「うっわぁーっ、ダリル、頭良いんだねーっ」
 宿題を教えてもらっていたルーシーが絶叫する。先生に一番難しいといわれていた算数の問題を、いとも簡単に解いてしまったらしい。

 ダリルは、あのあとずっとフィリアとルーシーの家にいる。夜は夕ご飯を作りにいつもアミーナが来てくれるので、この家はいつもにぎやかだった。

「いいえ、そんなことありませんよ」
 ダリルはふふっと笑った。最近、ダリルはよく笑うようになった。
「アミーナさんも頭良いんだよ。言いたくないけどうちの姉貴も。私だけ置いて行かれちゃうっ!」
「ルーシーさんはそのままでいいと思いますよ?」
 何を言われてもにこやかな顔をしているダリルに、ルーシーが肩をすくめながら言った。
「ルーシーでいいよ、年下なんだから」

「それどころか猿ちゃんでいいよ」
 噂をしていれば、リビングにフィリアが入ってきた。起きたばかりらしく、まだパジャマ姿だ。
「もーっ、朝っぱらからムカつく姉貴ねっ」
「それよりいいのか? もうすぐ七時だ――お前が朝ご飯作る番だぞ、今日は」
「何言ってるの? もうすぐ八時だよ。朝ご飯はとっくに食べました」
 フィリアが何っ、と慌てて見ると、確かに時計は七時五十五分を示していた。
「チックショーあの時計、一時間ズレてやがるな!?」
 フィリアは音も立てずに二階にすっ飛んで行った。
「まぁったくもう。バカは困るわ」
 さっき言った「言いたくないけど姉貴も」を取り消したそうに、ルーシーが大きな声で言った。ルーシーが付けたテレビが、ニュースを流している。
<昨夜九時三十分頃、アルロジック国ソルガ村の記念碑が跡形も無く消え去っているのが発見されました。警察は、バズ族の仕業と見て捜査しています――>

 刹那、ルーシーが叫んだ。
「姉貴ィッ!! ヤバイっ! バズ族だッ!!」
 バズ族は、アルロジックの隣国で暮らす、小さな部族だ。しかし、バズ族とアルロジックはとても仲が悪い。それは昔、王同士がケンカしたからだとか、向こうが戦争をしかけてきたからだとか、
今でも真相ははっきりしていない。
 でも、フィリアやルーシーが、“バズ族”というワードに敏感なのは、他に理由があった。

 十二年前、ヴィリカーのポエムを探すため、フィリアはわずか五歳で力を手に入れた。そしてある日、妹が生まれた。名はルーシー。彼女は生まれながらにして力を手に入れた。それは、早くポエムを探してくれという暗示なのだと、フィリアには手に取るようにわかった。
 ポエムの内容に関しては、二人ともうっすら聞いたことがあった。ひとりは火の力、ひとりは水の力、ひとりは木の力、ひとりは風の力、ひとりは糸の力。でも、それ以上のことは、誰も知らなかった。
 フィリアもルーシーも、大きくなるに従って、次第にアルロジックとバズ族の関係についてがわかるようになってきた。
 バズ族は、少数民族ではあるが、その一人一人が強大な力を持っている上に残酷だ。何の関係も無い人々を平気で殺せる。生まれながらに化け物並の力を持っている。アルロジックの国の人々は、誰もがバズ族を恐れていた。夕方は、ひとっこひとり出歩かない。ある意味では、アルロジックは悲しい国だった。

 ところが、そのバズ族が、アルロジックに隠されているといわれるヴィリカーのポエムを狙っているらしいのだ。ポエムを見つければ、伝説のポエットの力が手に入る。そんな素晴らしい物を、バズ族が狙わないはずは無かった。
 ポエムを悪事に利用するとしたら、アルロジックの国の人以外ならバズ族しか有り得ない。だから、フィリアとルーシーは、バズ族がポエムを手に入れる前に、自分達が探し出さねばならないという使命を背負っていた。
 ――どうしても、敏感になってしまう。
 そのために生まれたようなものだから。別に自分の人生に文句なんてない。それがフィリアの言い分だった。


「えっ――?」
 ダリルはすごい形相でテレビをにらみつけるルーシーと、瞬間に着替えてきたフィリアが怒りに顔を歪ませているのを見て、ひどく動揺している。
 ニュースはまだ続いている。
<ソルガ村の記念碑は、歴代の優秀なポエットを称えたものであり、村の人の怒りは収まっていません。ここで、記念碑の近くにお住まいのビラーさんに話を伺いました――>
「ソルガ村って――ここじゃねぇか!」
「そうだよ――記念碑も近いよ」
 たしかにソルガ村はここだ。記念碑なら歩いて五分かかるかかからないかぐらいのところにある。
「ルーシー、わかってるな。今日は学校どころじゃねぇ――」
「――うん。ついにバズ族が動き始めたよ――」
 ダリルにはわけがわからなかった。

「……ダリル」
 “バズ族”のワードを含まなくなったニュースを見てから、フィリアは少しだけ口調を和らげて言った。
「バズ族、ってぇのはわかるよな?」
「……はい」
 ダリルも、どうもそれは聞きたくないような顔だ。
「じゃあ話は早い――すまん」
「……?」
「オレらはちょっとワケありで――バズ族を追わなきゃならねぇんだ。お前を巻き込むわけにはいかねぇ」
「ダリル、ごめん。あたしらとダリルはずっと一緒には住めない」
 ダリルはやはり、という顔をした。とても落ち着いていた。
「ええ。わかってました」
 わかってました。その言葉は妙に寂しげに部屋の中に響いて、一瞬の間沈黙を誘った。
「お世話になりました」
 ダリルは笑顔を見せると、振りかえらずに家を出た。



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