幸せって何ですか?
第3話
通学路
その日は、午後から雨が降り出していた。
昼前までは良い天気だったせいか、傘を忘れてしまった人が多いようだ。
道行く人の中には、傘をささずに走っていく人も何人か見られる。
そんな中、しのぶとスゥは一つの傘で一緒に歩いていた。
「しのぶが傘もってて助かったわ」
びしょ濡れになりながら走っている人たちを横目に、スゥは罪のない優越感に浸りながら、しのぶに礼を言った。
どうやら、傘はしのぶの物のようだ。
「うん。でも本当だったら、私も持っていなかったんだよ」
「なら、なんでしのぶは傘もっとるねん?」
「うん、実はね……」
それは朝、ひなた荘の玄関先でのこと。
いつもは一緒に登校する二人は、とある理由で先に登校してしまっていて、しのぶは一人で登校することになっていた。
一抹の寂しさを感じながら、軽く溜息を吐く。
そんな時だった。声を掛けられたのは。
「前原」
「……はい?」
振り向くと、景太郎が立っていた。
「これから学校か?」
「はい」
「一人か? 青山やスゥはどうした」
いつもは一緒にひなた荘を出ていくのに、今日は一人でいるのを不思議に思ったのだろう。
瞳は黒いバイザーに隠れて見えないが、声のニュアンスは心配しているように聞こえる。
「素子さんは部活の朝練で、カオラは週番なんです」
「そうか……傘は持ったか?」
「え? でも、こんなに天気が良いのに……」
玄関先から見える空は、快晴とは言わないまでも雨が降るようには見えなかった。
空模様と景太郎とを見比べ、きょとんと首を傾げる。
「先ほどの天気予報で見たのだが、どうやら午後からは雨が降るらしい。
折り畳み傘なら、さして邪魔にもならないだろう。持って行った方が良い」
「そうですか、じゃあ持って行きますね」
「気をつけてな」
用件だけを告げると、景太郎は自室の方に戻って行った。
黒いバイザーに遮られて見えないはずの瞳が、どこか優しげに見えたのは……多分、気のせいではない。
「はい。ありがとうございます、浦島さん」
何となく得をした気分で、背中に声を掛ける。
景太郎は振り返らず、手をひらひらと振って返事をした。
「……って言うことがあったの」
「おー。やるなあ、けーたろ」
「うん。お陰で助かっちゃったね」
しきりに感心するスゥに、しのぶは嬉しそうに頷いた。
傘の外に手を出してみる。
今は十一月下旬。降っている雨は冷たい。
今朝、景太郎に傘を持っていくように言われなかったら、この冷たい雨の中を走って帰らなければ行けない所だった。
下手をすれば、風邪を引いてしまう所だったのかもしれない。
(悪い人じゃ、ないんだよね)
ここ数日、景太郎と話をしてみて分かったことだ。
無愛想であるが、意外と住人の事を観ている。
今回の傘にしてもそうだ。
(後は、あれさえ無ければなぁ・・・)
苦笑気味に、溜息を一つ。
相変わらず、勘違いでいきなり部屋などに入って来ることがあるのだ。
もっとも、最初は一日数回だったのが、ここの所は二、三日に一回に減ってきている。
この調子で行けば、あと二、三ヶ月もすればなくなるに違いない。
まあ、それまでは木刀や真剣を持った素子に追い回されるのだろうけど。
ふと、昨晩に起きた、その『二、三日に一回』のことを思い出す。
いつもの調子で言い訳をしながら逃げる景太郎を、激怒した素子が追いかけ回している光景。
本人たちは大真面目なのだろうが、周りから見れば滑稽なことこの上ない。
クス……
「どしたんや? しのぶ」
「え?」
「一人でニヤニヤしっとたで?
