■  第十二章 乾杯  ■

コテージに着いた。南国の素朴な作りの広いバルコニーが印象的な洒落たコテージだ。
中は高い天井にファンが回ってる広めのリビング。ベットルームが二室。バスもトイレもキッチンも広めの作りになっている。

僕と恵がコインでベットルームを選ぶことになった。圭子と祐子と菊池は買ってきた食料を冷蔵庫に入れている。香取は広めのソファーに陣取り(お前ら早くしろよ)という顔をしている。
コインの女神は恵に微笑んだ。ベットルームを選ぶ権利を得た恵は、両方の部屋を見比べる。両部屋ともキングサイズのベットが二つ並んでいた。「私たちはこっち!」恵の選んだ部屋は淡いピンクの花のクロスが壁に貼られた、いかにも女の子が喜びそうな部屋だ。残された僕たちの部屋はブルーのシックなクロスが貼られた部屋だったので、正直ラッキーだったが、僕が勝っても間違いなくこちらを選んでただろうから賭にはならなかった。
「この広さなら、祐子と私が一つのベットで充分ね!もう一つは圭子さん」
「うちは僕と香取が一つずつだな。菊池君は床だ。涼しそうだし」笑いながら言ったが多分そんなところだろうと!実際そうなったのだが。
「じゃ、新居に乾杯だ!」香取が待ちきれないと言った様子で、早くも人数分のビールを出している。
全員で「かんぱーい!」とこれからの短い共同生活を祝った。
菊池がFENをつける。レイパーカーJrのウーマンニーズラブが流れてきた。

酒が入ってくると改めて自己紹介も込めて、それぞれの今までの生活を語り始めた。僕が大学を中退したことや、恵と祐子が高校時代からの親友で、遊び友達だったこと。菊池君がほとんど同じ場所で遊んでいたらしい。共通の店や知人の話で盛り上がっていた。圭子もOLを辞めたことを僕と二人で話してた時より、さらりと話していた。

みんな乗っていて、時間は夜中の2時をすでに廻っていた。すでにバドワイザーは一ケース空になり、IWハーパーも一本空になる頃。
黙々と呑んで、 珍しく聞き役に廻っていた香取が「 で、お前らこれから先何するんだ?将来だよ!しょうらい!」いきなり口を開いたかと思うとみんなに聞いてきた。
恵が「将来って一番無縁そうな香取君こそ何になるの?一生現役サーファーってわけにはいかないでしょ?」と切り返した。
「俺はそば屋になる」すかさず答えた。
みんなが意外だ!という顔で香取を見る。
「何で俺が海が好きか知ってるか?」
「波があるからじゃないの?」僕の答えにみんなが頷く。
「お前ら、お坊ちゃん、お嬢ちゃん達には解らないだろうなぁ?学校の夏休みになると給食がないだろ?俺は食うために海に入ったんだ!魚を食うためにな」
その言葉に一同、静まり返った。
「俺は金は二の次なんてきれい事言う奴にはヘドが出るぜ!固執する奴にもな!てめえの食いぶちは、てめえで探す。俺はそうやって生きてきた。だから満腹坊ちゃんを見ると幸せな野郎だとは思うけど、羨ましいなんて一度も思ったことはない!」誰も声も出なかった。香取は続ける。
「俺のオヤジは飲んだくれで、ずっとそのオヤジと二人暮らしだったんだけど、家に金を入れるようなオヤジじゃなかった。俺は食うために何でもした。人に媚びを売る以外の事は。ある日、そんなオヤジが俺を蕎麦屋に連れて行ってくれたんだ。めずらしく博打に勝ったらしいけど。それまでもさすがの俺も立ち食いそばなら食ったけど、ちゃんとした蕎麦屋なんか入ったの生まれて初めてだった。蕎麦湯なんて存在さえ知らなかった。オヤジは始めて俺の前で今までのいきさつを話してくれたんだ。俺が赤ん坊の頃、おふくろが男を作って家を出たことや、何度も俺を孤児院に連れて行ったが入り口で引き返したこと。子供の俺に本音で話してくれた。子供ながらにオヤジも辛かったんだなぁと。だからオヤジを恨んでいない。そのあと暫くして酒の飲み過ぎで死んだんだけど」
香取はしんみりと「あの時の蕎麦はうまかったな。この世にこんなにうまいものがある事を始めて知った。あの味は一生忘れない。俺にとっては今ここにいくら金があってもあの時の蕎麦一杯の価値と比べものにならない。だから俺は蕎麦屋になる!」
そう言う香取は震えていた。明らかに怒りの震えだ!それは香取の自分の過去の飢えに対する震えなのか?生まれ育った境遇に対する震えなのか?僕には解らなかったが、強いバネが見えた。僕など足元に及ばないような。そして、この数週間の自分が不純に感じた。香取の力強さと純粋さは香取だけが持つ資格がある。

「さぁ!今日は呑もうぜ!てめえら何しけたツラしてやがんだよ!女の子には小じゃれたワインも買ってあるんだからよ!」
祐子は静かにコテージのバルコニーに出ていった。多分香取の今の話を聞いて泣いているのだろう。誰もが察した。
香取は本物の男だ!僕は思わずバーボンのストレートを香取と乾杯した。互いの目で男の友情を確認した。こいつとは長い付き合いになると。

圭子に目を向けると僕と乾杯しようというゼスチャーを圭子がとった。今度は圭子と乾杯した。圭子はそれまで口だけつけてた酒を一気に飲み干すといつものクスッとした笑みを浮かべた。圭子とも長い付き合いになる。もちろん僕の願望を込めてだが。ほろ酔いの圭子はまた違った魅惑的な一面を覗かせた。僕が彼女に堕ちていくのを感じる。スローモーションのように彼女の姿や仕草が脳裏に焼き付く。

そして、いつのまにかリビングで雑魚寝状態になった。一気に6人の心は親密な関係になった。

窓越しから波の音が、一晩中僕らを包み込んでいた。

 

 

 
 
 
 
 

       

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