Written by KON巳津

幸せって何ですか?






第1話



 和風喫茶「日向」

 一人の成人女性が、新聞を読みながら煙草を吸っている。
 この喫茶店の経営者、浦島はるかだ。

 Pururururu...

「はい、和風喫茶日向・・・あぁ、婆さんか。久しぶりだな、どうしたいきなり?」

 電話越しに聞こえた声。
 それは彼女の母親、『浦島ひなた』だった。
 今は世界中を旅していて、滅多に連絡をよこさない母親からの電話に、思わず顔がほころぶ。

 だが、そんな彼女の顔が、不意に強ばった。

「・・・・・・なんだって、景太郎を見つけた?」

 景太郎・・・それは、彼女の甥の名前。
 15年前、爆弾テロに巻き込まれ・・・今までずっと行方不明だった。
 誰もが死んでしまったのだろう、と絶望に暮れる中、ひなただけがそれを信じなかった。


『遺体が見付かっていない。
 自分の目でそれを確認していない以上、絶対に生きていると信じる』


 そう言って聴かなかった。
 その、ひなたが生きていると信じていた甥が、本当に生きていた。

「・・・そうか・・・アイツ・・・生きていたのか・・・」

 思わず、涙が零れそうになる。

「そうか・・・そうか・・・」

 電話越しに聞こえる、ひなたの嬉しそうな・・・涙ぐんだ声。
 それに感化されたのか、はるかもまた、涙声になっていく。

「ん?  そうか、婆さんが決めたならそうするといい。
 で、いつこっちに来るんだ・・・今日? 急だな・・・いや分かった、後は任せてくれ。
 じゃあ、またな・・・」

 受話器を置き、目尻に浮かんだ涙をそっと拭う。

「そうか、景太郎の奴・・・生きていたのか・・・
 しかし十五年ぶりか、一体どんな奴になったか今から楽しみだな・・・」

 はるかの覚えている景太郎は、よく笑う笑顔の似合う男の子だった。
 その、死んだと思っていた甥との再会・・・これから起こるであろう、感動の対面に心躍らせる。

 だが・・・

「すまないが、ここの店長は居るか?」

 これから来るであろう景太郎の為に店を閉めて待っていようか、等と考えていた所に、低い声が掛かる。

「ああ私だが、なにか」

(何だ? この怪しい奴は・・・)

 店の前に立っていたのは一人の青年だった。
 身長は高くもなく、低くもない・・・170センチ程度だろうか。
 ただ立っているだけのハズなのに、妙に隙が少ない。
 何より、顔の半分を覆っている黒いバイザー・・・

 怪しさ大爆発だ。

「では、貴方がはるか姉さんか」

「姉さん?」

(まさか・・・)

「ひなた婆さんから聞いていないのか?」

「まさか・・・」

(嘘だろ?)

 十五年ぶりに出会う甥は・・・

「俺が、浦島景太郎だ」

 果てしなく怪しかった。





「・・・・・・」

「どうした、急に黙り込んで」

「本当にお前が景太郎なのか?」

「そうだ、身分証明書もあるが」

 言いつつ、景太郎は懐から身分証明証・・・パスポートを取り出す。
 そこにあった写真は、兄の若い頃に良く似ていた。

 ふらぁ〜

「大丈夫か?」

「あ、ああ」

 余りにも想像とかけ離れた甥に、思わず意識を失いそうになるが、何とか立ち直ることに成功する。

(そうだ・・・景太郎は今まで家族と離れて、外国で暮らしていたんだ・・・
 少しくらい普通と違っていても仕方ないじゃないか・・・)

「なら婆さんからお前に伝言だ。この上にある女子寮・・・『ひなた荘』の管理人に任命するそうだ」

 なんとか自分を納得させたはるかは、先程ひなたから頼まれていたことを景太郎に伝えた。

(景太郎・・・私が普通に戻してやるよ・・・)

 どこか悲壮な覚悟にも似た決意を固める。

「・・・一ついいか?」

「なんだ」

「”ジョシリョー”とは何だ?」

「は?」

「今までドイツで暮らしていたんだ。 日本語は、日常会話程度しか出来ないのだが」

「そ、そうか。 まあ立ち話もなんだ、店の中で話そう」

(婆さん・・・すまん、駄目かも知れん・・・)