なんかおもろいコトでもあったんか?」
気が付くと、スゥが不思議そうにしのぶの顔を覗き込んでいた。
「な、なんでもないよ」
「ホンマかぁ?」
「うん。ほんとほんと」
(浦島さんのこと考えて笑ってたなんて……言えないよぉ……)
なぜ、言えないのか。
この時のしのぶには、分からなかった。
分かっていないことさえ分からない、そんな時期だった。
後にしのぶはそのことに気付くのだが……それはまた別の話である。
軽い制動音が、すぐ近くで聞こえた。
少しして、声を掛けられる。
くぐもってはいたが、聞き覚えのある声だ。
「前原にスウ、今帰宅か」
「あ、浦島さん……」
「おっす、けーたろ。そのデッカイバイク、どうしたん?」
この雨の中、景太郎は大型バイクに跨っていた。
フルフェイスのヘルメットを外し、小脇に抱えている。
「浦島さん、バイクを持っていたんですか?」
「ああ。ドイツに居た時に使っていた物で、一部のパーツを交換するため、店に出していたのだ」
日本で使用するために整備に出していたのだが、保安パーツと摩耗していた消耗品の交換に今日までかかったのだ。
「そうだったんですか」
「なーなー、けーたろ。バイクに乗らしてー」
滅多に見かけない大型のバイクを前にして、スゥが目を輝かせた。
雨が降っているのも気にせずに、景太郎に抱きついておねだりを始める。
「今は雨が降っているし、予備のヘルメットも無い。また今度な」
「ホンマかっ? 絶対やで!」
「ああ」
「いいな……カオラ……」
別に、バイクに乗りたい訳ではなかった。
ただ、なんの恥じらいもなしに景太郎にじゃれつくスゥが羨ましかった。
そんな思いから、小さな呟きが零れる。
「ん? 前原も乗ってみるか?」
「え? いいんですか?」
小さく……それこそ、声に出した覚えさえなかったが、景太郎には聞こえていたらしい。
(カオラと話しているのに、私のことも気に掛けてくれてたんだ)
ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。
「構わないぞ」
「良かったなー、しのぶ。け−たろ、約束やで!」
「お願いします、浦島さん」
その時、傘を忘れたのであろう女子高生が走ってくるのにスゥが気付いた。
タッタッタッタッタ……
「あ! モトコや。モトコー!」
「素子さん傘を持っていかなかったんだ……」
「スゥとしのぶではないか……」
この冷たい雨の中、びしょ濡れになりながら走って来たのは素子だった。
幼い頃からの鍛錬の成果だろう。ずっと走ってきたのだろうに、息は全く乱れていない。
「ん? 浦島、貴様二人に何かしていないだろうな?」
しのぶとスゥに気付いて表情を和らげた素子だったが、二人の側にいるのが景太郎だと気付くと、とたんに機嫌を悪くする。
「何かとは……何だ?」
未だ日本語に慣れていない景太郎は、微妙な言葉から、その奥に隠された意図を探ることが出来ない。
普通の人であればふざけているような反応でも、彼にとっては大真面目である。
もっとも、この場合は言葉以外にも大いに問題があるのだが。
「あの、素子さん。浦島さんとは偶々ここで会ってお話していただけですよ。ね、カオラ」
「そやでー素子。今度バイクに乗せてくれるんやって、約束したんや!」
勘違いしている素子に、しのぶとスゥは今までの経緯を話した。
流石の素子も、必死に景太郎を弁護するしのぶと、嬉しそうに話すスゥには敵わない。
渋々ながらも納得した。
「ところで青山、傘は忘れたのか?」
「ふん! 貴様には関係なかろう」
「無いのならこれを使うといい」
そう言って傘を差し出す景太郎。
持ち主の性格を反映した飾り気のない折り畳み傘だ。
「き、貴様の情けなど受けん!」
「俺はバイクだからな、持っていても邪魔なだけだ。出来たらひなた荘まで持っていって欲しいのだが」
「むぅ、そ、そういうことなら、し、仕方ないな」
少し頬を染めつつどもりながら傘を受け取る素子。
だが、既にヘルメットを被り始めていた景太郎は、それには気付かなかった。
「では三人とも、風邪を引かないよう気をつけろ」
一言言い残して、景太郎は走り去っていった。
「おー! けーたろもきぃつけぇや」
「浦島さんも気を付けて帰ってくださいね」
徐々に小さくなっていく景太郎に向かって、元気良く手を振るスゥと控えめに手を振るしのぶ。
その傍らで、素子は借りたばかりの傘をぼんやりと眺めていた。
ひなた荘 食堂
「……しかし、前原の料理は相変わらず美味いな」
「そやな。ところでけーたろ、あんさん醤油使わんのか?」
「ショウユ?……ああ、ソイ・ソースのことか。しかしどれに使って良いのか解からんのでな」
「そか、まあ今日やったら……焼き魚についとる大根おろしぐらいやな」
「なるほど」
前回の一件から、キツネははるかと二人で景太郎に日本での一般常識を教えている。
と言っても、余り成果はあがっていないようだが。
今日は醤油の使い方らしい。
「では……ん」
「あ……」
ちょうど醤油を使おうとした素子と景太郎の手が触れる。
「さ、触るな!!」
「すまない」
頬を真っ赤にして景太郎にそう言う素子。景太郎の方は別に気にした様子もない。
「フ、フン!」
ゴポ ゴポ ゴポ
「……素子、醤油かけすぎやで」
「あ……」
キツネに指摘されて慌てて醤油を戻すが、既に焼き魚は醤油の海に溺れている。
見るからに体に悪そうだが、素子はそのまま一気にご飯を掻き込んだ。
ガツ ガツ ガツ ……ダン!
