■ 最終章 夏の終わり ■

圭子と祐子がいつの間にか香取の治療を受けてる部屋の前にいた。
二人とも無言でうつむいている。
祐子が公衆電話から戻った僕に気が付き「香取さんの様態は?」心配そうに聞く。
「僕にも解らないけど、香取のことだ、大丈夫だよ祐子ちゃん。奴は不死身さ」僕の説得力のない話に
「そうね。多分」不安気な表情は変わらない。

しばらくして、体中の包帯を巻いた香取が治療室からストレッツチャーに寝かされて出てきた。
皆が一斉に香取を取り囲む。
香取はニヤッと笑みを浮かべながら
「誠、火傷はどうだ?」
自分の姿が見えないのか香取は!お前は重傷だぜ!しかし、香取らしい。自分のことより人のことを心配している。
「この通り歩けるよ。香取こそ痛々しいぜ!」
「なに、こんな火傷ぐらいどうって事ないぜ!こんなに包帯巻きやがって、火傷なんてものは時間がたてば自然に治るのによ!」
香取は急に顔を曇らせ遠くを見つめる目で
「菊池は可哀想なことをしたな・・・。あいつも客を逃げさせるために必死だたんだ。責任感の強い男だった・・・。」
その目からは大粒の涙がこぼれている。
祐子が、全身包帯姿の香取を抱きしめて
「もう無理は止めて!私もおそばやさんになりたいの!ずっとあなたについて行く!」
香取が不自由な体で祐子を抱きしめた。
「俺もこれでサーファー生活とはおさらばだ!もう無茶はしないよ。俺に一生ついて来てくれるか?」
祐子は涙ぐみながら「うん。ありがとう」
感動的な約束だ!僕も圭子も自然と涙が溢れてきた。

僕と圭子はどちらともなく、香取と祐子を二人にするため、目で表に出ようと合図をした。
表は何事もなかったように、抜けるような青い空に覆われている。
これ以上、誰かを巻き添えにして犠牲者を出すことは出来ない!
僕は、圭子に恵のことや菊池のこと。そしてあの夜の六本木のことを話す決心をした。
開く口が重く感じられる。
「圭子。僕の話を聞いて欲しい」
「話さないで!!」圭子は泣きながら僕に抱きついた。
「すべて忘れたいの。すべてを。あなたのことも・・・。」
なんなんだ?圭子!どうしたんだ?
「どういう事?僕は圭子のことを本気で好きなんだ」
「私もよ。誠さん・・・。だから忘れたいの・・・。」
圭子は思い詰めた表情をして
「もう逃げて!ここは危険よ!お金は必ずあなたに渡るようにするから!」
なぜ圭子がそのことを知っているんだ!僕の頭はパニックになった!
圭子が僕の唇を小さな唇でふさぐ。
その目からあふれ出る温かい液体が僕の頬に伝わる。


キキー急ブレーキの音と共に 、僕達の前に黒塗りの車が止まった。
中から店長と香さんそして、見覚えのある男が出てきた。
次期総理大臣候補の『黒川強』だ!
黒川は香さんのこめかみにチャカをあてている。
店長が「誠、すまん。恵を守ってやることが出来なかった」片足を撃たれているようだ。引きずる足が痛々しい。
ふてぶてしい態度で黒川は「よう!圭子。お前にしちゃ手こずったな!亀村は六本木で一発で仕留めたのにな!」
なに!じゃ、六本木のウサギは圭子だったのか!あの東京タワーの方へ歩いていった長い髪の後ろ姿の女も!
「店長!恵は!」僕は叫んだ。
黒川が「若いの俺が答えてやるよ。バカ西条の兄貴は足に何発かお見舞いしてやったから、立ってるのがせいぜいだろうからな」
そう言うと店長の撃たれてない方の足に向かって発砲した。
店長が倒れる。それを見た黒川は笑いながら「無理に立つのも体に負担をかけるだけだぜ。もうじき弟の所へ連れてってやるよ」
「恵って言うのか?あの女。俺が始末してやったぜ。病気の妹が死んだらしくてなぁ。ほら、そんなこと本人が知ったら可哀想だと思って。あの世に送ってやったわけよ。今頃、天国で姉妹仲良くやってるんじゃないの?まぁ言ってみれば人助けだよ。世の中には知らない方がいいって事もたくさんあるんだ。あの恵も何も知らずに死んだってことさ。お前も西条の言うこと聞いてさぐり合いなどしなけりゃ、車の中にある金ぐらい全部くれてやってもよかったのになぁ。命は大事にするモンだぜ!ほんとに馬鹿な虫けらどもだ。お前らは!」
「逃げろ!誠!」店長が持てる力を振り絞って叫ぶ。
「そろそろ楽にしてやるよ。香もおやじさんや西条の所に行きたいだろ?」
「私は構わないわ。その若い男の子だけは見逃してやって!」
「そうはいかねぇよ。そいつも六本木の虫けらだからなぁ。こいつをやったらあの日のことはすべておしまいって事だ」
「お願いだから。その子はただのアルバイトなのよ。お願い!」
「まぁ、バイト先が悪かったと思ってもらうしかねえなぁ!知ってるものはすべて消す。なぁ圭子!」
圭子はうつむいている。僕の手をしっかり握りながら。
「若いの、圭子は俺の女だ!手を離せ!」
圭子があわてて手を離す。
いきなり香さんがツカツカ近づき圭子の頬に平手打ちをした。
「あんた!自分のやってることが恥ずかしくないの!最低な女ね!あんたは!」
次の瞬間、黒川の弾丸が香さんの頭をぶち抜いた。続けて、店長の頭も飛び散った!
僕は無意識に圭子を抱きしめた。頭では憎いと解ってながらも、どうしても行動が伴わない。愛しているからだ!
「礼儀を知らない女だ。香は。でも、これで死んだ西条も、うかばれるってもんだ!女と兄貴が近くに行ったんだからな!若いのもそうだぞ。人の女にちょっかいだしやがって!圭子!お前がそいつを始末しろ!」
圭子は動かない。いや、正確には小刻みに震えている。
「もういい!俺が始末する。どけ!圭子!」


