幸せって何ですか? 第2話 ひなた荘 露天風呂。 夕食も終わり、夜のとばりが落ちてくる頃。 ひなた荘の女性陣と、はるかを合わせた6人が入浴していた。 「なぁ、キツネ」 「なんや? はるかさん」 「景太郎がここに来てからもう三日経つが・・・ どうだ? 景太郎は、管理人の仕事をちゃんとやっているのか?」 よほど甥が心配なのだろう、はるかの表情は真剣そのものだ。 「んー、まあ就任初日に仕事内容聞きに来て、その日の内にひなた荘の補修始めとったわ。 他の仕事もキッチリやっとるみたいやな」 「そうか」 思わず安堵のため息が出てしまう。 (そうだな、あいつは根はやさしい良い奴なんだ。あの態度もきっとまだ慣れていないからに違いない) しかし・・・ 「まあ、今まで普通じゃなかったみたいだし」 「そやなー、まあ、あれさえなければなー」 「キツネさんもなる先輩も甘すぎます! 奴は『事故』が多すぎます!」 「どういうことだ?」 いきなり半切れの素子に、はるかが不安げに切り返す。 そして聞き出した景太郎の三日間に思わず絶句する。 曰く・・・ 『勘違い−−主にしのぶの悲鳴−−で部屋に乱入してくる』 『それは、露天風呂だろうと着替え中だろうと関係なく』 『その際かなりの確率で銃を所持している』 というものである。 とても一般人がとる行動とは思えない。 (銃だと!? あいつ、一体どうしてそんなモノを持ってるんだ・・・?) そのはるかを無視して話は続く。 「まぁ、今まで一度も撃ってないのが救いやけどな」 「撃ってたらシャレにならないって」 「そういえば一度、お茶をもっていってたときに・・・」 食事と管理人の仕事以外めったに部屋からでない景太郎に対して、キツネがしのぶに偵察を命じたのだ。 「お部屋が何時の間にか洋室に改装してあって、机で何かを書いていたみたいなんですけど、 私がお部屋に入ると慌ててそれをしまったんです」 どうも人に見られたくないような事をしていたらしい。 「うちも、カンリニンの部屋入ったことあるでー」 暇を持て余していたスゥが、景太郎に遊んでもらおうとして管理人室に入ったらしい。 「そんときはパソコンやっとったけど、つこうてる文字、日本語でも英語でもなかったな」 「ふむ、それは多分独逸語だろう、ドイツで暮らしていたらしいからな」 何時の間に復活したはるかが、フォローをいれる。 「あと、頭から血ぃだしとるねーちゃんが写っとたな」 (け・・・景太郎・・・一体、なにをしているんだ・・・?) スゥの言葉で、またもや絶句。 「寮長殿には申し訳ないが、奴には犯罪者の可能性があります。奴が部屋を出た隙に家捜しをしてみましょう」 素子がとんでもない事を言い出す。 (それで何も出てこなければ、景太郎の無実が証明できる。だったら・・・) 「分かった、ではこれから景太郎を店の方に呼び出す。その後、家捜しの方頼むぞ」 「ほんとにええんか? はるかさん」 「ああ、かまわん。景太郎の無実を証明する良い機会だろう」 (犯罪者の疑いを掛けられたままでは、景太郎が可哀想だからな・・・) こうして露天風呂を後にする面々。 その後はるかが景太郎を呼び出すのを待ち、管理人室に侵入するのであった。 ひなた荘 管理人室 はるかが景太郎を呼び出し、無人となった管理人室に侵入する五人。(304号室より侵入) 「何や、男のくせに小奇麗な部屋やな。なるとは大違いや」 「うるさいわねー、キツネだって似たようなもんでしょ」 「ま、それはコッチに置いといて、や。 ホンマ、しのぶの言ったとおりやな・・・」 飾り気のない大きな机と、その上のパソコン。 本棚にはハードカバーの洋書とファイルがギッシリ。 部屋の隅にある、これまた簡素なベット。 ベットの横には、大きなロッカーに金庫、それと、小さな冷蔵庫。 三日前に見た時は確か和室だった管理人室は、今や立派な洋室に様変わりしていた。 ・・・もっとも、流石に窓は以前のままだったが。 「いつの間にやったんやろ・・・」 ひなた荘は山の中腹に位置している。 家具を運び込むのでも、かなり大変なコトになるハズだ。 (ウチらが気付かんうちに、これだけのコトをやってのけるっちゅーのは・・・凄すぎやで・・・) 何気無しに机を見ていたキツネは、伏せてある写真立てに気付いた。 「ドイツにいた時の写真やな・・・ん?」 (これは?) 「キツネ、私たちはこっちの方を調べましょう」 「ああ、わかった」 そう言って、見ていた写真を机に戻し、ベットの方に行くキツネ。 「ロッカーと金庫は開きそうにないな。冷蔵庫には・・・お! ドンペリが入っとるで」 「ナニやってんのよキツネ、今はそれどころじゃないでしょ」 「しのぶ、このあいだ奴が見ていた物は、これか?」 「あ、はい。そのファイルのどれかだと思います」 「そうか、スゥ! 私たちがファイルを見ている内にパソコンの方を頼む」 「まかしとき!」 こうしてスゥがパソコンの中を調べているあいだ、他の四人でファイルを調べる事となる。 「画像データあったで」 「こっちも見つけたで・・・」 暫くして、スゥとキツネが声を上げた。 どうやらスゥとキツネがほぼ同時に見つけたらしいが、キツネの口調は妙に重い。 「けど、これアンさん達は見ん方がええよ」 「なぜですか? キツネさん」 「そうよ、私達にも見せてよ」 「でもこれ、ゲチョゲチョやで、見ない方がええ」 言って、キツネはファイルを閉じた。 「そ、そんなに凄いんですか?」 「・・・特にしのぶは、あかんな」 よほど凄い物が写っているのだろう、キツネの顔は真っ青だ。 「しかし、これであの男の犯罪が証明できますね」 すでに素子の中では景太郎は連続殺人犯だ。 だが、キツネにはそうは思えなかった。 (せやけど、犯罪者がその証拠になるものを、後生大事に持っとるもんか・・・?) 「んー、せやけど、これは・・・」 キツネが素子に反論しようとした、その時・・・ ダン! 「全員、床に伏せて頭に手をのせろ!」 その数分前 ひなた荘 玄関前 「それでは、はるか姉さん。俺はまだやらなければならない事が有るのでこれで」 はるかが景太郎を呼びだしてから、約十数分。 (もうそろそろ良いだろう) そう判断したはるかは、景太郎を解放することにした。 そもそも、あまり長い間引き留めておくのも不自然だ。 「そうか、邪魔をして悪かったな」 「・・・ん?」 玄関に入ろうとした景太郎が、ふと動きを止める。 そっと目を閉じ、耳をすませている様子は、何かの気配を感じ取っている様にも見えた。 「どうした、景太郎」 (まさか、あいつらまだ・・・) 「管理人室に誰か侵入しているようだ」 「ま、まさか」 「いや、いるな・・・はるか姉さんは安全なところへ」 「お前はどうするんだ」 「これから突入、制圧する」 言って、景太郎は懐から銃を取り出した。 カチャリ、という音は、セーフティーロックを外した音だろうか。 「そ、そうか・・・程々にな・・・」 (ま、まぁ、今までも撃っていないらしいし・・・無茶なことにはならんだろう) ・ ・ ・ その後、景太郎が管理人室へ突入となる。 そして・・・ 「この部屋で何をしている?」 不信げに部屋の五人に聞く景太郎に、まるで鬼の首でも取ったかのように素子が答える。 「フ、浦島景太郎! 貴様がおこした犯罪の記録、読ませてもらったぞ」 「何の事だ?」 「む、惚けるな! このファイルの事だ!」 そう言い、キツネが持っていたファイルを突きつける。 「このファイルがどうかしたのか?」 そのファイルを受け取る景太郎の後ろから、はるかが覗き込む。 ちなみに、パソコンと同じく、このファイルにもドイツ語が使われている。 「何々、『殺人現場の写真及び、犯行動機』・・・『閲覧注意』・・・? 