幸せって何ですか?
第7話
その日、景太郎は久しぶりに暇な一日をはるかと二人で物置の整理に当てていた。
物置には様々な骨董品があったが、まるで整理がされていなかったのだ。はるかはいずれ整理するつもりではいたようだったが、やはり女手一つでは手に余る。結果、今まで放置したままになっていたのだ。
景太朗がそれを見つけたのは、そろそろ昼食を取ろうかという時だった。
紫色の布に包まれた、一本の棒のような物。
「何だ? コレは」
良く見てみると、その棒のような物には縄が巻き付いており、その上に紙が貼ってあった。
素子が見れば、それが注連縄と札による封印であることが分かっただろうが、あいにく素子はいない。
興味を惹かれた景太朗は、さして気にせず封印を解いてしまった。
布を外すと出てきたのは一振りの日本刀。
「こんな物まであるのか…」
物置の中には鎧兜や火縄銃などの年代物の骨董品があったが、どれも手入れがされておらずボロボロだった。
だが、この日本刀は痛んでいる様子がみられない。少なくとも、見た目は新品同様と言っても過言ではなかった。
だが、肝心の刀身がどうなのかは、抜いて見なければ分らない。
おもむろに日本刀を抜く景太郎。
「黒い刀か」
その日本刀の刀身は黒。
日本刀を扱った事の無いはずの景太郎の手に、何故かよく馴染む。
渇いている…
そんな印象を受ける物であった。
無意識のうちに嚥下するが、そんなことではどうにかなる渇きではなかった。
(水……いや、水などではダメだ。もっと違う、熱く迸るような……)
「おいおい、何を遊んでいるんだ? 景太郎」
「ん、あぁ、済まないはるか姉さん。カタナが出てきたので少し見ていた」
そう言い刀を鞘に収める景太郎。
「婆さんだな。まったく道楽もいい加減にしてほしいな。ん?」
景太郎の側まで来たはるかが日本刀に付属していたらしい注意書きのような物を見つけて手に取る。
「何々、『この刀は昔、京の××流を全滅寸前にまで追い込み、京の町を火の海にした幻の××××。
この刀を抜いた物は刀に操られてしまうらしいので、厳重に封印する』書いたのは婆さんか?」
一部、虫に食われて読めない部分があったが、かなり物騒な内容であることは確かだ。
だがはるかが見る限り、景太郎は先ほど刀を抜いたにもかかわらず別段変わった様子は無い。
取るに足ら無い御伽噺と思い、景太郎に昼食を促す。
「それは後にしろ。そろそろ昼食にするぞ景太郎」
「ああ、そうだな」
そう言いつつ景太郎は日本刀を持ちながら、はるかについて行こうとする。
「そんな物を持ってきてどうするつもりだ」
「知り合いに、日本刀に詳しい人がいる。もうすぐその人と会うことになるから、鑑定してもらおうと思ってな」
ついこの間までドイツにいた景太郎の交友関係は、未だ謎に包まれている。
銃器メーカーの社長との付き合いまである景太郎のことだ、そういう知り合いがいてもおかしくはないのかもしれない。
そこでふと思い出し、
「この間言っていた『少し出かける』というのはソレのことか?」
「その人に会うために、と言うわけではないがな」
そう言い少し寂しげな顔をする景太郎。
「そうか…」
人には、触れてほしくない部分がある。
景太郎にとってこの話題は余り面白い物ではないと判断したはるかは、話を打ち切り景太郎と昼食を取りに喫茶ひなたへ向かった。
普段クールを装っているはるかも景太郎にはどこか甘い。
それは、はるかにも触れてほしくない部分があるからだ。
それが解るはるかだから、それ以上の追求はしなかった。
昼食後の食休みをしている時、不意に景太郎の胸元から電子音がする。
景太郎がひなた荘に来た時に買った携帯電話だ。
だが、この番号を知っているのは、今のところドイツに居る友人達と、目の前のはるかだけである。
景太郎の携帯電話は国内通話しか出来ない。
一体、誰が? と訝しんだところで、あともう一人、日本に居る知り合いに教えたのを思い出す。
もしやと電話に出ると、案の定、京都訛の声が聞こえてきた。
『お久しぶりどすなぁ、ツェペシュはん』
「どうした。何か、あったのか?」
日本に帰って来てすぐに携帯電話の番号を教えたきり、彼女とは全く連絡を取っていなかった。
それ以降、全く音沙汰がない。一言で言えば、疎遠だった。
その彼女の次の言葉は…
『ツェペシュはん、依頼したい事があります』
だった。
幸せって何ですか?
