■ 第十三章 風向きの変化 ■

翌日、ボードの微調整のため恵と二人サーフショップに行くと、店長がカウンターで手紙を見ている。明らかにまいったなと言う表情をしている。
「何かあったの?店長ウツ入ってるよ!」恵が思わず口にする。
「弟が死んだ」
どうやら手紙はその知らせらしい。さすがの恵もためらいながら
「店長とは長いけど、弟さんがいたなんて知らなかった。病気だったの?」
「みたいなもんさ。いや事故かな?詳しいことは書いてないんだ。もう10年以上も会ってないからな」
身内の死にしては淡々としている。
「奴の女が骨を持って、島に来るそうだ。今日な。もうちょっとで手紙と行き違いになるところだった。まぁ無理もないか電話番号も教えてなかったからな」
そういうと、パナマ帽と白いジャケットをアロハシャツの上にはおった。
「ちょっと行って来るわ。港まで」
「僕も行ってもいいですか?」なんとなく店長の様子が気になったのと、多少の好奇心から僕は店長にそう言うと
「勝手にしろよ」と言い車のキーを僕に投げた。
「私も行くね」恵も僕と同じ気持ちなのだろう。

車の中はいつもの雰囲気はなかった。さすがに恵も口をつぐんでいた。

港に着くとちょうど東京から船が入ってくる時間になっていた。僕たちにとっては沈黙の時間がないだけでも救いだった。
「店長、その女の人わかるの?」恵が聞いた。
「ああ、知ってる女だ。10年以上会ってないが、すぐにわかると思う」
何人もの人間が下船して来た。店長は一人の女性に向かってツカツカと歩き出した。喪服姿のその女性は多くの人間の中でもひときは上品な女性だ。
僕と恵は店長の後を付いていく。
「よう!久しぶりだな香。変わってないからすぐにわかったよ」
店長のその言葉に香と言う女性は店長に抱きつき泣き崩れた。
「辛かっただろうな香。あいつも馬鹿な奴だ!こんな姿で帰って来やがって!おお馬鹿野郎だ!」
そう言う店長も悔しそうな表情ををかみ殺していた。

「行こう」ここは二人きりにした方がいいと思った僕は恵にそう言った。
二人の姿を見ていた恵が「私、あの女の人知ってるよ」とポツンといった。
恵にそう言われて、僕も香という女性を目を凝らして見ると見覚えがある顔だ。
あっ!そうだ!喪服だったので気が付かなかったが、パラダイス・ダイナーのバーテンの女だ!
でも、なぜ恵が彼女を知っているんだ?もしや!
「やっぱり、ここは外そう」平静を装って再び恵に言った。幸い香というそのパラダイス・ダイナーの女は僕たちに気づいていない。彼女の視線は店長のみを見ていたし、そうでなくても多分、僕らの姿は下船して来た若者に紛れいたのであろう。
「そうだね」と言う恵の表情は明らかにこわばっていた。僕もそうなのかもしれないが、自分で確認することは出来ない。

恵と僕は二人から離れて、人気のないヤシの木に囲まれた場所の倒木に腰掛けた。
僕は恵に「さっき香って、あの女の人知ってるって言ってたけど、知り合い?」
「知り合いって程じゃないけど、知ってる人なの」
「どっかで見たとか?」
「うん。ちょっと行った事がある店で働いてた人」
僕は一呼吸おいて、切り出した。
「その店って、原宿のパラダイス・ダイナーって店じゃない?」
恵は一瞬、驚いた顔をして
「そうよ。行った事あるの?あの店に」
「一度だけね。マスターと話があって」
「私も同じ」
二人の間に異様な雰囲気が漂った。僕は察したし、恵も同じだろう。
僕は独り言のように呟いた。
「あれはきっと西条さんの骨だね。そして僕はカエルだった」
「そうね。私はタヌキよ。六本木の一晩だけの」
やっぱり!恵とタヌキは同一人物だ!

僕がカエルだと解った恵は気を許したのか、急に泣き顔になり、
「西条さんが死んで、だれからどうやってお金を受け取ればいいの?」
その言葉に、いつもの恵の陽気さはなかった。
「どうしても、お金が必要なの。どうしても」
語気の強いその言葉から、どうやら恵にはせっぱ詰まった事情があるようだ。
「僕にも解らないけど、あの香って女の人が知ってるはずさ」
香という女の出現で僕たちにひとすじの光が見えてきた。

「私、あの香って言う女の人に近づいてみる。こういうときは女同士の方が接近しやすいから」恵が提案した。
「大丈夫か?」
恵はいつもの明るい笑顔で「まかせなさいよ。恵に!恵の辞書に不可能という文字はないんだから!」
正直、恵の存在は心強い。そして、こんなに近くに仲間がいたとは。


なぜか、西条が言った「これが終わったら君たちは赤の他人だ。その方が君たちのためだ」と言う言葉が脳裏に浮かんだが、この際そんなことは言っていられない。僕と恵にとっても香という女が鍵を握っていることは確かだ。そして、残された道はそこにしかない。

「でもなぜ昨日の新聞を読まなかったの?」
「読んだわよ。みんなが寝ている間に」
やはり恵は頭がいい。自分のキャラクターと新聞が合わないことを解っているのだろう。みんなに悟られまいとして、僕たちが寝静まった後に新聞を読んだんだ。

「誠。もう一つ大事な話があるの。実はね・・」
その瞬間、『バァーン!』と銃声が背後から聞こえた。僕は条件反射で地面に伏せて周りを見渡した。
日が落ちて暗い風景の中に、無数のヤシの木浮かび上がる。人の気配は感じられなかった。
次の瞬間、恵が倒れた。僕は恵を抱き寄せた。見る見るうちに恵を抱く僕の腕も血だらけになった。

恵が撃たれた!!


 

       

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