景太郎、これは何だ?」 「ふむ、これはドイツで手伝っていた仕事用の資料だ。仕事の事、話していなかったか?」 「いや、聞いてないぞ」 (そう言えば、今までなにをしていたんだ?) 「ハンス・・・俺の元保護者だが・・・その手伝いで、犯罪心理学のレポートの作成等を主にしていたのだ」 「それでは・・・」 (景太郎、私は信じていたぞ)*信じていませんでした 「ああ、まだ完了していない物が残っているから、仕上げて送らないと不味いのだ」 つまりこいうことだ。 今まで管理人室に篭りっきりだったのは、レポート制作の為。 一度しのぶが入ってきた時は、丁度キツネが見たファイルを制作中だったから。 まさかそんな物を見せるわけにもいけないので、ファイルをしまった。 という景太郎の説明に一同納得(一部渋々)、解散となる。 「では、これを見たのは紺野だけなのだな?」 「ああ、うちだけや」 「気の毒に・・・あまり気にしない方がいい、酒でも飲んで忘れる事だ」 「そやったら、冷蔵庫のドンペリうちに飲まし」 「仕方ない、これを一本やるよ」 そう言い、ドンペリをキツネに渡す景太郎。 「悪いなーけーたろ。それと、うちのことはキツネでええで」 シャンパン一本で機嫌をなおすキツネ、 「分かった、キツネだな、ではまた」 「ああ、ドンペリありがとな、けーたろ」 こうして管理人室を後にする一同、上手いこと酒を手に入れたキツネ以外皆疲れたような顔だ。 その数分後 ひなた荘 205号室 「今日はエグイもん見たけど、まあタダ酒手に入ったしええか。ん? これは・・・」 それは、景太郎の机に在った写真立から失敬した一枚の写真。 途中でなるに呼ばれてジックリと見る余裕がなかったため、抜き取ってきたのだ。 裏には、写真をとった日付だろう、『1994年、春、景太郎と』と書いてある。 表には、桜をバックに、儚げに微笑む少女と、相変わらず無愛想な・・・しかし、どこか幸せそうな景太郎。 バイザーは付けておらず、左目はまだ黒い。 「何や、こんな顔もできるんか。でもこのねえちゃん・・・」 その少女。年の頃は十五、六歳。髪は純白、瞳は真紅、そして、抜けるように白い肌。 染めているのではない。先天的に皮膚の色素が欠乏しているという、アルビノというものだ。 多分、この少女が景太郎に左目を提供したのだろう。 しかし、キツネを驚かせたのはその容姿。 髪の毛と瞳の色を除いたそれは、彼女の良く知る人物に似ている・・・いや、似すぎている。 「素子と瓜二つや・・・」 その時。 コンコン! 「景太郎だ、聞きたいことがあるのだが・・・」 「あ、ああ、ええで。入ってき」 「すまないな」 だが、入ってきた景太郎はなかなか話し出さない。 いつもとは違い、どこか弱々しい雰囲気さえ感じさせる景太郎を見て、キツネは自分が話を振ってやることにした。 「あー、写真やったらうちがもっとるで」 「そうか、キツネがもっていったのか」 「すまんな、見てもうたわ」 「ん・・・いや、かまわん・・・」 だがその顔は、見ている方が辛くなりそうなほど痛々しい。 「もしかして、このねえちゃんが?」 「あぁ。左目の提供者だ」 目の提供者。 普通、生きている人間が、自分の目を他人に譲るとは考えにくい。 恐らくこの少女は・・・もう、この世にいない。 「そっか、写真の事は黙っといたる」 「すまない」 一言礼を言い、退室する景太郎。 その背中を見送りつつ、キツネはコップの酒を一息に飲み干した。 「まあ、色々あるみたいやけど・・・」 バイザー越しに一瞬見えた、景太郎の瞳。 少女の遺した紅。 「あんな顔されたらな・・・」 見えたのは一瞬。 だが、心に残った紅は・・・ つづく。
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