Ending Phase//Take No Farewell//


ENDING 1

 助手席には美しい年上の人。
 しかし彼女は不機嫌だった。
「ったく、ケツの穴小せェつーのよ、メルトの野郎!」
「……そういう命知らずなこと、大声で叫ばないでほしいなあ……」
 しかもガラ悪いし。
 ハンドルの上に半ばつっぷし、ため息をつく政臣である。左腕にはいわゆるナマアシ、とゆーか太腿が押しつけられんばかりだ。
 露出するだけあって、見事な脚線美である。健康な男子高校生としては、涙を流して喜べ、というところだろうか。
 が、何故そんなところに脚がくるかといえば彼女がえらくだらしなく座っているからでしかもダッシュボードの上に脚をのっけているからであってとりあえずそのすんごいマイクロミニの裾は少し気にしてほしいなあ姐さん紫のレースが眩しいです……まあいつもの事だけど。
「……それにしても身体柔らかいね姐さん」
「あン? 何か言った?」
「いえ別に」
「ンだよ、クソガキ」
 ラッキーは鼻をならして、ますますずり下がる。処置なし。
 彼女の不機嫌の原因は、今さら考えてみるまでもない。
 うまくしたてた特ダネを、完膚なきまでに握りつぶされたからだ。
 ちなみに、その犯人は千早の某社長などではない。政臣はそれをよく知っていたが、かと言って、ラッキーにその通り教えるほど命知らずではなかった。
 政臣はふと、ラッキーの脚の傍ら――少し変色したプレパラートに視線を転じた。このやたら大時代な実験道具は華玲のものだ。彼女がわざわざ届けてくれたのだ。
 カバーグラスとの間には、華玲が使った細胞片が挟まっているはずだ。
 政臣は目を細める。肉眼では見えない。当たり前だ。
 だが、これだけが確かに残った亮太の欠片。
 伸ばしかけ、止めた手の動きを見透かしたように、ラッキーが眠そうに言った。
「おいこら、そこの死体損壊少年」
「……姐さんねェ……」
「姐さんじゃねーわよ。あんたどーすんの、それ?」
「どうするのと言われても……」
 あなた死体を燃やしてしまったでしょう――と華玲さんのたまわく。
 これを持っていけとは言わないけど、ご両親に報告もしなくていいの?
「……どうしようもないわな」
「無責任」
「んなこと言われたって、俺あいつの親なんて知らねーもん。学校とか、昼間何してるかとか……あ、そういや本名も知らねーや」
 ラッキーは欠伸まじりに、
「そんなんで友情は成り立つかね、少年」
 苦笑して、政臣は黄ばんだガラス片を握りこんだ。
 ――それでいいよと思っていた。
 どうしてとか、何のためにとか、それでいいのかとか。
 そう訊かれると少し困る。まだ子供だから。
 ため息をつきつつ、政臣はアクセルを踏んだ。
 窓から左手を出してそっと開く。風にのって灰が流れる。
 車が走り去った後に――残るものは何もない。


