■  第八章 君に恋する予感  ■


僕はデッキの上の酒宴で、少し寝てしまっていた。
僕に寄りかかるように眠っている恵は夢の中にいるようだ。
良く喋る恵とは対照的な、もう一人の女の子は祐子と言う名前だ。あまりに恵が前面に出るタイプなので、ちょっと暗い印象があったが、香取が海の話をしているのを黙って聞いている姿は長年より沿った2人を見ているような錯覚に陥る。
独特の2人の空気が僕にも感じられる。僕は薄目を開けて2人を見ていた。そこに僕の入る隙間はない。
香取のグラスが空になると手際よくオンザロックを作る。俺について来い!の粗暴なタイプの香取が柄にもなく祐子には気を使ってるのが解る。話の内容が『イルカやクジラ、そして海ガメの産卵』明らかに香取らしくない話題だ!あいつの精一杯のロマンチックな話題なんだろう。香取の純粋なところを初めて盗み見た感じだ。僕は邪魔しちゃ悪いなと言う気持ちで再び目を閉じた。しかし、口元がゆがんでいるのを感じた。男と女は相性だなと思いながら。海風を浴びながらまた意識は遠くに彷徨った。

今度は鮮やかな光で目を覚ました。相変わらず恵は幸せそうな顔で寝ている。よっぽど楽しい夢でも見ているようだ。
香取と祐子も寝ている。僕はあの後また眠ってしまったので2人がどうなったかは知らないがボトルが空になっているところを見るとかなり遅くまで起きていたのだろう。野暮な推測は止めよう!かなりきつい体勢だったので、体をほぐすのと一服するために僕のデイパックを恵の枕にしてやり、船の先頭の方に行った。

長くて美しい髪をした女性が船の先頭に立っていた。
僕の足音に気がついて振り返る。
朝焼けに映るその美しい顔立ちは初恋の女性に似ていた。
僕は反射的に持っていたキャメルをポケットにしまい、これも反射的に「綺麗な朝焼けですね」と声を掛けた。
「ほんと綺麗ですね」僕の想像を遙かに超える綺麗な声だ!
「観光ですか?」
「ええ、でも船では寝れくて、一晩中ここで星を見てたんです。こんな綺麗な朝焼け初めて」
「僕はデッキで寝てたから、朝焼けが目覚まし代わり!」彼女はクスッと笑った。笑顔もチャーミングだ!
「サーフィン大会に出られるんですか?」
「まぁ一応。あっーサーフィン大会見に来たんですか」
「 いいえ、私サーフィンって興味なくて」
「いや、僕も悪友に無理矢理出ろって!付き合いなんですよ」彼女との会話が途切れるのを怖れた僕は「クジラ見れるんですよね!父島で!ホエール・ウオッチング」ちょっと恥ずかしかったが、香取と同じ事を言った。
「あ!素敵ですね」あまり興味を示さない態度だ。
すかさず「イルカもいるし、うまくいけば海ガメの産卵も見れるかも!」僕の焦りを見透かされているようにまたクスッと笑う。
「父島は詳しいんですか?私初めてなので」
「僕も初めてだけど、あの連中が詳しいから」とだらしなくデッキで寝ている3人を指さした。
「君は何人で来たの?」
「一人です」
「女の子の一人旅?じゃ、もしよかったら一緒に行こうよ!あのでかいヤツは昔からの知り合いだし、女の子達はあいつの友達だけど、僕も昨日ここで初めてあったんだから」
あの子達とは何の関係もないことを強調したかった!
「でも、悪いし」
「そんなことないって!大勢の方が楽しいよ!」正直、恵の存在が気になったが、このチャンスを逃す手はない。
第一、恵は僕じゃなくてサーファーが好きなのだ!サーファーなら掃いて捨てるほどいるだろう。
「でも・・・」
「いいから、いいから」ちょっと強引だと思ったが彼女の細い腕を掴み香取の方へ連れていく。
「おい!香取起きろ!」起きる気配はない。
つま先で横っ腹を蹴った「ああ、なんだ」機嫌の悪そうな顔で、香取がだるそうに起きる。
「彼女が一人で来て、父島初めてだって言うんで」あせって状況を説明しようとする僕をさえぎるように「いいんじゃねえかー!」と言うと香取はまた眠りにつく。
「だってさ!」
「強引なのね」とまたクスッと笑った。
「名前聞いてなかったね!僕は大野 誠。年は22」
「私は秋山 圭子。二十歳」

恋の予感が僕に訪れた。そんな朝だった。

 

 

 
 
 
 
 

       

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