「ねぇ、ダリル、あのまま行かせても良かったのかな?」
「そうするしかなかっただろ」
「……」
 まだ何か言いたげなルーシーに、フィリアは言葉を冷淡に返す。もちろんフィリアだって、罪悪感を感じていないわけではない。
「――さ、行くぞッ」
「うっ、うん」
 これ以上考えていたって無駄だ。今はバズ族の処理が優先だ――! フィリアは、勢い良く玄関を飛び出した。

 ダリルは、ぼんやりと南へ向かっていた――海に出れば何か答えが出るかもしれない。彼の記憶には、何もない――ここ数日のこと以外は。
 でも、ずっとずっと前の記憶の中に、白浜があったような気がするのだ。何をするでもなく、そこに立っている記憶が。

「ヒャハッ……バカなやつめ」
 後ろから黒い影が忍び寄る。
――ドッ
「ぐっ……!」

 人通りの少ない丘の小路に、ダリルは倒れこんだ。


「やっぱりだ――ルーシー、わかるよな?」
「紋章、だね?」
 バズ族は、何かしでかした“証”に、族の紋章を残していく。“逆さ黒羽根”を。そう。“逆さ黒羽根”は、バズ族がアルロジックに対抗して作った紋章だった。アルロジックの国旗が、白い羽のマークだったからだ。
 単純な上、かなりシンプルなのだが、バズ族のマークだとわかっている限り、不気味にしか見えない。
 誰も真似をして犯罪を犯そうとは思わない。あとでホンモノのバズ族に見つかって、し返しでもされたらと思うと、みんな羽根さえ描こうとしない。それに、バズ族はマークに、特有のオーラを込めるのだ。火の力を受け継いだフィリアと、水の力を受け継いだルーシーには、おのずとそれがわかる。
 真っ黒に塗りたくられた小さなマークが、横たわって静かにこちらを睨んでいる。
 記念碑はやはり、跡形も無くなっていた――いや、根元から引き千切られていたと言う方が正しいだろう。壊された、というみんなの思想は、バズ族、というだけで「ちぎられた」に変わる。
 シュウシュウというなにかが溶けるような音と共に、だんだんと逆さ黒羽根が浮き上がってきた。あざ笑うかのようなその音に、その場にいた全員がぞっとせずにはいられなかった。
「これを描いたヤツさえわかればなぁ――」
 フィリアがぼやいたとき、ルーシーが何かを感じ取った。
「……!」
「何だ? ……どうした?」
「……」
 ルーシーは何も言わず、あのものすごい形相のまま歩いて行く。ルーシーの形相は、目がランランと輝き、何も言わなくなるというものだ。慣れていない人はその顔にビクッとする。
 記念碑を見に来た村の人、取材の人が、二人に注目している。それはそうだろう――紋章を見てもあまり怖がらず、バズ族を追跡するなんてことを考えているのだから。
「心配すんな、みんな。オレらがブッたおす」
「や――やめろ、無茶だ! 君らだってあいつらの強さを――」
 フィリアが片手を出してそのあとの言葉を制止した。
「倒してから――戻ってくる。戻ってこなきゃ死んだと思え」
 村の人がもう何も言えなくなった。
 そこに、ソルガ村の村長が厳かに登場した。
「村長、急いでます。ホラ、ルーシーの目が普通の目に戻りかけてる」
 村長はそれを聞き、ごそごそと、でもしっかりした口調で話しかけた。
「……汝ら、行くのか」
「ああ」
「親は」
「とっくに逝った」
「後悔は」
「するもんか」
「……では、行ってこい」

「なッ……! 村長、行かせて良いのですか!? あんな娘二人にッ」
「案ずるな――あやつらは勝つ」
 あいつらなら――無謀かもしれない希望を託して、まだまだ村長は二人を走らせた。曇り無い眼で、村長は二人を見送っていた。

 もうどのくらい走ったか、急にルーシーが立ち止まる。そしてきょろきょろと辺りを見まわす。フィリアは察した。あの目からすれば、すぐ近くだな――と。
「ルーシー、わかるか?」
「……!」
 ルーシーが指差したのは、寂しげに立っている杉の木だった。
「何だ? 誰かいるのか?」
 フィリアが呼びかける。
「ヒャハハ、ヒャハハハハッ!!」
 下劣な笑い声と共に、フィリアの後ろに殺気が迫った。
「!?」
 刹那、ルーシーがぱっと後ろを振り向き、右手を突き出した。
「――がッ!!」
 突如現れたバズ族の男に、水の縄が巻き付いている。
「あーあー、もうやられちまったの? 弱いなーお前」
 フィリアが皮肉をはいたとき、男がいきなり話しかけた。
「へェ、オマエがフィリアか」
「――なッ!?」
 名前なんか教えていないはず――! ということは、こいつは――!
「そうさ、最悪の場合を考えれば良い――オレにはヒトの思惑を読む力が備わっている」
「……!」
「おやァ? フィリア=フードシェルゥ……、ダリルくんのことが気になってますね? さっきそこでダリル=カレイングくんに会ったぜ……」
「まさかてめェ……! ダリルを……!」
 フィリアに激怒の表情が走る。ルーシーがさっきよりも怖い形相になる。
「ダリルに何をしたッ! 黒焦げになりたいか」
「何をしたっ――て……、クッ、会ったって言っただけじゃねぇか……」
 ルーシーがさらにきつく縛ったので、そいつの息がつっかえつっかえになった。
「教えてやろうか――オレは、相手にテレパシーを送ったり、そいつの記憶を読んだり出来るんだ――。今までにヤった中では――そうだな、そいつの中にある暗ァい過去を引き摺り出すんだ」
「で、何だ?」
 フィリアが怒りに声を震わせながら言った。
「それで、苦しみに身を悶えさせながらそいつが死んで行くのを見るのか――?」
「よくわかってんじゃねェか、フードシェル。その通りさ」
 その答えに、フィリアが目を見開いた。
「もう我慢ならねぇ!! 炙ってやる!!!」
「いいのか? オマエがオレを炙ってる間、オレはダリルくんの過去をじっくり彼に送りこみましょう。彼はきっと炙られるより苦しいのだろうね」
「……の野郎……!」
「さて、そこのオレを縛ってるお嬢ちゃん」
 そいつがルーシーに話しかけたので、ルーシーは顔をさらに歪ませた。
「っ――! ……おやおや、そんな顔はするもんじゃないよ……可愛いんだから」
「五月蝿いッ、溺死させてやる!」
「言っとくがオレは一五分くらい息を止めていられる」
 ルーシーに驚愕の表情が走った。
「その間はずっとダリルくんにテレパシーを送っていられるだろうね。君の愛しのダリルくんに」
 そいつにはもう余裕の表情しかない。
「さて、まずは君だ、ルーシーお嬢ちゃん」
 そいつがルーシーに話しかけた。

「うぁっ……ゥゥ……!!」
 突如、ルーシーがうめき声を上げてその場にうずくまった。



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