ENDING 2

 アキラが逮捕。罪状は麻薬所持法違反、殺人未遂。
 ――わけがわからない。
 廊下を猛然と突き進む彼に、すれ違ったドロイドが淡々と会釈する。飛騨はそれにも気づかないほど腹をたてていた。頭の中ではずっと同じ言葉が回り続けている。
 ――何を考えているんだ、あのバカ息子は。
 いったい何の不満があったんだ――父親は社会的地位の高い紳士。母親は優しくしとやかな良妻賢母。息子は成績優秀スポーツ万能、友人も多い優等生。絵に描いたような家庭。幸せな生活。
 こんなにうまくやってきたのに、何故こんなことをする。
 何故全てをブチ壊しにする?
 まったくわけがわからない。
 いやそもそも、うちの子に限って――
「そうだ、これは何かの間違いだ。あの子に限って」
 飛騨は口に出してそう呟いた。そう呟きながら、彼の足はしっかり地下に向かっている。彼のお宝が眠る隠し部屋。その存在は彼の妻や息子も知らないはずだった。
 だのにそこには先客がいた。
「息子より己の身が大事か! 嘆かわしい! これが教育に関わるもののあり方か!」
 熱のこもった、というよりあからさまに暑っ苦しい口調には、聞き覚えがあった。最近赴任してきたばかりの新米教師だ。
 しかし、何故彼が――呆然と立ちつくす飛騨の視界は、混乱のせいかぐるぐる回っていた。
 彼は何故、熱弁を揮いつつ、私の金庫の中を漁っているのだ?
「き、君は」
「貴様のような悪党に名乗る名などないわ!」
「……松田君だろう? ウチの新任の」
 いぶかしげに問い返すと、彼は何故だか少し傷ついたような顔をして、首筋に手をあてた。
「うむ。やはりこのソフトは古いか」
「そ、ソフト?」
「今回の任務にあたり、“教師”人格を入れてみたのだが」
 それは古いとかいう以前の問題ではなかろうか。
 飛騨はそう言おうとして、はた、と気がついた。
 いや問題はそこではない。
「に、任務?! “任務”ってなんだ、“任務”って!」
「校長のくせにそんな言葉も知らんのか。任務とはつまり、他者から義務として与えられた仕事のことだ」
「いやそういうことを訊いてるんじゃなくて」
「俺に関していうなら、蛍星高校における、“フェザー”の売人について調べるよう命じられた」
「き、君は千早の工作員か」
「ああ」
 とか、あっさり答える工作員もいたものである。
 だが感心している場合ではない。
 飛騨は口角泡をふかんばかりに、
「“フェザー”のことなら、私は本当に知らなかったんだ! まさかあの子が、アキラが――」
「つまり親の監督不行き届きじゃないか」
 絶句した飛騨の目の前で、松田は黒いディスクをひらひらと振ってみせた。
「な、なんだ、それは」
「と、あるトーキーが作成したレポートだ」
「な――なんだと」
「すごいぞ。あんたの息子が、今回の事件に関して一切を告白してる。映像もいい。動機がわからんあたり画竜点睛を欠くが、まあ少年期にありがちな闇雲な反抗、という演出は悪くないんじゃないか」
 まるで事態を楽しんでいるような口調だ。
 にやにや笑いながら、彼は無造作にディスクを放った。思わず受け止めようとした飛騨の手を掏りぬけ、ディスクは真っ直ぐに飛んだ。部屋の隅にあるゴミ箱へと。
「――え?」
「だが安心しろ。コイツは私の一存で処理しておいた。これは蛍星高校、ひいては千早のイメージにもマイナスだ」
「そ、そうか。それで――」
「この件に関しては、飛騨アキラの一存で行われたことはわかっている。本社もおまえの責任を問うつもりはないようだ」
 それなら安心だ――彼は素直にそう思った。
 安心どころか、彼の自慢の息子はその時警察で取調べを受けているはずなのだが、とりあえず飛騨の脳裏から、その件はすっぽり抜け落ちていた。
 彼はほっと息をつき、
「そうか。ならいいんだ。安心した」と繰り返す。
「そうか。安心したか。それはよかった」
「ああ。君には本当に感謝するよ――」
「この件ではな」
 あっさりした声がそこへ水を差した。
「その件とおまえの横領とは全く別問題だぞ。よくもまあこれだけ溜めこんだもんだ。やりくり上手だな、おまえ」
 今度は別なディスクをひらひらさせながら、松田は笑った。
 飛騨の顔色は青を飛び越して白へ。
 そもそも、彼が出鼻から金庫を漁っていたのを失念するとは、何たる間抜けか。
「だが安心しろ」
 もはや口を虚しく開閉させることしかできない飛騨に、彼は先刻と同じことを言った。
「このことはまだ本社も知らん。横領がバレたころには、おまえはすでに海外へ逃走、所在は不明と。そういうことになるな」
「そ――それは」
「安心したか?」
 ちっとも安心できなかった。
 飛騨は一歩後ずさって言った。
「それはつまり、私を海外に逃がしてくれるということなのか? そういうことか?」
 無理に作った笑顔は思いきりひきつっていた。それに比べれば実に淡々とした顔で、相手は答える。
「うむ――やはりこのソフトは古いな」

 ――五分後。
「ち、まあこんなもんか」
 すべてのデータを転送したディスク、そしてクレッドクリスを、彼は無造作にポケットに突っ込んだ。大儀そうに飛騨の死体を担ぎ上げ、鼻歌を歌いながら、校長室を出て行く。
 その顔は、意外に無邪気であり、やはりえらく邪悪にも見えた。


