*** SCENE 06 ***
 



 松山の家にでも行ってみるか。あそこなら俺を泊めるスペースくらいあるだろうし,何より,キルスも泪さんもあそこにはあんまり行きたがらない。

 いや,てゆーか,
「あらやだコウくんたら! こんなところにクリームつけてるわよ?」
「あっ,ホントだ! いやぁ,明日香のシュークリームがあんまり美味しいからさ! つい夢中になってがっついちゃったんだよな!」
「やだわコウくん。コウくんが食べたいなら,いつでも焼いてあげるのに……」
「やだなぁ明日香,照れるじゃないか☆」
 ……進んでこの家に来ようっていう人間も,少ないだろうけどな。
「あ,大谷くんも遠慮せずに食べてね!」
「いや,俺は……」
「明日香のシュークリームは美味しいぞ! どれくらい美味しいかって言えば,カスタードの代わりに愛情が詰まってるんじゃないかって思うくらいさ!」
「もう,コウくんたら! ちゃんとカスタードも詰まってるわよ?」
「愛情は?」
「うふふ☆ それも詰まってるけど☆」
 いいかげんにしろこの恒常的新婚バカップルめ。
 俺はげんなりして紅茶をすすり,向かいで同じく遠い目をしている2人組を見た。
 晟と蒼。
 ヘンな取り合わせ。
 ヘンとゆーか……慢性的家出少年の晟はともかく,蒼までここで何してるんだ?
「あの男がまたあんたの家に泊まってたらしく」
 シュークリームを呑み込んでから,蒼はぽつりと呟いた。
「……帰宅早々,それはもう不機嫌で不機嫌で」
「しかたがないので,逃げてきました」
 なるほど。 つまり,さらに劣悪な環境におかれた人間であるならば,進んでこの家に来ようって気にもなるわけだな。俺もそうだしさ。
「……というかおまえら,そんな恨みがましそうな目で俺を見るな。言っとくが,俺は被害者なんだぞ」
「それはわかっているが」
 新たなシュークリームに手を伸ばしながら,蒼。
「所長の尊い犠牲ひとつで,皆が助かるっていうのになァ」
 徒にシューをフォークで突き刺しながら,晟。
「ひでえこと言いやがるなおまえは。それと,食べ物で遊ぶな」
「行儀が悪いぞ,晟」
「はあ,そうは言いますけどねぇ……これ,甘すぎ……」
「菓子はそもそも甘いものだろうが」
 とか言いつつシュークリームに手を伸ばす蒼。この人は俺の理解の範疇を超えてます,ってな目で兄を見る晟。
 ちなみに俺自身は甘いものが好きでも嫌いでもないが,この場合諸手を挙げて晟に賛同したい。だってマジで甘いぞこれ。よくそうぱくぱくと食えるな。
 いや,ってゆーか蒼,おまえそれ何個目だ? あっ,今紅茶に砂糖入れたな? しかも3杯。
 思わず異次元生物を見る目になってしまった俺の前で(ちなみに晟の兄を見る目は,長恨歌を暗誦するボタンインコを見ているかのような目だった),蒼は無表情に,しかしそこはかとなく満ち足りた口調で,
「やっぱり紅茶味より,カスタードの方が美味いな……」
「…………」
「…………」
 そういえば,楓も実は甘いものが大好物だったよなー。で,泪さんは甘いものが大嫌い。やっぱり蒼が楓似で,晟が泪さん似なのかなー。そんなもんなのかもなー。うん。
「そうやって逃避してるのはいいんですけどね,所長」
 と,晟が俺の前に置かれた皿をフォークで指した。
「ノルマは,ちゃんと果たしてくださいよ?」
「…………」
 茶山から課された「ノルマ」はシュークリーム2個だった。1個目は目を白黒させながらがんばったので2個目は勘弁してくれ,と思うのだが2個がノルマ。何故なら茶山曰く,1つは普通のカスタードで,1つは紅茶クリームだから。両方食べてね食べ比べてみてね♪
「蒼くんはカスタードの方が好きみたいだけどねー,私は紅茶もいいと思うのよー」
 邪気のない目をきらきらさせて,茶山が言う。
「疲れてる時には甘いものがいいわよねー。私,最近シューに凝っててねー?」
 で,あんた毎晩「デザート」と称してシュークリームの山を積み上げるわけか? クロカンブッシュじゃないんだからさ。そしてここん家のエンゲル係数はどうなってるんだ。


 ⇒ これ以上食べたら死ぬ。蒼にやろう。
 ⇒ せっかく用意してくれたんだ。食べないと悪いよな。