 先程固めた決意は、早くも崩れ去ろうとしていた。

 その後はるかは、景太郎に三十分ほどかけて、女子寮とは何かと説明するハメになった。



☆   ☆   ☆



 ひなた荘 管理人室。

「なるほど、”ジョシリョー”とは女性専用のアパートのようなものなんだな・・・」

 あれからようやく、景太郎に女子寮とは何かを説明し終えたはるか。
 少しやつれて見えるのは気のせいだろう。

「それでは今からここの住人達を呼んでくる、それまでここに居てくれ景太郎」

「しかし、良いのか? 男である俺が・・・」

「言うな、景太郎。
 婆さんの決めた事だ。どうにも出来ん」

「そ、そうか」

「じゃあ呼んでくる。ここで待っていてくれ」

「ああ・・・」



 ひなた荘 本館・南 205室



 トントン

「キツネ、はるかだ。ちょっと良いか」

「なんやはるかさんか、 うち今から風呂行くつもりやったんやけど」

「すまんが後にしてくれ、 今から管理人室で大事な話がある、他の住人と一緒に管理人室まで来てくれ」

「なんや分からんけど・・・呼んでくればええんやな?」

「ああ、頼んだぞ」



 ひなた荘 管理人室。



「はるかさん、みんな連れてきたで」

 カラ

「分かった、入ってくれ・・・」

「なんやはるかさん、元気ないなぁ」

「まあ、気にするな」

 中に入るひなた荘の面々。
 中には一人の青年。
 室内だというのにあいも変わらず、大きな黒いバイザー。

 キッチリ結んだ口はヘの字口だ。
 この怪しい男、浦島景太郎に対する、皆の感想。

(何この男)

(怪しいやっちゃな)

(一体何者だ)

(でっかいバイザーやなー)

(この人・・・なんか恐いな・・・)

 あからさまに怪しい景太郎を前に、誰一人口を開こうとしない。

(ま・・・まぁ、仕方ないな・・・私も最初は驚いたんだから・・・)

 皆の反応に、はるかは苦笑するしかない。
 だが、このままでいる訳には行かないこともまた事実。
 多少顔が引きつりつつあるのを自覚しながらも、自分の甥を紹介する。

「こいつは、私の甥の景太郎だ」

「浦島景太郎だ、これからよろしく」

「「「「「はあ、よろしく・・・」」」」」

 景太郎の挨拶を聞き、ひなた荘の面々もそれに返す
 だが、どうして景太郎を紹介されるのか、良く分かっていないのだろう、その返事はどこか味気ない。

「今日からひなた荘の管理人になる」





 一瞬、目が点になる。
 はるかが何を言っているのか、良く分かっていないようだ。
 だが・・・

「「「「「なにー!!?」」」」」

 ようやくその意味を理解したとき、驚愕の声が上がる。

「はるかさん、どういうこっちゃ!」

「そうですよ、どうして男が!」

「そうです、大体貴様! 挨拶をする時ぐらい、その黒眼鏡を外さんか!」

「あんちゃんデッカイ、バイザーやな。うちにも貸してえな」

「あ、あの。その・・・」

 あっとゆう間に大騒ぎだ。

「まあまて、このことはひなた婆さんが決めた事なんだ。
それとバイザーについては・・・」

「俺が話す。数年前に左目を失明した。
 移植したのだが光度調節が上手く行かないので、視覚補正の為にこれを着けている。これでいいか?」



 ただいま住人会議中



「きーたか、ばーさんやて」

「婆様には逆らえんな」

「しかし、男が管理人ですよ」

「仕方ないわよ、もう決定しちゃったみたいだし」

「そういう事情が有るならあのバイザーも仕方ないですよね」

「あのバイザー、貸してくれへんかな?」

「カオラ、あの人あれが無いと目が見えないのよ」

「でも、素顔ぐらい見せてくれてもええんちゃうか?」

「そうよね、一応管理人になるんだし」

「それが礼儀でしょう」

「それはうちが言うとして、みんなええんか?」

「「「「婆様がきめたのなら・・・」」」」

「そやなー」



 会議終了



「それじゃあこれから、管理人よろしゅう。
 うちは、紺野みつね。通称キツネや」

「私は、成瀬川なるよ」

「青山素子だ」

「うちは、カオラ・スウ。スウちゃんや!」

「あの、私、前原しのぶです」

「ところでな、あんさんの素顔をみしてくれへんか?」

「顔を?」

「そうや、これから一緒に生活するんや。
 一度くらい素顔見とかんとな」

「まあ構わんが」

 別段、気にした風でもなく、景太郎はバイザーを外して見せた。

「ほー」

 黒く大きなバイザーの下から現れたのは、線の細い、女の子ような顔立ち。
 しかし、逆八の字眉毛とへの字口、そして意志の強そうな瞳。
 右目が黒、左目は真紅。俗に言う、『オッド・アイ』。
 それらが彼を大人びてみせる。

「やはり、左目は殆ど見えんのか?」

「ああ、だが移植そのものが失敗した訳ではないからな。
 原因は心因的な物だ。それを乗り越えれば、見えるようになるはずだ」

 心配げに聞くはるかに答えつつ、景太郎はバイザーを再びはめた。

「では改めて。
 ようこそ、ひなた荘へ。うちら住人一同、あんさんを管理人として歓迎するわ」

「こちらこそ宜しく」



 挨拶が終わり、住人一同とはるかが管理人室を後にすると、景太郎は一人、ポツリと呟いた。

「まさか、此処で彼女に会うとはな・・・」

 そっとバイザーを外すと、なにか痛みにを耐えるような・・・そんな表情が現れる。
 先程ひなた荘の住人達に見せたものとは正反対だ。

「運命、か・・・・・・」




続く...

 

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第2話「管理人は犯罪者?」


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