は一体、フィリアさんの「何」なんだろう――”



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