剣の枝 1. 地獄の絵に 剣の枝に ひとの貫かれたるを見て
先が見えないほどに長い廊下。両端にそびえるような円柱は太く、何処までも高く伸びゆく。遥かに見える天井には絢爛に飾られた、美しい天上の調和が描かれる。余りの距離に眩暈がしそうになって足もとを見れば、タイルの一枚一枚が繊細なモザイクからなっていた。 荘厳、豪華、豪奢。どの言葉を当てはめても不足なほどの、異様な迫力を、その宮殿は持っていた。その美しさにため息をつくのか、畏れを感じて立ちすくむのか。それは人それぞれだろうが、いま、王の間へと続くその廊下を進む四人の反応は少しばかり違っていた。 先頭に立つのは四十がらみの男、あとに続く三人の父であり、辺境とはいえ広大な領地を治める長である。眼鏡をつけた無表情な顔はひどく整っている。薄茶の瞳と相まって、作り物めいてすらみえる無機質な美貌だ。周囲の迫力に臆した風もなく―それは四人ともに言えることなのだが―、しかし美しさを楽しむ訳でもなく、ただ前だけを見据えカツカツと歩いていく。 続くのは四人の中で一番の大柄、次代を担う惣領息子、二十を幾つか過ぎた風のがっしりとした青年だ。しかし躯体の割に表情は柔和で、王との対面を前に幾許かは緊張してもいいだろうに、控えめながら軽い笑みすら浮かべている。従順に父に従いながらも、時折、周囲の絢爛さに目を魅かれては、少し驚いたように微笑むのだ。 先を行く二人から少し遅れて三番目、次男の彼が一番まともな反応と言えるかもしれない。跳ねた黒髪と大きな目をフワフワと左右にやっては見事な造りに感嘆し、そして――声を上げる。そのたびに先頭を歩く父に非難の視線を向けられ、彼は笑って頭を下げる。それは既に数度繰り返された。緊張感のカケラもないその様子はやはり、まともとは言い難いかもしれない。 そして最後にひとり、十代半ばと見える少年。年長の家族たちに付き従い歩く末っ子の様は、傍目には初めての謁見を前に緊張するように見える。しかし実際のところ、彼は、ただ王と皇子に頭を下げるため帝国でも端に位置する領地から、一家総出で王都にやってるくことに馬鹿らしさを感じ、既にげんなりしていた。麗しい装飾も立派な建築も、全て無駄に見えていたのだ。真っ直ぐな黒髪で半ば目を覆うように俯いて、黙々と歩む。 四人が四人、どこか変わった一行は、それでも廊下を進み、王の間の前にたどり付く。総金地の、全てを写し返すように輝く厚い扉の前に立ち、先頭の男は朗々と名乗り上げた。 「ユース公 テヅカ、只今見参!竜顔まみえたく候!!」 「入れ!」 跳ね返るように届いたのは、力強い、とは言い難いが、命令することに馴れた、紛れもない王の声。扉ごしとは思えないほどよく通るその声を受けノブを持った近衛兵。彼等がそれぞれ左右に、重い扉を引き開ける。少しずつ開くその隙間から、漏れる光が長い廊下に筋になって伸びた。 父と兄たちの後ろで、最後にその光を浴びたカオルは、あまりの眩しさに、目を、閉じた。 20030209 うーん、短い。次ぐらいからようやっと動き出します。 青春=youth、でユース公。安直。 父=手塚、長兄=タカさん、次兄=キク、で末っ子=カオルの設定です。 |