また懲りずに新作を小出しにアップさせて頂きます!
実は今回の作品は元ネタがありまして、いつもお世話になっているA.s.LさんのPsychoと言う素敵なコーナーの『キツネの嫁入り』と言う作品からヒントを得て書きました。僕が大ファンなので一方的にコラボレーションさせて貰った次第です!
近年、まれに見る素敵なサイトですよ!A.s.Lさんの【COOL&WARM】はこちらから!
[とても斬新な構成のサイトですので迷子にならないように(笑)ヒント:Psychoは試験管のところです!]

「ママにしちゃ珍しく何日も店閉めてたね。邪魔な物取りにモロッコでも行ってたの?」
俺の冗談にも珍しく反応しない。そればかりか神妙な表情で俺に話しかける。
「雄ちゃん、驚かないでね。実はなっちゃんが自殺したの。それで、葬式になっちゃんの田舎に行ってたのよ」
「あの奈津子が?だってあいつ若い男と田舎で暮らして幸せになったんじゃないの。何でまた?」
俺も信じられなかった。あの明るい奈津子が!奈津子はこの店の看板娘だった。正確にはニューハーフだが、誰もそんなことは気にとめなかった。それほど女が身に付いていた。それが証拠に一昨年、突然店を辞めたら男の客がいきなり減った。そう言う俺も奈津子の明るさに助けられた口だ。美人で気だてのいい娘だった。
「実は雄ちゃんにも誰にも言ってなかったんだけど、なっちゃん田舎で女と結婚したのよ」
「ええっ!女と!どうしてまた?」
「あの娘の田舎は新潟なんだけど、お父さんが土建屋経営しててね。あの娘、一人息子なのよ。跡継ぎを嫌って高校卒業と共に家出同然でこの店に飛び込んできたの。何でもやりますから、給料も食べられるだけでいいですからとにかく使ってくださいって。ノンケじゃないっていうのは話しててすぐ解ったけど」
「それじゃ、別に土建屋継げばいいだけじゃない?なんで女と結婚なんか!」
「この不況でしょ。なっちゃんの実家の土建屋も左前になっちゃって、しかも一昨年お父さんが脳梗塞で死んじゃってね。同業の土建会社の一人娘と結婚を条件に、若い衆も雇ってくれることになったのよ。言ってみれば政略結婚ね」
「奈津子は素直に了解したの?」
「すごく悩んでたわ。気の毒になるぐらい。あの娘は人一倍真面目で正義感がある娘だったから。ほら、このお店だって一度も休んだことないし、遅刻も早引けもしなかったでしょ?そういう娘なのよ。あの娘は。実家の家業を継ぐとは言ってたけど、私にだって結婚相手が女ってことは最後の最後にポツンと言ったの。言ったとたんに泣き崩れたけど。最後まで一人で苦しみを背負ってたのよ。私にまで気を遣って・・・馬鹿な娘」
そう言うと普段はめったに口にしないウィスキーをストレートで飲み干した。涙の雫がグラスに溶け込む。
「あの娘、田舎では最後まで男を通してたそうよ。毎日、現場に出て土方仕事やってたんだって。葬式の写真は角刈りの日焼けした男だったわ。あれ見たら、なっちゃんどんなに辛かっただろうかって。すぐ想像できた。でも、奥さんも大泣きしてたわ。男としてのなっちゃんしか知らないみたい。田舎でも一人で苦しみを背負ってたのよ。可哀想に・・・」
「でも、なんで自殺なんか?俺、想像も出来ないよ。自殺なんかから一番遠い所にいると思ってたから」
「結局、奥さんの土建会社も公共事業とか減らされちゃって、去年の暮れに倒産したのよ。なっちゃんも自己破産したらしいんだけど、自分の生命保険で奥さんと社員の生活を何とかしようと・・・。でも、それは表向きだけだったかも知れない。あたしにはわかるの。男と女の板挟みになった苦しみが。もちろんあたしの推測だけど」

俺は奈津子が辞める日のことを鮮明に覚えている。
あの日奈津子はいつになく酔って俺の座ってるカウンターの隣に腰掛けた。いつもに輪を掛けて明るい口調で、
「雄さん!私、幸せになるから!雄さんもいつまでも独身貴族気取ってないで、いい人見つけて幸せになりなよ!」
「でも奈津子、山岡の旦那はいいのか?」
「いいのよ。あんな妻子持ちの男は!どうせ私、結婚できるはずもないし、3年の不倫生活にピリオド打って清々したわ!何のしがらみもない将来性のある若い男と楽しくやるわよ!こう見えても私計算高いんだから!あんなはっきりしない中年男なんてこっちからサヨナラよ!私はまだ若いんだから!」
「でも山岡の旦那は奈津子のこと真剣に考えてたぜ。男同士の話だから間違いない」
「だったらなんなのよー!私にどうしろつて言うのよ!あんな男・・・」
そう言うと奈津子は俺に口づけした。初めての奈津子の唇は熱く甘かった。ほおが濡れてるのが分かった。
「私、山岡さん以外とキスするのはじめてよ。最後の日に来てくれたお礼だからね。勘違いしないでね。あー酔っちゃった」
そう言うと奈津子はカウンターにうつ伏せになった。か細い肩が震えている。俺は自分のジャケットを奈津子の長い髪に掛けてやった。
それが俺にとって奈津子にしてあげられる唯一の慰めだった。

今考えると、あの日が奈津子にとって女である最後の日になった。

「ママそう言えば山岡の旦那全然見かけないけど」
「来たわよ。あたしがなっちゃんの葬儀に行く前の日遅くに。あたしに香典たくさん渡してママの名前で供えてくれって。ずーと奈津子の写真見ながら男泣きに泣いてたわ。あの人それしか言わなかったけど、今は幸せそうには見えなかった。少なくとも奈津子といた頃とは別人みたいだった」
山岡の旦那も苦しんだんだ。多分、それが奈津子にとっても一番の供養になったに違いない。

店の片隅にピンで貼られている写真には、その当時の生き生きとした奈津子の姿が写っている。恥ずかしそうな視線の山岡の旦那と腕を組みながら。

本名 木暮浩 享年24才 あまりに若い死だ。

俺はその写真に向かって手を合わせた。  もちろん女としての奈津子に。

       

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