「ごちそうさま!」
「ん、青山」
「ナ、ナンダ!?」
景太郎に呼び止められ焦る素子。
「いや、頬に飯粒が付いてるぞ……?」
カァー!
一瞬で耳まで赤くなる。
ダン!
「貴様には関係ないだろう!
し、失礼する!!」
慌てて、しかし、ふらつきながら、素子は食堂を後した。
残された住人たちは呆然としている。
「どうしたのかしら、素子ちゃん……」
「さあ? なんや、えらい取り乱しとったな」
いつもと様子の違う素子を心配しながら、他の住人も食事を摂る。
「そうだ忘れる所だった。この後、露天風呂の修理をする。すまないが入浴は少し待ってくれ」
「修理? ああ、昨日壊れた蛇口ね」
こうして、食事を摂り終えた者から自室へと戻っていった。
ひなた荘 女子露天風呂
今は素子が一人いるだけである。
他の住人たちは、夕食時に景太郎から蛇口の修理について聞いていたので入っては来ないのだ。
(私は一体どうしたと言うのだ……)
今日一日を振り返ってみる。あきらかに自分は変だ。
(何故……奴と目を合わせたり少し話しただけで……)
先ほどから胸がドキドキするし、頭の中では靄がかかったかの様だ。
彼女はこの症状を知っている。
正確には本で読んだり、学友から聞いただけだが。
(まさか、私は、あの不埒者に……恋をしたのか?)
もしそうなら、景太郎は素子にとって初恋の相手となる。
だが、真面目で古風な性格の素子。それだけは認めたくない。
それに、もしかしたら景太郎は……
(もしそうだとしたら……私は奴を抹殺し、その事実を抹消する!)
かなり危険な考えが頭を過ぎった時、脱衣所の戸が開く音がした。
カラカラ
「ん? 誰かいるのか?」
「あ……」
景太郎が蛇口の修理の為、露天風呂に入って来たのだ。
だがそんな事情を知らない素子は、いきなり現れた景太郎に対して硬直してしまう。
「……青山、風邪を引くぞ」
ブチ!
ひなた荘 裏山
ひなた荘の面々は裏山の河原に集まっていた。
あの後、まだ修理は無理と判断した景太郎は、素子が入浴を済ませるまでの時間を潰す為、書類の制作をしようと部屋に戻っていた。
だが、初めてすぐに素子に裏山へと呼び出されたのだ。
今、景太郎の目の前には、殺気立った素子が竹刀を構えて何やら叫んでいる。
「キツネ、青山は何と言っているんだ?」
「あー、あれやな。素子に勝たんとここを追い出す、て言うとるんや」
まだ日本語に慣れていない景太郎には、素子が何を言っているのか良く理解出来なかった。
とぼけたことを聞く景太郎に、キツネは苦笑気味に通訳してくれる。
なかなか律儀だ。
「ふむ。つまり、勝てば良いんだな?」
事も無げに言ってのける景太郎にキツネは眉をひそめる。
確かに、日常的に繰り広げられる景太郎と素子のドタバタを見ていれば、景太郎が素子に勝つのは難しくないと推測できる。
何しろ、本気で追いかけ回している素子に対して、景太郎は余裕で逃げ切っているのだ。
だが……
「そうやけど……でもあんさん、ヘーキなんか?」
写真の事を言っているらしい。
「問題ない。無傷で戦闘不能にすれば良いだけだ」
「な……無傷で!?」
予想を上回る返答に、キツネが絶句する。
「まあ、黙って観ていろ。直ぐ終わる」
そう言って景太郎はキツネをを下がらせた。
「覚悟は良いか? 浦島」
「構わん」
「良い覚悟だ……くらえ! 奥義、斬岩剣!!」
シュバ……
バカン!!
