■  第十四章 野戦病院  ■

助けを求めなくては!!
僕は恵を静に芝の上に寝かすと他人に悟られないようにハンカチで腕に付いてる血を拭き、店長の方に走った。
店長と香という女は骨を囲むようにして話していた。
「店長!恵が大変なんだ!」僕の尋常じゃない声に二人はいっせいに振り向き、
「どうした誠!」
「恵ちゃんに何かあったの?誠君!」香が僕に聞く。
店長はいぶかしげな表情で「 香!恵と誠のことを知っているのか?」
「その話は後でするわ!それより恵ちゃんがどうしたの?」
僕は小声で二人だけに聞こえるように「恵が、う・た・れ・た!」
店長は僕の両肩をつかみ「どこだ恵は!早く連れて行け!」
僕は指を指しながら「あのヤシの繁ってるところ」と言うと、店長も香も僕も走り出した。

恵は血の海に浮かんでいた。
店長が恵の首を触り、脈を取る。
「まだ生きてる!誠!車をこっちに持って来い!」
僕は再び車の方へ走った。
車を恵の横に付けると、店長と丁寧に恵を車の中に運ぶ。
「俺の知り合いの医者に連れて行く!」
と言うと、店長は荒い運転で海岸沿いの道を突っ走った。スピードメーターは振り切られている。
香が恵を抱いている。その目からは涙がこぼれていた。

間違っても病院とは思えない古い建物に車を付けた。
店長がドアを乱暴に開けると「撃たれた女を連れてきた!重傷だ!」と大声で叫んだ!
奥から、これまた医者らしくないひげを生やした風貌の男が、ウオッカ片手に現れた。
男はふらつきながら恵の脈を取る。瞳孔を見たりした後「手伝ってくれ。何とか助ける」と臭い息でみんなに協力を求めた。
恵を誇りだらけのソファーに寝かせ、服を乱暴に破った。恵のまだ幼さが残る胸から血が流れ出している。
男は飲みかけのウオッカを口に含むと恵の胸に向かって吹きかけた。
メスをライターの火であぶりながら「弾が残ってる。こいつを取り出すから、そこの若いの棚から注射器とモルヒネを取って来てくれ」
僕は棚から注射器を取った。薬剤のビンが何本かある。どれがモルヒネか解らなかった。
「どれがモルヒネですか?」
「全部モルヒネだ。うちにはモルヒネ以外はない」
そう言われ注射器とモルヒネを渡す。
男は恵にモルヒネを注射すると、今までとは別人のように手際よくメスを入れる。
暫くして、「こいつだ」とコッンと金属の弾を銀のトレーに落とした。
「棚にある木の箱を持って来てくれ」
僕はあわてて持っていくと、これまた手際よく、傷口を縫いだした。最後に口で糸を噛み切り包帯をきつく何重にも巻く。
「後は今晩が山だ」
「生きられるのか?」店長が聞く。
「やれることはやった。後は本人の体力と気力次第だ。俺は疲れたから奥で寝ている。様態が変わったら起こせ」
男は残り少なくなったウオッカを持って、再びふらふらした足取りで奥の部屋に消えていった。

店長と香と僕は3人で恵の寝ている横のソファーに腰を下ろす。
「店長!あんな飲んだくれのニセ医者みたいな奴で大丈夫なんですか?」僕は正直な不安を口にした。
「安心しろ誠、ああ見えても奴はプロ中のプロだ。何人もの米兵を野戦病院で救った男だ。今はあんな成りだが、本来ならアメリカ辺りで偉い先生になってるはずだったんだ。奴もある意味犠牲者だな。この島の連中は多かれ少なかれみんなそうだ」

一呼吸おいて店長が話し出す。
「香、誠 、東京で弟と何かあったな?こんな時に聞くほど俺も野暮じゃないが、お前らが狙われているんだったら、俺が命を張って助けてやる!」その表情は西条のそれと同じだった。やはり血は争えない。
香が泣きながら「 お兄さん、誠君ごめんね。こんなはずじゃなかったの。こんなはずじゃ。あの人もあの世で悔やんでいるわ」と言って骨壺を抱きしめた。
「もう夜もだいぶ遅くなったし、コテージの連中も心配しているだろう。誠は一度戻って連中にうまく話をしておけ」
「恵が撃たれたと?」
「恵は海で怪我した事にしておけ!いいな!あいつらを巻き込むなよ!」
「ああ、解った。一度コテージに戻る」
「恵のことは心配だろうが俺たちに任せろ!じゃ、これで!うまく言えよ!」と車のキーをポンと投げた。

海岸沿いの道を走る。対向車のヘッドライトが涙で滲んで見えた。

僕は心の中で『恵死ぬな!』と何度も呟いていた。
誰が恵を撃ったのかとか、恵が言いかけてたことなどすでに頭の中にはなかった。

恵のいつもの明るい笑顔だけが悲しく脳裏に浮かんでいた。

まるで、霧にかすんだ満月のように。

 

 


 

 

       

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