*** SCENE 08 ***
 



 しかたない,執務室で寝るか……。

 所長なんて本当にカタチだけっつーかちっとも立場が強くならなかったりする俺だけれども,執務室だけはそれなりに立派だった。フロアのほとんどは雑多な本と資料で埋め尽くされているが,一応テレビも冷蔵庫も小さいコンロも流し台も,横になれる大きさのソファも毛布も枕代わりのクッションもある。気のきいたことだ。
 ……そんなもの充実させてくれるよりは, 1週間に1回くらいは自宅に帰してくれた方がいいんだけどな。本当は。
 俺はドアを開けて住み慣れた(←この表現がイヤだっつーねん)部屋へ入り,
「……ここもかい」
 もう何度目か知れないため息をついた。
 ソファの上に,薄闇でも目立つ金髪頭がどっかりと腰を下ろしていた。これまた備品であるオールドファッションド・グラスを掲げてみせ,にまりと笑う。
「よっ。お邪魔してるよー」
「するな。本当に邪魔だ。出て行け」
「またそんな,心にもないことを」
「あるんだよ」
 俺の声は加速度的に険悪さを増していっていたが,紫音はまったく気にした様子もなかった。床に置いたジャックダニエルを取り上げ,グラスを満たす。
 なんだかさらに腹がたってきた。俺がめったに飲まないいい酒を飲みやがって。
「って言うほど高い酒でもないんだけどなー」
「俺にとっては高い酒だ馬鹿者。だいたい値段の問題じゃなくて,めったに配給こないだろそんなの。いったいどうしたんだ」
「それはホラ,蛇の道は蛇ってヤツ?」
 つまり,また何か後ろ暗い手段を使ったわけだ。おまえが妙なことをやってとっ捕まるのは勝手だが,その尻拭いをするのはいつも俺なんだぞ。だいたいおまえはいつもいつも――
「……大谷さー,なんか普段の3倍くらい眉間のシワが増えてない?」
 ひらひらと顔の前で手を振る紫音。ますます眉間のシワを増やして言った。
「うるさい。増やしてるのは誰だ」
「俺かよ? 泪とかキルスとか楓だろ?」
「…………」
「実は,会議中に楓から電話あってさ。ホテルとり損ねて大谷ん家に泊まるって」
「…………」
「そしたらさっき,泪が書類届けに行くって言ったからさー。止めようかなー,とか思ったんだけど」
「…………。思ったんだけど?」
「『私これから真ん家おしかけるから,乗せてってあげるわよ』とかキルスが言い出してさ」
「言い出して?」
「面白くなりそうだから放っといちゃった♪」

「放っといちゃった♪とか言うなー!?」

 俺はほとんど涙目で紫音に詰め寄った。そうだ,こいつはいつもこうなのだ。俺の周りの迷惑なヤツは大別すると2種。迷惑だとわかってなくて俺に迷惑をかけるヤツと,わかってて迷惑をかけるヤツ。久島あたりが前者の筆頭だとすると,こいつは後者の筆頭なのだ。
 ヤツはますます楽しそうに笑いながら,新しいグラスにウィスキーを注いだ。
「まぁ飲めよ。酒は憂いの玉箒ってね」
「憂いの原因が,何を言ってやがる……」
 俺はグラスを受け取り,紫音に言った。


 ⇒ 「ったく,俺は寝るからな! 邪魔だけはするなよ!」
 ⇒ 「ここは俺の部屋だ。出てけ」