*** SCENE 12 ***
 



「ったく,俺は寝るからな! 邪魔だけはするなよ!」

「おお,さすが大谷。話がわかるね」
「何の話だよ,何の。いいからどけ」
 手で追い払うようにすると,紫音は素直にソファから立ち上がった。対面に座り,無造作に足をテーブルに乗せる。行儀が悪いな,と言おうと思ったが,面倒なのでやめた。俺は一気にウィスキーを飲み干すと,グラスをテーブルに置き,ソファに倒れこんだ。
 目を閉じると,急速に闇の中に落ちていくような気がした。もはや何もかもどうでもよくなって,そのまま――
「あっ,所長! いらしたのでありますか!」
「――――」
 嫌々目を開け,寝そべったまま首だけひねって後ろを見た。
「大変ご無沙汰しておりますが,お元気ですか!」
「元気だよ。それより雨追,今何時だと思ってるんだ」
「はっ,午後10時16分であります!」
 場も読めなければ嫌味も通用しない男が,見事に邪気のない顔で答える。部屋中に響き渡る大音声が,アルコールのまわりかけた頭をイイ感じで刺激した。 雨追の後ろに佇む男をジト目で見やる。
「で,おまえまで何の用なんだ。訊いてもいいのかな」
「あー,紫音が飲ましてやるから来いって」
「なるほど。で,それを何故俺の執務室でやる」
 『俺の』を強調してやると,鷹村は首をかしげ,
「いやあ……」
 いや,それは全然説明になってやしないのだがね鷹村クン。
「で,おまえら何飲むー? 一応ポン酒もワインもあるんだけどさ」
 向かいでは,場は読めているが嫌味は全て馬耳東風な男が,テーブルの上にずらずらと酒瓶を並べている。いったいどこに隠していた,とか,そもそもいったいどこから手に入れてきた,とか,聞き質すのも馬鹿馬鹿しい数である。
「大谷,神亀好きだろー? 飲むかー?」
「……飲む」
 もういいや,好きにしろ,という気分で,俺は新たなグラスを受け取った。


「だからさー,遙がなんか古い歌歌ってるなー,とか思ったらこれが替え歌なわけよ。今日も働く,戦う,ツッコむ,そして弄られる〜♪だってさ。ははは。うまいもんだ」
 珍しく紫音が酔ったみたいだ。もの悲しいはずのメロディを,詩吟でもやるように朗々と歌っている。
「そろそろ辞めちゃおうかな〜♪ もっとがんばってみようかな〜んて〜♪」
「…………」
「ははははは。ちなみにそれは何でありますか?」
「ピ○ミンだよ」
 缶チューハイをちびちびと飲んでいる雨追に,モスコミュールをステアしながら鷹村が答える。
「でさ,でさ? もうピク○ンは古いんじゃないの,って言ったら,新しいバージョンもあるのです,とか言うわけよ」
「ははははは。これは傑作ですなぁ」
「傑作なのだよ。……赤オオタニはあぶられて〜♪ 青オオタニは溺れてる〜♪ 黄オオタニは飛ばされる〜♪」
「…………」
「ははははは。まるで私みたいですなぁ」
「『飛ぶ』の意味が違うんじゃないの」
「紫オオタニ潰される〜♪ 白オオタニは毒盛られ〜♪」
「ははははは。それは大変ですなぁ」
「…………」
「不幸が色々オオタニさん♪」
「って『2』になってもやっぱり不幸なのかよっ!?」
 気がつくと俺は涙目になって紫音の首を絞めていた。どうやら少し酔ったようだ。首を絞められ,がくがく揺すられてもケタケタ笑っている紫音は,やはり明らかに酔っ払っていた。そして俺らを指さしながら,
「ははははははははは。傑作ですなぁ」
 一本調子の笑声をあげる雨追も,たぶん酔っている。彼は紫音の肩をばしばし叩きながら,鷹村が持っていた酒瓶をひったくった。
「雨追……それ,おまえは飲まない方がいいと思うけど」
 ひとり冷静,というか酔っているのかいないのかが判別しにくい顔の鷹村が呟いた。
「おまえチューハイでその有様だろ? ……てか,それは割って飲むもんだぞ。わかってる?」
「はははははははははは。そうですか,割るのですか」
 雨追は笑顔のまま,瓶を俺の頭に叩きつけて割った。
 その瞬間,
「――――あ」
 と口を開け,鷹村が飛びのいた。俺も口を開けた。雨追が持っていたソレは,ポーランド産の某世界最強ウォッカだった。アルコール度数96パーセント。火気厳禁。
 そして紫音は火のついた煙草をくわえていた。


 ――ちなみに,一番重傷なのは俺だった。
 何故なら,サラマンダーである紫音は「火に強い」からである。

 世の中って,なんか不公平。

END


《管理人からヒトコト》
 ちなみに,煙草をくわえている人にスピリタスをブッかけて,即座に引火するかどうかは定かではありません。(何せ実験したことがありませんので)
 危険ですので,火に強い赤○クミン以外の良い子はくれぐれも真似しないでくださいネ。

 

(⇒最初からやり直す)