せっかく用意してくれたんだ。食べないと悪いよな。
半ば目を閉じて,シュークリームを一口食べた。ほのかな紅茶の風味と,それを圧倒する砂糖の甘さが口中に広がる。生理的に滲み出た涙をおさえつつ,さらに一口,二口。
最後の一口を飲み込み,すぐに紅茶で流し込む。すると,
「……ちっ」
かすかに舌打ちする晟。そうか。俺がノルマを果たした以上,こいつも目の前のシュークリームを食べないわけにもいかなくなったのだった。
「晟。食えよ」
たまさかの勝利を味わいながら言ってやった。晟は俺とシュークリームを交互に睨みつけていたが,やがて目を閉じ,フォークで突き刺したシュークリームにかじりついた。
「…………」
おお,泣いてる泣いてる。泣くほどイヤか。そりゃイヤだろうけどな。(ちなみにその隣で蒼が何となく物欲しそうな目をしていたが,とりあえず気づかなかったことにした)
と,玄関のベルが鳴った。
はーい,と茶山が陽気に答えて走っていく。やがて玄関から,「あ,ちょうどいいところに。入って入って」と言う茶山の声と,「いや,急ぎますから」とか答えている誰かの声が聞こえてきた。
「瀞南寺だな」と耳のいい蒼が呟いた。
俺は立ち上がり,玄関へと向かった。
このままでは瀞南寺がコレの餌食になる。その前に救ってやるのが人の道ってヤツだろう。
これが久島とかなら放っておくが,ま,瀞南寺だしな。
「あ,所長」
果たして,彼は俺の顔を見るなり,あからさまにほっとした顔をした。
「何かあったのか」
「ああ……明日にしようかと思ったんですが,悪い知らせは早い方がいいかと」
「って悪い知らせなのかよ?」
ため息をついて,瀞南寺が差し出した封筒を受け取る。宛先はない。中には葉書大のカードが1枚,ペン習字のお手本のような字で,
『大谷所長へ。○月×日午後10時30分までに,△番外の喫茶「北風」まで行ってください。必ずご自分でいらしてくださいね。でないと職務怠慢で処罰されますよ』
と書かれていた。
「ああ,封筒に宛先が書いてなかったんで,悪いと思ったけど開けましたよ」
律儀にそんなことを呟く瀞南寺,つまり閲覧済。彼の指は末尾に書かれたイニシャルを指していた(ちなみに目はどこか遠くを泳いでいる)。
――K.C。
俺は深く深くため息をついた。
K.Cというイニシャルの人物には3人しか心当たりがない。1人は今デモンズシティにいない。2人はこの世にすらいないが,そのうちの1人ならばやりかねない。
死んでなお祟るか,千葉狂介め。
「無視しますかね」
渋面の俺を横目で見ながら,瀞南寺が心底イヤそうに呟いた。
⇒ 腹はたつが,千葉が何かやらかしていたら面倒だ。行ってみよう。
⇒ 当然無視だ。なんで俺が千葉の言うことを聞いてやらねばならんのだ。
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