■  第七章  船 上  ■

竹芝桟橋は朝日が眩しかった。
東京湾のしかも都会の港だというのに潮の香りがする。
香りは不思議だ。過去の記憶が蘇る。潮の香りに限って言えば美しい記憶が。
朝の船に乗る。夏休みを島で過ごす大勢の若者の中に溶け込むように。
デイ・バックには二日分の着替えと洗面道具、それにキャメルがワンカートン。まさしく、着の身着のままだ!

「すみませーん!写真を撮っていただけますか?」
女子大生らしき集団の一人が声をかけてきた。
「いいよ」
「シャッター押すだけで撮れますから」
5人のワンレンの女の子がピースマークで笑顔を作る。
どの子が一番かわいいかファインダー越しに探す。その子にだけズームを当てて、シャッターを切った。
「次は、表情を変えたら?怒った顔なんて面白いんじゃない?」
キャッキャ言いながらも、それぞれに怒った顔を作る。
今度はさっき、声をかけてきた女の子にズームを当ててパシャリ!
「ありがとうございまーす!」
「モデルがいいからね!いい写真が撮れたんじゃない?」
「いやだぁー!」またキャッキャと笑う。
まぁ、いい写真は別として面白い写真が撮れたことは間違いないだろう。
写真はライブさ!

ゴミ箱の横に捨ててあった『GORO』を拾って、デイ・バックを枕にして流し見る。
思った通り『小林麻美』の水着グラビアは切り取られていた。
記事は落合信彦の『平和ボケした日本人へ』以外は明るいものばかりだ!『5年後には世界一の経済大国になる日本のこれだけの理由』だの『UCLAのエンジョイ・キャンパスライフの勧め!』だの『君を逃がさない一流企業の内定作戦(ハワイ研修旅行)』『あのディズニーランドが日本にできる!』『プレゼントに使えるブランド』『学生が、デートで使えるフレンチ・レストラン』には、僕がバイトしていた店も紹介されていた。
僕は広告の【SONYのWALK MAN】や【MAZDAのRX-7】や【HONDAのステップバン】が気になる。
金を手に入れたら全部買おう。この世は欲しいものだらけだ!

たばこを吸うためデッキに出る。いくら大型客船と言っても、絶対積載オーバーだ!と思わせるほどの若者がいる。
大きなラジカセからはドナ・サマーの「HOT STAFF」が大音量で響いている。
まだ、陽も沈んでないのにみんな踊りだしている。
さっき売店で買ったサントリーのトロピカルカクテル【ブルー・ハワイ】を飲みながら、気分はすっかりバカンスだ!やがて夕日がデッキと海を染めていく。曲がスタイリスティクスの「誓い」に。デッキはチーク・タイムに変わる。どこからと無く男が女の子をエスコートして踊り出す。日本は平和だ!そして、明るい!

そんな時、不意に肩をポンと叩かれた。
「よう!大野!」
体格はかなり良くなったが、香取だ。
「お前も父島のサーフィン大会だろ?」
そういえば、竹芝桟橋やこの船の至るところでサーフィン大会のポスターを見かけたが、大学に入ってからは遊びで、湘南や外房でちょっとやる程度だったので、気に留めなかった。海もサーフィンも好きだが、あの体育会系のノリがいやで、本格的にやることは高校卒業と同時に止めた。
「いや、俺は遊びに来ただけだよ。香取お前現役でやってんだな!体一廻り大きくなったし、真っ黒だもんな!」
「お前に高校チャンプとられたからな!あの日の悔しさは忘れないぜ!」
その晩は期せずして香取と酒盛りになった。高校三年の時の新島でのサーフィン大会で、僕に負けて2位になった悔しさで、練習に励み今はプロサーファーになり、ランキングも日本でトップスリーに入ってる事や、当時の思い出話。時折、女の子が香取に声を掛けてくる。
「香取、お前モテモテだな」僕が冷やかす。
「うるせい女どもだぜ!たまたまブームになっちまっただけだ!クソッ!」ほんとにむかついている顔をした。

また、声を掛けてきた二人組の女の子に、酒を持ってくるように促す。相変わらず豪快な飲み方だ!もうバドワイザーを1ダースは軽く飲み干している。僕も酒は強いのが自慢だがこいつには負ける。まさに底なし!そしてタフだ。女の子は二人ともかわいかった。IWハーパーを持ってきた。なにやら香取が好きな酒だそうだ。
恵と言う目元がチャーミングな女の子が急に思いだしたように「あっー!この人雑誌で見たことがある!」と僕を指さす。
香取がすかさず「こいつはな、大野誠って言って4年前の新島の大会で高校チャンプになった男だ」
「父島のも、もちろん出られるんですよね?」恵が僕に尋ねる。
「いや、出ないよ。最近は乗ってない」
「何、伝説のサーファー気取ってんだよ!」酔いもあってか、力の加減を知らない香取が背中を叩く。
「お前出ろ!俺が勝つのは目に見えてるけどお前にだけは勝っておかないと気が済まない」
「ボードもないし、エントリーもしてない」
「俺は今度も最優勝候補だぜ!俺が一言いえば主催者だって何でも聞くぜ!」しかし、4年近くも現役で乗ってないと、ブランクは長すぎる。無惨な結果になるのは、やってた本人ならすぐ解る。
「俺は見てるだけでいいよ」
「大野さん、出てよ!大野さんがサーフィンやってる姿見たいの!めぐみ
」おねだりするような目つきで僕を見上げる。これには正直弱い!香取が追い打ちを掛けるように「勝ち逃げは卑怯だぜ!」
「いつだよサーフィン大会?」みんながのってきたと言う顔を合わせてニヤッとした。
恵が「2週間後よ!決まりね!」
香取も笑みを浮かべながら「決定だな!2週間あればお前も勘が戻るよ!」こいつ明らかに僕をバカにしてるな!たった2週間でどこまで乗れるか解ってるくせに!
勢いで 「よし!出よう!」酔いも手伝って僕はみんなに宣言した。
「でも、その間に南島に行くんだ」と僕が言うと、恵が「あそこ綺麗らしいわよ。遊漁船で1時間位だって。私も行く!」
「大野!サーファーは女にモテモテだな!わっはっは!」香取がバカ笑いをする。
旅は道連れ。それもいいかと思った。

深夜になっても周りの騒ぎはいっこうに収まる気配はない。僕たちも同じだが。

月が波にゆらゆらと漂ってる。

 

 

 
 
 
 
 

       

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