■  第十六章 屍  ■

眩しい朝日に、香取が目を覚ましたようだ。
寝ぼけているのも一瞬で、ほとんど原型を止めていない建物の方に走り出した。
圭子と祐子に「ここで待つんだ!僕も行くから」と言うと圭子が「だってまだ火が!」と心配そうな表情で僕を見つめる。「大丈夫だ!それより菊池がまだ生きてるかも知れない」正直、建物の状況からして生きてる可能性はほとんど0%だろう。でも、たとえ1%以下でも万が一という気持ちで、香取のあとを追いかけるように走った。

前方で香取が消防士の制止を振り切って建物の中に入っていく。僕も続く。「君たち中は危険だ!立ち入り禁止だ!」と言う消防士の声を背に中に入った。至る所から火は出ている。何より無惨な状態だった。「菊池!菊池!どこにいる!」香取がまだ火のついているがれきを素手で除けている。「香取!僕も手伝う!」二人とも顔や手に火傷を負いながらがれきの下に埋もれているであろう菊池を必死になって探した。天井から火のついた天井の破片が香取の頭上に落ちた。
次の瞬間、香取が「菊池だ!」と大声を上げた。まだ火が噴きだしているひときわ激しく燃えている所にほとんど骨のような姿になってたが、ネックレスやブレス、そして指輪など身に覚えのあるものばかりだ!菊池に違いない!
香取はその屍を抱き上げると「辛かっただろ!熱かっただろ!菊池助けてやれなくてごめんな」と菊池を抱く自分の手も焦がしながら男泣きに泣いた。消防隊も中に入ってきた。煙の中、香取の姿を見て引きずるように表に出す。表に出ると菊池の悲惨な姿に皆目を背けていた。消防士が「あとは我々の仕事だ。君たちもだいぶ火傷を負っているから早く治療しないと」僕は腕が少し痛む程度の火傷だが、香取は顔、腕、足など至る所にかなりの火傷を負っている。「こいつを助けてやってくれ!」香取が救急隊に懇願するが、救急隊は菊池の姿を見ただけで首を横に振った。
小太りの警官が僕と香取に「仏は別の車に積むから、早く救急車に乗るんだ。むちゃしやがって!この若造共が!これ以上仏を出したら俺たちの責任になるんだからな」その言葉に香取は痛みきった体で警官の顔面を殴りつけた。小太りの警官は鼻血を出して倒れた。周りの警官が「公務執行妨害だぞ!」僕は「てめえらも公務なら命をはってこの男を助けろよ!」と罵声を浴びせた。消防士が「まぁまぁ、お互いに」と中に入った。
そこが、香取も僕も体力の限界だった。特に香取はひどいようだ。その場で巨体が倒れた。救急隊の用意したタンカに載せられ救急車で運ばれた。僕は歩いて救急車に乗る。救急車の中で救急隊の一人が「君たちはよくやった。無茶できるのも若さの特権だ。友達のために頑張ったな」唯一、救われた言葉だった。

恵の時と違って、今度はちゃんとした病院に運ばれた。僕と香取は別々の治療室で治療を受ける。僕は両手に軽度の火傷を負っていた。医者が「とりあえず全治十日間だな。今日は一日病院のベットで横になるんだ。いいな」僕も心身共にかなり疲れていたが、恵のことが気になる。
病院の公衆電話から昨日聞いた医者のところへダイヤルする。何回かのコールの末やっと電話に出た。店長の声だ。
『誠か。みんなにはちゃんと言ったのか恵のこと』
『実はそれどころじゃなかったんだ。菊池が火事で死んだ』
『何!菊池が!』
『それで、恵はどうなんですか?』神にも頼むような気持ちで聞いた。
『さっき、少しだけ意識が戻ったんだが、まだヤマだそうだ。今、またモルヒネで眠らせている。ちょっと香が替わりたいそうだ』
『誠さん、私香だけどびっくりしないで聞いてね』
『なんですか?』
『菊池君って六本木のメンバーなの。あの夜の』なんだって!じゃ菊池はサルだったのか!
『ほんとうですか?』
『ええ。間違いないわ。彼の面接の時も私、パラダイス・ダイナーに居たから』
『じゃ僕も確実に狙われてるわけですね』
『そういうことになるの。だからそこも危険よ!』
『でも一体誰が僕達を?』
『私にも解らない。本当よ。西条は仕事に関しては完全秘密主義だったから』
『それじゃ、金の保管場所も香さん知らないんですか?』
『それは間違いなく南島にあるわ。私の父のところにあるから安心して。もっとも父はお金だなんて思ってないはずだけど・・・あとね、さっき恵さんが意識を取り戻したとき聞かれたんだけど亀村耕一を撃ったのはウサギだって言ってたの。横にいたからはっきり見たって恵さん。でもその人だけは私も会ってないの』
あの東京タワー方面に歩いていった女だ!モデルのような後ろ姿は鮮明に覚えているが、なんせ後ろ姿だけだ。
『それじゃ、香取の様子だけ心配だから、それだけ確認したら香さんのところへ行きます』
『そうして!一時でも早く!ここが一番安全なはずだし、恵さんも誠さんがいれば心強いだろうから。また店長と替わるね』
『誠、車は捨ててこい!足がつくとここを突き止められるからな。あと、俺が責任を持って香のオヤジのところへ連れてってやる』
『ありがとう店長!』
『言っておくけどお前のためじゃない。恵の妹が心臓移植が必要なんだ。大金が必要なんだ。まだ5才だぜ5才。お前は弟に言いように言われたんだろうが、恵は違う。それだけは忘れるな!』
言葉が出なかった。一生楽して暮らそうとした僕とはあまりに違う。

気が付くと表はスコールになっていた。香取はまだ治療室から出て来ていない。

時間だけが過ぎて行く。

 

 

       

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