「わからんな――」
「何がだよ?」
「あかの他人を助けるのなら正義感からと受け取れるだろうが、何故敵を助ける?」
「……」
「必要はないだろう? 今闘っているのは敵のためでもあるのだぞ?」
「んなことわかんねーよ」
「――わからない?」
「正義じゃねェ……でもな――殺したって良い気しねぇだろ」
「……」
「人の命が儚く散ってしまうのは仕方ねェかもしんないけど、やってる方はきっと心で苦しんでるさ」
ギラドの顔には油性極太マジックで馬鹿らしいと書いてあるかのようだった。すでに戦闘態勢を整えたフィリアは、その様子を見て少しむっとしたらしかった。
「どうやらお前にこれ以上理論を求めるのは時間の無駄らしい」
「そうとも」
「――わたしは剣を使わせてもらう」
「剣?」
ギラドは、左腰に吊るしてあった大きな剣を構えた。
「見ていたまえ」
ギラドがそっと剣を地面に置くと、周りの地面がメキメキと割れ始め、剣は地面に飲み込まれていく。いや――それは、飲み込まれているというよりはまるで――。
「剣が――地面に食い込んでる?」
「そう――百キロある」
「はァァ!? 乗せられたら終わりじゃんっ」
「そうとも」
あっさりと言いのけてはいるが、百キロを平気で取り扱っているギラドの方がオカシイと誰もが思う。
ギラドは見えなくなりかけた剣を地面の下からさっと持ち上げて構えた。フィリアも負けじとファイティングポーズを崩さない。
動いた!
ギラドが突っ走って、フィリアの立っていた位置に剣を突き刺す。
ズガゴゥン!
剣は深く地面に突き刺さるが、ギラドは普通の剣を扱うように素早く振り上げる。その間にフィリアは回転して後ろに回り、パンチを繰り出すが、間一髪避けられてしまう。
ギラドが剣を横振りにして振りまわす。
チッ!
フィリアの上着の毛がパラパラと抜け落ちた。
「やるな」
「お前もな」
その追いつ追われつのシーソーゲームはしばらく続いた。どちらも当たらない。
ギラドの刃がフィリアに当たらなければ、フィリアの炎も避けられてしまう。これでは決着がつかないのかもしれない――その場の全員がそう思った。
フィリアが反撃に出る。
「プロミネンスリング・サマー!!」
手から無数の火の玉が飛び出し、ギラドの周りを囲う。そして、瞬く間に火の輪を作り出した。
「なるほどこりゃ“サマー”だ」
「だろ?」
ギラドは額に手の甲を当て、汗を拭う。もう火は間近まで迫っている。
――どうした? 降参か?
「貴様はまだ私の力を見縊っているのではないか?」
「何ッ!?」
「これで終わりだと思うな」
ギラドは剣を地面に置いたかと思うと、目にもとまらぬ早さでコンパスのようにグルリ円を描く。
すると、ギラドが火の下の土を掘り返したため、炎は一瞬にして掻き消されてしまった。
「何――! 消したッ!」
「当たり前だろう。燃える媒介が無くなったのだ」
「……」
「こちらから攻撃しても?」
「いぃやまだまだっ」
フィリアはギラドに向かって腕をクロスする。
「ファイアークラッシュ・レボリューション!!」
――ゴオオオオッ
炎の渦巻きがギラドに向かって突進する。しかし、ギラドは焦る気配も怖がる気配も見せなかった。
「技の威力はそこそこだ――でもアイディアがいまいちだな」
「!?」
――ガィィィン!