出だしから大技を繰り出す素子。
だが、景太郎は冷静に太刀筋を見切り、紙一重で斬撃を躱した。
景太郎の代わりに斬撃を受けた岩が真っ二つになる。
「相変わらず、中々の威力だな。だが……」
「えぇい、逃げるな! くらえ!!」
奥義を見てもまだ余裕のある景太郎を見て頭に血が上ったのか、素子は更に大技を繰り出そうとする。
しかし、威力が大きい分、隙も出来る。
景太郎はその隙を見逃さなかった。
再び振りかぶる素子に、景太郎は一気に間合いを詰め、振り下ろそうとした竹刀の柄を左手で握る。
「こうして」
「く!」
眼前に迫った景太郎に焦る素子だったが、既にこの時、勝負は決まっていた。
景太郎は流れるような動作でポケットからスタンガンを取り出し、素子の腹部にあてた。
「え?」
「終わりだ」
バリバリバリ……!
「はう……」
スタンガンの高圧電流を受けて、素子はあっさりと気を失った。
カクンと膝を折る素子を、景太郎は危なげなく抱き留める。
「「「「…………」」」」
あまりにも呆気ない結末に、キツネたちは言葉もなかった。
決闘が始まってから、まだ一分も経っていない。
なのに、もう決着がついてしまった。
相手をしていた素子が弱いのではない。景太郎が強すぎるのだ。
ハッキリ言って、レベルが違いすぎる。
「あー、素子、大丈夫なん?」
「ああ、この電圧なら気絶するだけだ。それよりも……」
いち早く復帰したキツネが、素子の安否を尋ねる。
だが、思惑通り無傷で勝つことができたというのに、景太郎の顔は冴えない。
「何や!? どうしたん?」
「どうも風邪を引いてるようだ。すまないが青山の部屋に誰か一緒に来てくれないか?」
「何や、そんなことかいな……わかった。ほな、みんなも行くで」
てっきり大変なことでもあったのかと心配したキツネだったが、風邪だと聞いて安心したようだ。
みんなを促して、ひなた荘に戻ることにする。
……こうして、景太郎と素子の決闘は、景太郎の勝利で幕を閉じた。
ひなた荘 本館・南 302号室
先ほどまで居た景太郎も自室に戻り、今はキツネと未だ気絶した素子だけだ。
景太郎は素子が起きるまでいると言っていたが、
素子が起きた時に景太郎がいては、また騒ぎになると思ったキツネが無理矢理帰したのだ。
「……ン、ウーン……」
しばらくして、ようやく素子が目を覚ました。
「気がついたか、素子」
「あ、キツネさん。私は……」
「けーたろに気絶させられた後、けーたろとウチでここまで運んだんや」
「そうだったんですか……申し訳ありません」
「んー、まあええけど。あんさん風邪ひいとるみたいやで。けーたろ、そういっとった」
「そうですか……」
どうもあまり具合が良くないらしく、元気のない返事だ。
「なあ素子。なしてけーたろにつっかかるんや?」
ここ数日、キツネの感じていた事だ。
確かに景太郎の行動からすれば、素子が反発するのは解かる。
だがそれだけにしては、少し態度が変だった。
以前はただ天誅を加えようとしていただけだったのが、この頃の素子は、景太郎を必要以上に意識している。
景太郎に対してやっている事は変わらないが、その雰囲気が違う。まるで焦っているようだ。
「キツネさん……奴は一体、何者なんでしょうか……」
キツネの問いには答えず、逆に問い返す素子。
「……まあ、ドイツからやって来た、ちょっと変な管理人ってところやな」
「私も最初はそう思いました。しかし、奴に剣を振るっている内に気づいたんです」
「なんや?」
「奴に剣が当った事、一度もないんです。最初は私が無意識の内に手加減しているのかと思いました。
でも違うんです。私が本気で打っても掠りもしないんです。奴は全く本気を出していないと言うのに」
「……」
キツネは知っている。
おそらく景太郎が素子のことを傷つけられないだろうこと。
しかし、それを素子に言う事はしなかった。
素子に伝えても傷つけるだけだろうし、景太郎との約束でもあるからだ。
「それに四年前、実家の道場で門下生が再起不能にされた事があったんです。
その時の犯人、ドイツから来た日系人としか解かっていないんです。
もしかしたら、奴が……」
「そんなこと、あらへんやろ。四年前ゆうたら、けーたろの奴、十五歳ぐらいやろ?