ENDING 3

『起きロよ。NIKからお呼ビだゼ』
 不機嫌な午睡は、DAKのしわがれ声によって中断された。
 うつぶせに横たわったまま、目線だけで睨むと、
『出なくテいいのカヨ?』
 DAKは澄まして答える。
「……っせーなー……」
『出るノカ出なイのか、ドッチ?』
 ナギは不機嫌な唸り声をあげた。
「出せ」
 二秒と待たせず、画面に受付嬢のとり澄ました顔が現れる。
『失礼。お休み中でしたか?』
「わかってんならかけてくんなよ。何か用?」
『ニュース見てらっしゃらないんですか?』
「だから、何が」
『飛騨校長が何者かに殺害されました』
 ナギは不機嫌な目で彼女を睨んだ。
「飛騨が死んだ?」
「はい。残念ながら」
 彼女の応対は実に平板だ。横目で表情を観察しつつ、電極を差しこむ。ENSをざっとチェック。
 私立高校校長の横領、およびその殺害。
“……の横領容疑があがっていましたが、警察が逮捕に向かった矢先、飛騨容疑者の行方はわからなくなりました。現場に本人のものと思われる血痕が残っていたことから、何者かに殺害された疑いもあるとして調査を進めています。なお当局は……”
 ナギは乱暴にアウトロン。
 飛騨が死んだこと自体は別に驚くことでもない。あの程度の男である、どうせ誰かが適当に始末するだろうとは思っていた。
 問題は“フェザー”と、あの少年の名前が出ないことだ。
「……やりやがったな、あの野郎」
『何がですか?』
「いーや。んなことよか、俺の報酬はどうなるわけ?」
「蛍星高校の理事会から支払われるそうです」
 つまり千早の懐からか。それも気に食わない。
 いや、千早からならまだいいが……。
 ナギは頭を振って不愉快な推測を追い払った。
 始終不機嫌なまま、仕方がないので事後処理をする。もう一度イントロンして、2分もしないうちにアウトロン。再びベッドに倒れこむ。
 …………。
『ところデ、留守録モ入ってルぞ』
 彼の目つきはほとんど殺人的であったが、もとよりDAKはそれにひるむようにはできていない。
「……留守電だとォ?」
『そうダよ。どうスルんダ?』
 ナギは寝返りをうって枕に顔を埋めた。
 留守電。どこのアナログのアナクロ野郎だか知らないが、今時留守電はないだろう。ましてや彼はニューロだ。マジに連絡をとりたいならもっとマシなやり方がいくらでもある。
「誰からだよ?」
『知らナい』
「はん?」
『公衆電話かラだかラ』
 イタズラじゃねーのか、それは。
 完全にやる気をなくし、目を閉じたナギの上を、DAKの声がのろのろと流れる。
『場所は私立蛍星高等学校本館1階用務員室前の公衆DAK。ちなミに収録時刻は12日ノ午前8時31分』
「……蛍星高校……」
 目が覚めた。
 ナギは慌てて起き上がり、モニターを睨んだ。
「おい。それ2日前じゃねえか?」
 2日前の、あのクラブに乗りこむ直前だ。
「何でさっさと教えなかったんだよ?!」
『イタズらだト思っタから』
「勝手に判断すんなよ!」
『聴ケばわかルよ』
 文句を言いかけたナギの前で、テープが再生を始めた。
「…………?」
 何だこれは、と呟いたナギに、
『ダカら、聴けバわかるっテ言っタろ?』
 DAKが得意げに言った。
「…………」
 ナギはもう一度モニターを見た。
 ソファベッドから滑り降り、モニターに顔を近づけ、そこに明滅しているアドレスを凝視する。
 しばらくして、ナギはモニターを見つめたままDAKに命じた。
「……もう一度」
 DAKは黙って指示に従った。
 結果は同じだった。
『どうすル?』
 ナギが答えず立ち尽くしていると、DAKがもう一度『どうする?』と訊いてきた。
「どうもしねえよ」
 ナギはため息まじりに呟いて、再びソファベッドに身を投げ出した。
 目を閉じても、再生されたメッセージ――あの少年の、最後のメッセージが脳裏に蘇る。ナギは舌打ちして、何か適当な音楽をかけるようDAKに命じた。
「……どうしようもねえじゃねえか」
 そう吐き捨て、彼は今度こそ午睡を再開した。

 彼のメッセージ――
 沈黙。
 何かを言おうとしてやめた――ただの沈黙。

……XYZ.
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