Samskrta_Dharmah open...

『オトナたちの事情』

 

第一幕 Lady.Stone is yearning for...

「上手くいったようね…。」
 彼女は呟くと、そのまま背もたれに体を預けた。
 忌々しそうに、スロットから飛騨武の人格カードを引き抜き、ゴミ箱に放り込む。
「汚らわしい……」

――あんな無能なN◎VA人の真似などしなければならないなんて!!

 最初から、衛生部隊さえ動かせれば、もっと簡単に事は済んだ。
 だが、状況がそれを許さなかった。
 なにもかもが忌々しい。

 もう一度『音羽南美子』からの報告書に目を通す。
 飛騨も、あのフェイトも、随分と綺麗に引っかかってくれたものだ。
「頭はキレると聞いていたんだけど、まだまだね」
 簡単なトリック。
 もとから飛騨は調査の依頼などしてはいなかった。
 飛騨はフェイトの存在すら知らなかったし、フェイトは飛騨本人には一度も会っていない。
 息子のほうも同様だ。
 後は与える情報をこちらで制御してやるだけ。
 簡単な方程式を解ける知能さえあればいい。

 体を起こしてデスクに向かう。
 すぐに和泉大佐に提出する報告書を作らねばならない。
 N◎VA治安維持軍情報参謀、石見環大尉はため息をつく。

 ――いい気なものね……
 少しだけ、理由も無く動ける子供たちがうらやましい。
 そう、ほんの少しだけ……。

 

第二幕 Mr. Childish can't be content...

「ああっ!? 『何も無かった』だぁ!?」
 彼は部下を怒鳴りつけた。
「あの女狐が何もしなかった訳がねぇだろうが、この馬鹿野郎っ!!」
 顔をゆがめ、声を荒らげ、極めてヒステリックに。
 まるで『汚職警官』とあだ名されていた過去のように。
「で、ですが衛生部隊にも、タケミカズチにも動きは無く……」
「やかましい!!」
 おろおろと言い訳を続ける使えない馬鹿をもう一喝。
「じゃあ、何でアレが市場から消えた!? 石見が手を打ったからだろううが、ボケッ!!」
 弁解もさせず、そのまま執務室から蹴り出す。
 
 ――折角千早に強制介入までしたってのに……、クソッ!!

 そこまでして、フェザーに固執したのも、もちろん理由がある。
 昔、M○●N製のコンバットドラッグに「仙丹」なるものがあった。
 ヒルコの細胞から作られる、強力な奴だ。
 製造方があまりにも非人道的であったため、今では世界中で禁止されている。
 だが、過去、それをN◎VA軍が使用していて、その残りがどういう訳か市場に流出した。
 それがフェザーだ。
 もちろんこれは噂に過ぎない。
 だが、それが事実だと証明できれば……

 ――ガタガタやかましいN◎VA軍を黙らす絶好のチャンスだったのによぉ……
 
  腹の虫が収まらない。
 インターフォンで秘書を呼び出し、一息で告げる。
「ああ、今の奴な、N◎VA軍のスパイだ。始末しとけ」
 もちろん、ただの言いがかりだ。
 幾分すっきりして、眼下に広がるN◎VAの夜景を見下ろす。

 ――全部、俺のもんだ。

 現在、N◎VAにおいて最も大人気ない大人。
 N◎VA執政官、稲垣光平は笑う。
 その笑みは、餓えた地獄の猟犬のように……。

 

第三幕 The young devil is laughing at...

「そうか、……わかった」
 薄暗い部屋にヴァイオリンの奏でるメロディが流れる。
 災厄前のクラシックだ。
「別に、他のもんでも流しとけ。 ああ」
 ――悪魔のトリル。
 恐ろしく高い難易度と、不吉な伝説の付きまとうこの曲が、
 この男に、ひどく似合う。
 ポケットロンをしまい、カクテルをあおる。
 あの少年(ガキ)のことを思い出す。
 突然自分の前に現れて、取引を望んだ少年。

「貴方が、一色達彦、か?」
 ――だったらどうした、ボウヤ?
 確かそう答えた気がする。
「取引がしたい。僕は貴方に、楽園の鍵をやろう」
 眼が、気に入った。
 ギラつくでもなく、曇っているわけでもない。
 自分の行いの罪深さを知っていて、なおそれを行う者の目だ。
 もう、己では止まらぬ者の眼だ。
 ――なにが欲しいんだい、ファウストのボウヤ。
 ガキ、アキラといったか、は少し驚いた顔をしてから、答えた。

「僕に、破滅をくれ」

 いい取引をした。
 こんな日は気分がいい。
 ボウヤには破滅を、俺には金を。
 理由など知ったこっちゃない。
 新規の顧客も開発できたし、フェザーの残りはN◎VA軍に高く売れた。
 一度ドラッグを覚えた客は、向こうから買いに来るだろう。
 最早あそこは楽園などではない。

 ――あばよ、ファウスト博士。

 秋川会系一色組組長、一色達彦は部下一人殺されても上機嫌だった。
 久々に良く眠れそうだ。

 メフィストフェレスを演じた青年は眠る。
 その姿は、魂を手に入れ、満足した悪魔にも似て……。
 
 

終幕 Child finds he's way to...

 ひどく、気だるい。
 自分で望んで、全て、放り投げた。
 理由など、何も、ありはしない。
 
 全てが、ひどく気に入らなくなっただけなのだから。

 クラスメイト達の顔が浮かぶ。
 自分勝手で、気まぐれで、愚かで、陽気な、優しい楽園の住人たち。

 一人死んだとき、全てを決意した。

 ゆっくりと、口ずさむ。
 仲間の一人が見つけてきた、歌詞も、曲名もハッキリしない、歌。

  
―― No one no one no one ...... lives forever

 世に永遠に生きるもの無し

  トリガーを引いた。

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