剣の枝 2.  地獄の絵に 剣の枝に ひとの貫かれたるを見て




「隣から嫡子のタカシ、次男のキク、そして三男のカオルです」
「長男は見知っている。常に連れているな。ユースの次期殿か、お前に似て随分な狸に育っているようだ。嬉しいだろう、テヅカ」
「……は…」
「次男の名前は都まで聞こえているぞ。随分と好きにさせているようだな……こちらは、あまり似なかったのか」
「恥ずかしい限りで…」
「全く何を。素晴らしく武芸に長けていると、近隣ばかりかこの帝都にも届いているというのに。全く、辺境公だというのにユースは良い息子に恵まれている。次代も政にも軍にも、ぬかりはないようだ。つまらん」
 悪趣味すれすれまで綺羅びやかに飾り立てた玉座の上で、皇帝アトベは饒舌だ。周囲には彼が随分上機嫌であるように見えた。父王テヅカは礼にのっとり彼から大分離れた場所に膝をついたが、『お前ごときに暗殺されるつもりはないから、もっと近くに来い』とアトベは腰に吊るしてある武骨な鞘を叩いて笑う。華美というのにも苦しいほど宝石や絹糸で装飾された彼の衣装に、その剣はひどく不似合いであったが、チラリと視線を上げたカオルはそこに彼の人柄の一端を盗み見た。無駄を一切省き、実のみを求める。お仕着せの皇帝崇拝しか持たなかったカオルに、剣は皇帝アトベの実在を教えた。
 目を伏せて前進した父に習い、兄たちとともにカオルもアトベに近づく。決して“自分”を崩すことのない兄弟たちが、神に為政を命じられた人ならぬ人を前に体を固くしたのが伝わってきた。今まで味わったことのない緊張が、カオルに圧し掛かる。しかし押しつぶされそうな自分を認めるのは幼い矜持が許さず、カオルは頭を垂れたままグッと奥歯を食いしばった。
「……それが、カオルか。お前の、三男なのだな」
「は。お陰さまで、恙無く」
「その子はどうする。長男の補佐でもさせるつもりか?」
「いえ。慣例に習い、聖職に就かせます」
「神にくれてやるか」
「よろしいでしょうか」
「それも、いいだろうよ。ユースの子供たち、顔をあげろ」
 唐突にアトベがユースの兄弟に命じた。皇帝が一地方領主の子供にまで声を掛けるなど尋常でない。アトベの左右の老人たちも、また気まぐれを起こした、と眉根を寄せる。息子らの手前に膝ついた父王手塚もその変わらない表情をわずかに歪める。そして三人の動揺は言うまでもなく、殊初めての謁見であるカオルの狼狽、いや怯えは彼のプライドをもってしても傍目に明らかだった。アトベの重くはない声にを向けられて、体はビクリと大きく跳ねた。自分の無礼にカオルは血の気が引いた。細かく体が震えるのが分かった。膝から力が抜けそうになる。しかし決してこの場で崩れ落ちる訳にはいかない。倒れようものならば不敬罪で曳きたてられてもおかしくは無い。カオルは緊張に眩暈がしそうになるのを必死で堪えた。
「はっ」
「…は…」
 二人の兄が応えるのに合わせて声を絞りだす。顎を持ち上げるのに気の遠くなるような力が要った。大理石のモザイクで彩られた床から、金地の壁に移る視界がグラリと揺れる。カオルは危うい視界の端にようやくアトベの姿を見つけた。柔らかい茶色の髪に、印象的な泣き黒子、そしてニヤリと笑みの唇。カオルはあっけに取られた。


 その『男』は、あまりに母に似ていた。




ひさびさに更新。皇帝跡部タマ。ちなみに名前は名前・母方姓・父方姓で、ファーストネームとミドルネームを適当に使い分け。中々本筋に入らないなあ…。

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