■  第十一章 NEWS PAPER  ■

車で海岸線沿いの道を走る。
「恵、これからコテージに行くんだったらスーパー・マーケットに寄って行った方がいいぞ!この島にはまともな買い物ができる店は一軒しかないからな!」
「サンキュー店長!助かるよ」
スーパー・マーケットのパーキングに入る。
スーパー・マーケットというより大きなドラッグストアという感じの店だが、とりあえず何でも揃えてあるらしい。
『OPEN 7DAYS A WEEK』というネオンサインがアメリカの領土であった事を物語っている。
これまた、アメリカン・サイズのカートに当分、必要な食べ物と日用品を入れていく。

ソーセージ・ハム・ベーコン・スペアリブの薫製・ゴーダチーズ・モツァレラチーズ・キャンベルスープ・シリアル・パン・オレンジジュース・コーク・ミルク・卵・バナナ・レタス・ハーシーズのチョコレート・ナビスコのチップに至るまで。アメリカンサイズのカートは満杯になり、菊池がもう一台カートを持ってきた。それに香取がバドワイザーを3ケースと、バーボンを3本。それに女の子に気を利かせてシャブリやシャトーなどのワインも何本か積んでいる。おまえは酒場でも開くのか?と聞きたくなる量だ!つまみにフライド・オニオンやオイル・サーデンも忘れてない。女の子達もコルゲートの歯ブラシや歯磨き粉・クリネックス・トイレットペーパー・100オンス位ありそうなタイドの洗剤などをカートに入れる。菊池は菊池でひげ剃り・ディプそしてどさくさに紛れてコンドームも入れている。僕に見つかると「ほら、万が一何かあったら大変でしょ?男のマナーですよ。男の」ちゃっかりしたヤツだが、なぜか憎めない。

一通り買い物が終わるとレジに並んだ。昔ながらの手打ちのレジスターだ。時間がかかる。その間にレジ横に目をやる。ガムやキャンディと並んで、新聞があった。思わず手にする。その一面には【次期総理大臣最有力候補急死!】という大見出しと、あの六本木で撃たれた田舎代議士の写真が大きく載っていた。(どういうことだ?)頭の中はパニックだった。僕は素早くそれもカートに入れた。
それを見た店長が「ここの島のは一日遅れだぜ!新聞も一紙しかないし、役になんか立つ代物じゃないぜ!」
「いいんですよ。昨日は一日船の中だったから、どうせ読んでないヤツだし」
「ああそうか。あと、たばこも忘れるなよ!この島には自動販売機なんかないからな!」
「あっ!そうですね!やっぱロコは違いますねー」
「まぁ、何でも聞きな!」店長には悪いが、実はそんなことはどうでもいいんだ。一刻も早く新聞を見たかった。

再び車に乗り込むと、僕は何をさておき新聞に目を通した。

内容はこうだった。

昨日、次期総理最有力候補・亀村耕一が自宅で心不全のため倒れた。慶明大学病院に運ばれたが、すでに死亡していた。
そこには、六本木のことはもちろん、銃弾の事も書かれていなかった。激務による病死としてのみの記事だった。
総理大臣の言葉として『毎日のように日本国政府及び日本国民の為に身を削るように仕事をこなしていた。志が高く、日本の将来をいつも考えている人だった。あれほど日本国民のことを常に考えていた人間の急死は未だに信じられない。日本の貴重な人的財産は失われたが、彼の死を無駄にしないよう、残された任期を精一杯日本国民のために、尽くしたい。心からご冥福を祈ります。』他の大臣や閣僚の言葉も同じように、田舎代議士が、あたかも国民の犠牲となって命を縮めた事をコメントしていた。白々しい。少なくとも僕が見た限りでは、国民の血税で賭博をやり、品のない面でいやらしい笑みを浮かべながら女の胸をまさぐる、汚い言葉をはくオヤジでしかなかった。志と言う言葉はあの田舎代議士からは想像も出来ない言葉だ。
政治学者のコメントが載っている。『亀村耕一氏が亡くなった今、次期総理大臣として最有力なのは黒川強氏であろう。歴代でもっとも若い総理大臣の誕生の可能性が大きくなった』と。黒川強か。確かまだ40代前半の切れ者と言った男だ。僕なんか政治に無関心な人間でも、TVで何度かその姿を見たことはあるが、年寄り議員の中でもはっきりものを言う男だ。マスコミにも頻繁に出て熱く語っていたので印象深い。
しかし、病死とはまるで大本営発表だ!これなら誰でも紙面通りに取るだろうな。なんせ、天下の毎朝新聞の記事だ!

「さすが、学生さんだ!新聞なんか読むのか?」香取がイヤミを込めて僕に言う。
「いや、スポーツ面が気になって」
「あっ!なるほどな」
菊池が「僕にも見せてよ」圭子も「その次は私ね」
「お前らもインテリかぁー」香取が笑う。
「新聞に書いてあったけど、黒川強が次の総理大臣になるそうだよ」頭の中はパニックだったが、あえて冷静を装ってそう言った。
「なに!黒川が総理大臣に?」店長が驚いたように言った。
「知ってるんですか?店長」
「知ってるもなにも、あいつはこの島の出身だ!」
そうか、黒川の出身地は東京都になっていたが、ここも立派な東京だ。
「で、どんな男なんですか?」
店長はたばこをくわえておもむろに火を付ける。一服して気を落ち着かせる様子がうかがえる。
「怖い男さ!あいつは・・・。そうか黒川が総理に・・・。やばいことになるなこの国も」呟くように言った。
「どういう事ですか?」僕は執拗に聞いたが、普段は雄弁な店長もなぜか返事をしなかった。
ただ一言「この島では黒川の話はするな!あいつの話はここではタブーだ。お前さん達の身の為だ!」そして、また深くたばこを吸い込む。
「お前さん達は若いから解らないだろうが、世の中には知らない方がいいことがあるんだ。この島にいたら新聞なんてものは役に立たないぞ。ほら、空と海を見て見ろ、嵐になるぞ今夜は!」

予感がする。悪い予感が!

海岸線に打ち寄せる波は、いつの間にか荒々しくなっていた。





 

 

 
 
 
 
 

       

<<<BACK PAGE

NEXT PAGE>>>