フィリアの技を、ギラドは剣で止める。炎が剣を舐める――そしてその瞬間ギラドの剣はカァッと真っ赤に染まり上がった。
「……しまっ――!!」
「チャンスはやった」
ギラドの目つきが急に真剣になる。
ギラドが突進して来て、今度は剣を突き出すようにして廻す。
「うわっち!」
次の瞬間、剣がフィリアの腕に振り下ろされる。
「姉貴ィいいいっ!!」
「フィリアさん!!」
その振り下ろし方じゃ、刃は腕に刺さらない。でも、その直後、フィリアも、そこにいた全員も、その意味がわかってしまった――。
――ジュウッ……。
「うあ゛あ゛ッ……!!!」
さっきのフィリアの技を止めた剣は、その分の熱を吸収していたのである。刃でない部分がビッタリくっついたフィリアの左腕は、見事に大火傷だった。
「……っく……流石三番隊隊長ってワケだ……」
「思い知ったか?」
「あぁ――まぁな」
「……留目を刺して欲しいのか?」
「いや? とくにそんな希望はないが?」
「遠慮――するなッ」
ギラドの剣が、フィリアの右足の数センチ横に振り下ろされる。でも、フィリアは動こうとしない。
「ナメるのもいい加減に――したまえッ!!」
またしても剣が、足の一歩手前で振り下ろされる。
「なぁ、ちゃんと狙ってるか?」
「……」
ギラドの息が切れている。瞳は相変わらず真っ直ぐに見据えられているものの、肩で呼吸をしている状態だ。さぞかし辛いのだろう。
「お前の戦闘法はもう見切った――お前、いつも最初でバキバキにやってたから、長期戦は苦手だろ」
「……!」
全員が息を飲んだ。――そうだったのか。
「時間がこんなに持ったのも初めて、ってトコかな? もう命中率が乱れまくってるもんな?」
そうだ。ギラドがフィリアの片足を切り落とさなかったのは――いや、切り落とせなかったのは、長期戦が苦手だったからなんだ――。
百キロの剣をずっと振りまわしていたのだ、人間として当たり前だろう。こいつの場合はすでに人間を超えた、超人並の努力と訓練の積み重ねなのだろうけれど。
「黙れ……」
ギラドはまだ斬りかかってくる。
「無理すんな――」
フィリアがギラドの後ろ側にジャンプし、その反動でギラドの背中に回し蹴りを繰り出す。
「うッ……! がァっ――」
ギラドがついに吐血して倒れた。
「お前――名は」
「フィリアだ。フィリア=フードシェル」
「“フィリア”か……お前はいいファイターになる――カフッ……」
「それはどうもありがとさん。あんたはせいぜいソレを治してまた隊長に復帰するんだな」
「それは無理だ」
「あ?」
「一度でも失敗すれば――ヤツらは私を始末する――」
「な――!!」
「お前が一番嫌だと言っていたな――フフッ」
フィリアが一瞬驚愕の表情を走らせる。
「何故――あいつ等は仲間を平気で殺せるんだ?」
「所詮私等にとって道具だからだ」
「道具?」
「仲間だと思ったことなどない――下僕だと思っていたからだ」
「――っ! ……一緒に闘ってきたのにか?」
「……ああ」
「もう一つ聞く――何故、記念碑を毎回ねじ取る?」
「ポエムを持った奴が現れると思ったからな――」
「ってことは、まだバズ族がポエムを持ってるわけじゃないんだな?」
「勿論だ」
「……」
フィリアは、ギラドを押さえていた手を離した。その瞳には、怒りとも悲しみともとれない、寂しげな炎が宿っていた。
「行けよ、三番隊隊長」
「……?」
「殺さねぇって言ったろ。それに、お前にもう戦意は無い。戻れないんだったらオレらと一緒に闘わねェ?」
「!?」
今度はギラドに驚愕と疑いの表情が走る。
「……何を言っているのか自覚しているか? 敵を誘っているんだぞ?」
「あぁ。わかってるつもりだ」
「本気か?」
「本気だ」
「馬鹿め――敵に情けなどかけて欲しくないわ」
「情けじゃねぇさ! 仲間になれない?」
「なれないね――このバズ族の紋章が有る限り――」
ギラドがおもむろに袖をまくった。刹那、フィリアもルーシーもダリルも、びっくりして黙りこくってしまった。
逆さ黒羽根。真っ黒なその刺青が、ギラドの腕に巣食っていた。“刺青”は一生取れない。ギラドは誓ったんだ――腕にその紋章を刻み、生涯バズ族に従うことを――。
「そうか」
フィリアがポツリと呟いて、ダリルに十人を離すよう促した。十人は一斉に、ギラドのところへ向かう。
「隊長ォっ!」
「隊長ッ」
「……お前ら――まだ私のことを隊長と――?」
「少なくとも俺達は、隊長が俺達を道具として扱ってたとは思わねぇ」
「親身になって一緒に闘ってくれたし――やられた奴の介抱もしてくれた――」
「だから俺達は隊長について来たんだ!!」
「こういうもんかね」
フィリアが満足そうにそちらを見て言った。
「さ、フィリアさんも手当てをしないと」
「おぅ、さんきゅっ」
「ったく姉貴ったら、見てるだけで寿命が縮んだと思ったわよ」
「悪ィ悪ィ――ま、いんじゃねぇの。帰るか」
「そうしましょう」
「あー眠いっ」
フィリアが呟いた。
「ギラドか――闘いにくいヤツだ」
ギラドが仲間に囲まれながら呟いた。
「フィリアか――闘いにくいものだ」
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