第7話
電話の声の主は青山鶴子。
内容は、すぐに京都まで来てほしい、それ以上のことは会ってからでないと話せないとのことだった。
普段の景太郎なら一笑に附する所だが、鶴子の声が冗談を言っているようには聞こえなかった。
更に言えば、前日、素子に実家から電報が届き、慌てて素子が帰省したのも気にかかる。
結局景太郎は、鶴子には了解と答えた。
はるかには予定が早まったとだけ告げ、一度管理人室へ戻り仕度を始める。
「そんな物まで持っていくのか?」
管理人室で荷造りしている景太郎に声を掛けるはるか。
もう三月なのに景太郎は黒のつなぎを着ている。
さらにクローゼットから黒い外套まで出してある。
だがはるかの目線はそこには無く、つなぎに括り付けられた様々な武器に注がれている。
それらは、ほとんどが非致死性の物だが、明らかに相手を死に至らしめるものもあった。
拳銃と、ナイフ。
「これは保険だ。恐らく、使う事は無い」
はるかの声に含まれた、不安に気づいたのだろう。
心配するなと答える景太郎。
それが余りにも、何時もと変わらない声だったから、自然な物だったから。
はるかは思い、そして知る。
日本に来る前の、ドイツにいた時よりも昔の……景太郎の、日常を。
だからかもしれない。
それ以上景太郎を、引き止めることができなかったは。
京都 青山家 素子の自室
昨日の深夜、実家に着いた素子。
今は静かに目を閉じ、正座をして考え事をしている。
五年前、神鳴流の中で一流と言われていた者達が、軒並み再起不能にされた事件があった。
その時、既にひなた荘にいた素子は、被害を伝聞でしか知らなかった。
流派の中で、彼女の姉を除く強者ばかりが再起不能。
そう聞かされただけだった。
だから彼女は犯人に対して憤りはしたし、いつか自分が犯人を倒せば、
『両親や流派の者達も自分を認めてくれるに違いない!』
など、少々不届きなことも考えていた。
だが今朝、帰郷の挨拶を、と行った先で絶句した。
再起不能とは誇張でも何でもなかった。彼らは例外なく、二度と剣を握ることの出来ない体になっていたのだ。
犯人の圧倒的な強さが伺えたが、素子から言葉を奪ったのはそのことではなかった。
被害者達から聞かされた犯人像が、余りにも彼女の知る人物に似ていた。
曰く、ドイツからきた日系人で黒髪黒目。
曰く、年の頃は十五、六。
曰く、左目を負傷している。
五年前にその年齢ならば齢は合う。
もし景太郎が犯人だったら、景太郎が神鳴流に妙に詳しい事にも説明がつく。
そして、景太郎は昔、左目を失明したと言っていた。
もしかしたら、その時の怪我が原因なのでは…
その考えが頭を離れない。
今、素子の前に一振りの日本刀が剥き出しで置いてある。
長い神鳴流の歴史の中で、最強と呼ばれた、ある人物の刀。
その人物は素子より少し年上で、残念ながら既に亡くなっていると聞く。
今まで噂すら聞いたことがなかったが、彼女の姉、鶴子をもってしても敵わなかったらしい。
その人物が、生前使っていた刀。
元は普通の日本刀だったらしいが、今は様々な文字が刀身に書かれている。
ソレは生まれた時から神鳴流と付き合ってきた素子にも一部解らない物があるが、間違いなく悪霊等を封じる時に使われる文字だ。
今宵、この刀を触媒にして、件の人物を召還する。
正確には刀の記憶を引き出すのだが、素子にすれば変わりない。
何故なら素子がこの儀式に選ばれたのは、ただ神鳴流の人間の中で最も相性が良かったのが素子だったというだけだから。
父にこの儀式を受ければ最強になれるといわれた。
だが祖父にはよく考えろと言われた。
それは景太郎の言葉を思い出させる。
『決めるのは私なのに何故、浦島の顔が、浮かぶのだ…』
それは景太郎を交えた初の修行の時の事。
『青山、始める前に言っておくことがある。
何かを得るという事は、何かを失うという事でもある。
これから、青山が手に入れようとしている物ならば、主に訓練に費やすための時間だ。
だが、いつかそれだけでは超えることの出来ない壁が、青山の前に現れると思う。
その時は、よく考えて、選ぶ事だ。
失った物を取り戻す事は、殆ど出来ないのだから』
そしてこれは無意識の物であろう、
『俺の様になっては駄目だ』
と呟いていた。
意味は良く分らなかった。
だが、その言葉には、景太郎の何かを感じた。
だから素子は悩む。
己にとって、何が最も良い選択かと…
続く
次回予告
それは景太郎にはとても許容できる内容ではなかった。
「…解った。命の刀を、破壊すれば良いんだな」
だから景太郎は決断した。
愛した者のために、
己が何をすべきかと…
自分が教えた者が、
自分の様にならないために。
続く
前回 6話「夢」
次回 第8話「届かない想い」
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