当然無視だ。なんで俺が千葉の言うことを聞いてやらねばならんのだ。
肩をすくめ,カードと封筒を破り捨てた。そうですよねと,瀞南寺が同じく肩をすくめる。
「で,もひとつ悪い知らせがあるんですけど」
「まだあるんかい」
「残念ながら」
それは,千葉のきちんと整えられたカードとは対照的な,チラシを適当に破りとったと思しきメモ用紙だった。まあ汚いとは言わないが,大胆不敵としか言いようのない筆跡で,
『真 すぐ帰れ 帰らなきゃ殺す』
そんな文句が踊っていた。
「…………」
「じゃ,確かに渡しましたんで」
「……おまえは俺に死ねと言うのか」
「そんなことは一言も言ってませんが」
「だったら何故目をそらす。というか,俺にあそこに帰れと言うのは,死ねと言うのと同じだ」
「だっていつまでも帰らないわけにはいかないじゃないですか。だったら早いうちに帰った方がいいんじゃないですか」
「正論だな。だったら俺の目を見て話せ」
「いや,大丈夫ですよ所長」
やはり目をそらしたままで瀞南寺は言った。
「泪さんと楓はもう帰りましたから」
「何でそんなことがわかる?」
「実は,支部の前でばったりあの2人と会いまして,そこでこのメモを渡されたんですよ」
だから帰るなら今のうちじゃないですか,と彼はそれでも目をそらしたままで言った。
俺はがっくりと肩を落とした。観念さぜるを得なかった。
確かに,泪さんと楓とキルスの3人を我慢するよりは,キルス1人を我慢する方がはるかにマシである。
我慢することに変わりないあたり,俺の人生って悲しいけれども。
「あ,お帰りー」
キルスが当然のように言う。俺は黙って室内を見渡した。
特に異常はない。部屋はとりたてて荒れてはおらず,キルス自身もとりたてて荒れてはいないようだった。この様子だと,泪さんと楓は早々に帰っていったらしい。
どこへ帰っていったかは謎だが。
てゆーかもう知らん。
で,おまえは何してるんだと向き直った途端,
「食べる?」
と,いきなり突き出された棒状の物体に,俺は面食らった。
「疲れてるんでしょ。美味しいわよ」
「……どうも」
表面に貼り付いていたラップを剥がし,一口食べる。
「美味い」
「でしょ。やっぱり基本よね」
「何の基本だ。そして何故冷凍バナナか」
「美味しいじゃん」
「美味いけどな」
俺が言いたいのは,何で30半ばの男女が2人して冷凍バナナ食っとるんだ,ということなんだけどな。もういいけどね。今さら何をか言わんやだし。
「で,おまえは何してるんだ」
「何って,用が終わってないから残ったのよ」
「用?」
「咲耶榎から電話があったのよ」
「ああ……」
「あの娘,昨日の飛行機で向こうに着いたってさ」
「……そうか」
口の中で呟いた。特に驚きはなかった。
驚きはない。
ただ,言われた相手がキルスだってのが,何だか妙な気分だった。
キルスはいつもと何も変わらない。そう見える。
俺は黙ってソファに腰を下ろし,目を閉じた。体が重かった。改めて,疲れが溜まっているな,と感じる。
「ああ……疲れたなあ……」
「何でもかんでも自分ひとりでやろうとするからでしょ」
キルスがそっけなく言った。
「あんた,ロクな死に方しないわよ」
「俺もそう思う……」
ソファ越しに伸びた腕が,首に回される感触。薄く目を開ける。背後に立ったキルスは,俺の肩に顔をうずめていた。ふわふわした金髪が首筋をくすぐる。どんな顔をしているか見えない。
「……少しは人に頼るってことをしなさいよね」
「…………」
「私はね,アンタのそういうところが……」
「え?」
目線を上げる。キルスは黙っていた。腕からかすかな震えが伝わってくる。彼女は何も言わない。まるで何かをこらえるかのように――。
「……そういうところが……」
「……キルス」
彼女は,
「あああああああッ!?
なんか知らんがめっちゃムカツクーーーーーッ!?」
いきなり俺の首を絞めだした。
「って待てー!? 本当に入ってる! 入ってるぞオイ!」
「ええい,うるさい! アンタ真のくせに生意気なのよーっ!?」
「何じゃそれはっ!? てか,またこういうオチかよっ!?」
視界が暗くなっていくなか,俺は思った。
――な,なんなんだよ,もぉ。
END
《管理人からヒトコト》
難産中の難産。死ぬかと思った。しかもこの出来だよ助けてママン。
キルスプレイヤーさんと協議の結果,大谷に優しいキルスを書いてみよう,ということになりました。目標は「背中にチャックがついていて開けるとチンパンジーのモモちゃんが出てくるキルス」。いかがでしたでしょうか。
しかも第4部を読まないと彼らが何を言ってるかわからないステキ仕様!
……すいません。見逃してやってください。(号泣)
そういや,「俺にはこんな生き方しかできない……」「……ばか。」という悶絶のパターンもあったとかなかったとか。ええい,誰がやるんだそんなモノ!
(⇒最初からやり直す)
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