いくらけーたろが強いゆうたかて、流石にそりゃ無理やろ。
それに、ドイツ在住の日系人ゆうたかて、ぎょうさんおるで?」
「そうでしょうか……」
キツネの意見は確かに一理ある。だが素子は納得がいかないようだ。
それきり、黙り込んでしまう。
「なぁ、素子?」
「はい?」
「もし……もしもやで?
けーたろがその犯人やったとして、素子はどうするつもりなんや?」
「それは……」
思ってもみなかったことを聞かれて、素子は口籠もる。
自分は一体、何がしたいのか。
改めて聞かれるまで、考えもしなかった。
「その再起不能にされたヤツの敵討ちするにしても、今の素子じゃけーたろには敵わんで?」
「……確かに、その通りです。
奴は強い。私では歯が立たないでしょう」
それは、先ほどの決闘で明らかになった事実。
例え景太郎がスタンガンを使わなかったとしても、結果は変わらなかっただろう。
もし、真剣での勝負だったら。
自分が使っていたものが、止水であったら。景太郎が使っていたのが、短刀であったら……
今頃、自分の命はなかっただろう。
何しろ、自分の攻撃は景太郎に全く効かない。
それに対して、景太郎の攻撃は必殺であったのだから。
「……なあ、素子。けーたろに稽古着けてもろたらどや?」
「いや、しかし、敵討ちの相手に教わるなど」
「だから、敵と決まった訳やないやろ?
けーたろの側にいて、けーたろの人と為りを見極めようとは思わんか?
例えばけーたろがその犯人やったとしても、あのけーたろが何の意味もなく人を傷つけるなんて、ウチには思えへんのや」
確かに、キツネの言う通りだ。
一人で稽古を続けているより、誰かに教わった方が上達は早い。
それに……景太郎が意味もなく暴力を振るうとは、自分にも思えない。
あの決闘の最中でさえ、景太郎からは闘気を感じなかった。
まるで、晴れた日の湖面のような……静かで、穏やかな気配。
景太郎を倒そうと躍起になっていた自分とは正反対だ。
「……」
「な? 自分より強い相手に教われば今より強くなれるし、けーたろがどんな人間なのかも分かる。
その上で敵討ちの相手だったら勝負を挑めばえぇやん」
「確かにその通りです……しかし、奴が了承するでしょうか?」
今まで木刀や真剣を振り回して追いかけ回して来たのだ。そんな相手からの頼みに、首を縦に振るだろうか?
「それなら平気やろ。なんやったら、ウチも一緒にいったるで」
「そうですか……すみませんキツネさん、お願いします」
この後、キツネは素子を連れ立って管理人室へ赴き、景太郎に事の事情を説明した。
景太郎はアッサリと了承し、素子が景太郎に稽古を見て貰う事が決まる。
その時、素子は終始真っ赤になって俯いていたという。
「青山、顔が赤いようだが……まだ熱があるのか?」
「き、貴様にとやかく言われる筋合いはない!」
「素子ぉ……これから稽古を見て貰うセンセェにそれはないんとちゃうか?」
「あぅ……」
「体調が悪くては、訓練をしても成果は望めない。体調管理はシッカリしておけ」
「う……はい……」
(うーん、これは面白いことになるかもしれへんな)
今回、かなり展開が無理ですね。
特に最後。
次回はクリスマスです。