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■  第十章 波との戯れ  ■

島に着いた僕たち6人は恵がガイド役になってくれてレンタカーを借りて、僕のボードを選ぶために『ディープ・ループ』という名のサーフショップに向かった。
ウッディな作りのシックなサーフショップだ。FENが流れる店には誰も見あたらない。
「店長!いるの?恵だよ!!」大声で呼ぶが誰も出てくる気配がない。
「お客さん連れてきたよ!店長!」
奥から、寝起きの顔をした白髪混じりの長髪を後ろで束ねた男が出てきた。
ハワイアンシャツのその姿はまるで、ハワイのロコのような風貌だ!
「よう!恵!元気だったか?」
「相変わらず、商売気ないんだからー!今日はお客さん連れてきたよ。友達だから安くしてね」
「俺は客見て商売するからな!」
そう言って、店長は僕と香取を舐め回すように見る。
香取がまいったなぁーと言う顔をしながら「客はこいつね!俺はボード持ってきてるから」と僕の方を指さす。
今度は僕をじっと見ながら「俺が新しく作ったボードに乗るか?」
「はぁ?」一瞬何を言っているのか解らなかった。
「ちょっと待ってろよ!」と言うとおもむろに奥の方にしまってあったボードを大事そうに持ってきた。
「こいつは俺が作った中でも最高の傑作だ!と言うことは世界で一番のボードだぜ!お前さんに、これに乗りこなせるかなぁ?どうだ?乗りこなせれば金はいらないぞ」
そのボードはノーズ幅が異常に細く、曲がりもきつい。ワイズが狭いのでかなり難しい代物だ!
「こりゃすごいや!こんなの始めて見たぜ!」香取が叫んだ。
「こいつに乗れる男を待ってたんだ!乗れるか?」
確かに乗りこなすには難しいだろう。だが、乗ってみたい衝動に駆られるボードだ!SEXYな女を連想させるフォルムが余計気持ちを高ぶらせる。女もボードも手ごわい方が燃える。
「俺に乗らせて下さいよ」香取が言った。気持ちは僕と同じだろう。
「お前、自分のボード持ってきたんだろ?浮気はいけないぜ!若いの浮気すると酷い目に遭うぞ」と苦笑いをした 。どうやら自分の経験とオーバーラップさせてるようだ。
「そうよね!浮気はねー」と恵は祐子の方を見ながら笑う。
「ちぇ、じゃこれは伝説のサーファーさんに譲るか!でも誠、お前大丈夫か?こりゃかなり難しいぞ!お前みたいなペーパードライバーに」鼻で笑ってやがる。
「店長、僕の乗りますよ!」こうなったら売り言葉に買い言葉だ!
「よし!お前さんに決定だ!とっておきのポイントも教えてやるし、こいつの扱い方も教えてやるよ!俺をがっかりさせるなよ!じゃ、さっそく行こうか!」
「店長!お店はどうするの?」恵が心配そうに聞く。
「お前なぁ、休みに決まってるだろ。こんなサーフショップ一軒ぐらいやってなくても、誰も困らないぜ!ここが休みでも飢え死にする奴もいないしな!少なくとも人様に役に立つ店じゃないからな」
「そう言われればそうね。店長の道楽だもんね」
「お世辞でも否定するもんだぞ!それが礼儀ってもんだ!最近の若い女は礼儀を知らねぇな!」
口は悪いが、サーフィンとボードを愛してるそんな店長の気持ちが伝わり、僕も久々に燃えてきた。
正直、金のことは頭から離れなかったが、当分はサーフィン大会と島の生活をエンジョイしよう。ここであせってもしょうがない。この店長を見てると余計そう思う。この島の時間がゆっくり流れているのかも知れないが。

店長がベストポイントと言う海に来た。
波はオフシュアだ。うねりも大きい。綺麗だが激しい悪女のような海だ!
「どうだ!最高だろ!ここは」まるで自分の海のような顔をして店長は呟く。
「最高だぜこりゃ!なぁ大野」香取が目を細めた。
「ああ。最高だ!ほんと綺麗だ」僕も同調する。
でも僕の綺麗だ!は圭子のビキニ姿だ。海が圭子を引き立たせる。僕にとっての主役は圭子だ。まぁ、それは心の中にしまっておこう。

香取とパドリングで沖に出る。
「お前は波を待つなよ。適当な波でテイクオフしろ。ペーパードライバーなんだからな」
「こんな波じゃ乗る気にならないぜ。でかいのが来るのを待つよ」
どの波も最高だが、香取の言葉に意地になった。
香取と二人沖から寄せる波を見ながら10分程待っただろうか?遙か遠くからひときは大きな波が見えた。
来たな!あいつに乗ろう。香取も同じ事を考えてるようだ。ボードの向きを反転させた。

二人で同じ波ににテイクオフ!
ボトムターンを何度か決めて、一気にトップに駆け上がる。カットバックしてライディングを続ける。
チューブを描く波をくぐり抜ける。スピードがぐんぐん加速する。波と一体感を感じる。この感じだ!感覚が戻り、最高の瞬間を感じる。
「ひゃほー!」香取も僕も少年のように奇声を上げた。
この瞬間があるから波乗りは止められない。時が止まる。波と体と脳がクロスし心地よいトランス状態になる。
やがて轟音と共に、波がブレイクする。
二人とも綺麗にプルアウトし、フィニッシュ!爽快だ!
「グッドウェーブだぜ!ここは!」香取が嬉しそうに叫ぶ。
そして「予選は行けるな大野!さすが伝説のサーファーだぜ!お前は天才だ!」
お前の言うとおりだ香取!俺は天才だ!

浜に戻ると、恵と祐子がキャキャ言っている。
菊池が「すげーじゃん二人とも!かっこいい!俺にもサーフィン教えてよ!」
「おまえ100年早いんだよ。いや、一生無理だな!俺達は波に乗るために生まれてきたんだぜ!なぁ大野!」
「まあな。怪我しても責任取れないぜ」
「ちぇ!ケチだなぁー」
〈お前には無理だよ。菊池君〉と喉まで声が出ていた。

圭子と目があった。あの優しい笑みで見つめてくれる。他の人間がいなかったら思わず抱きしめているだろう。
そして、この時圭子を愛してることを確信した。僕の帰る場所は圭子だ。帰巣本能を感じさせる女だ。いとおしい。

店長も『合格』と言った顔で GOODサインを指で作る。僕も同じサインで返した。

一本決めた僕は気持ちの余裕が出てきた。海を見ながら店長と僕と香取はサーフィンの話に興じた。
話の途中でさりげなく店長に「南島ってどうやって行くんですか?」と聞くと、
「行くか?みんなで!小さい島だから知り合いばかりだ!俺のポンコツクルーザー出してやるよ」
「ラッキーじゃん!ねぇ誠!」恵が嬉しそうに言う。
思わず圭子の顔を見ると静かに頷いている。決まりだ!
「ただ、今は修理に出してる。確かサーフィン大会の最終日に修理が終わるはずだから、優勝の祝杯を挙げに行くか!」
「店長、気が早ーい!優勝しなかったら残念会ね」
「祝杯に決まってるだろ。俺の自信のボードだぜ。この兄さんがへましなけりゃ!」
「店長、優勝は俺だよ」香取が横から口を挟む。
「どっちにしても祝杯だ!」
南島で祝杯か!そう言えばこの店長どこかあの男に似ている。

太陽がゆっくり海に落ちるのを皆で見てた。ここは別世界だ!

そして、残酷なほど綺麗な夕日だ。

 

 

 
 
 
 
 
       

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