その時、香取と祐子が病院の裏口から出てきた。
黒川に銃口を向けられてる僕の姿を見た香取が、
「てめえ!誰だか知らないが、誠をやったらただじゃおかないぞ!」
「また、変な奴が出てきたな。次の総理の俺を知らないとはお前よっぽどのバカだな」
「なんだと!この野郎!」
「やめて!その人達は何の関係もないの!」圭子が叫んだ!
「来るな!香取!こいつは人間の皮を被った悪魔だ!」僕も叫ぶ。
「虫けらの友達は虫けらだ!お前らも仲良く、あの世の送ってやるよ!第一、包帯巻きで丸腰のお前に何が出来る?てめえの女一人守れないくせに!」そういうと、祐子に向かって銃口を向けた。
<バキューン!>祐子が倒れた。香取が祐子を抱き上げる。
「祐子!祐子ー!」祐子はぴくりともしない。「祐子ー!!!」香取の叫び声がこだまする。
「てめえ!ただじゃおかない!」
香取は火傷で不自由になった体で黒川に向かった。
「へへ、体力だけはあるな。このバカが!」
<バキューン!バキューン!>
「てめえ!殺してやる!」香取は体の至る所から血を吹き出しながら、黒川にどんどん近づいていく。
黒川もさすがに焦った顔で「きさまは化け物か!」と尻込みしながら連射する。
<バキューン!バキューン!バキューン!>
香取の巨体が大きく倒れた!
黒川は香取の所におそるおそる近づき「とどめの一発だ!」頭に向かって撃った。
「はっはは!虫けら退治も大変だ!残るはあと一匹だが、弾がねぇや。やっぱりそいつは圭子がやれ!若いのこれも運命だ。お前みたいな貧乏な虫けらには似合いの死に方だ!」
圭子が僕にゆっくりと銃口を向ける。圭子と僕の目が合う。圭子は澄んだ目をしている。僕は覚悟を決めた。死ぬ前に圭子の顔だけ脳裏に焼き付けよう。圭子が微笑んだ!僕も応えた。これで終わりだ。僕は撃たれるのを自然な気持ちで待つ。
次の瞬間<バキューン!>

僕は死んだのか?体が反応しない。頭の中がパニックになった!
振り向くと黒川が倒れている。
「圭子!てめえ裏切りやがって!誰のお陰でいい生活が出来るのか解ってるのか?そうか、この金か!金は車の中にいくらでもある。それ全部持って行け!俺をそこの病院に運べ!それでいいだろ!」
圭子は黒川近づいた。
「圭子、さすがな腕前だ!ちゃんと急所は外してあるな。早く病院に運べ!」
圭子が銃口を黒川の額に押しつける。
「危ねぇじゃないか!そのチャカをしまえよなぁ!冗談だろ!おい!人の頭に銃口向けるなよ。お願いだ。金が足りなかったら用意する。命だけは助けてくれ!・・・・・・・・助けて下さい。圭子さん」
圭子は無言で黒川にとどめを刺した。

「誠さん、ごめんなさい。私は六本木のウサギ。そして黒川の愛人。お金のため、黒川を次期総理にするのに何人もの人間を殺めてきた、プロのスナイパーよ。でも、一つだけあやまちを犯した。あなたを本気で愛してしまったの。こんな最低の人間だけど、それだけは信じて」
そう言うと、自分のこめかみに銃口をあてた。
「やめろ!やめるんだ!圭子!僕と新しい道を歩こう!」
「ごめん誠さん。私にそんな資格はないわ。さようなら。あなたに逢えてよかった」



バキューン!!!ひときは大きな銃声がこだまする。





僕はその後、何日か島を無意識に彷徨った。頭の中が混乱していた。

ひとつだけ鮮明に覚えているのは、車の中に入っていた札束をすべて海に捨てたことだ。
『金よ、さらばだ!こいつのために大事なものを失った。さようなら西条さん、店長、香取、恵、祐子、菊池、香さん、そして圭子』
海に向かって手を合わせた。
あの汚い金も、コバルトブルーの海に夕日を反射してきれいに輝いている。


頭の中にはあの夜、圭子と抱き合いながらカーステレオから流れていた『COOL NIGHT』がいつまでもこだましていた。





 

THE END

       

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■あとがき