■  第六章 隠れ家  ■



朝の日差しで僕は起きた。ボズ・スキャグスがどこからか流れている。

一瞬どこだ?と思ったが、次の瞬間、洋子のベットであることに気付く。
そう言えば、昨日、洋子の西麻布のマンションに来たんだ!心身共に疲れ切ってた僕はその場で寝てしまったのを思い出す。
シャワーを浴びた後だろう。洋子は全裸で髪をタオルで拭きながら
「来るんだったら、電話ぐらい入れてよ!いきなり来て男でもいたらどうする気だったの?」笑いながら怒っている。

洋子は大学のゼミの友人だが、家が金沢の代々九谷焼を扱う名家だそうで、東京にも銀座や青山の骨董通りにも店を出している。就職はしないでイラストレーターになるそうだ。親名義のマンションは豪華で、僕の住んでいたアパートとは、比較にならない。同じ年齢でもこうも違うものかといつも思わされる。六本木で遊ぶ帰りには、時々泊めて貰うが、僕はいつもへべれけで、正直目黒のアパートまで帰るのが億劫なのだが!
洋子は僕の趣味じゃないがかわいい子だ。大学のゼミの男達も洋子に惚れてる奴を何人か知っている。いかにもお嬢様で、家のしつけもしっかりしているのだろう。

前に「男の人は家に入れないの。誠は特別」と言われた。特別の意味も解っていたが、あえて聞き返さない。そう言う男だ!僕は。

実は昨日は六本木近くのホテルにでも素泊まりで泊まろうと思っていたのだが、あまりのアクシデントにビビって洋子のマンションにへとへとになって来たのだ。
「ごめん!途中で公衆電話探したんだけど無くて、それにアパート引き払っちゃたもんだから」これは本当だ。いくら僕でも、人の家(しかも女性で深夜)に行くときは電話 ぐらいは入れる。事情も話せれば話す。しかし、今朝方はそれどころじゃなかった。
「アパート引き払ったの?」嬉しそうな顔して洋子は聞く。「まぁね。家賃高いから。今のところ」「で、次の所は決まったの?」僕はとっさに洋子に目を合わせないように「バイト先の近く。まだ、鍵貰って無くて」「あっ!そう」
そして、不機嫌そうな口調で「バイトのしすぎなんじゃない?シラフであんな夜中に!いきなり来たかと思えば人のベットでバタンキューなんて!うちはホテルじゃ無いんだから!」
洋子の言うとおりだ!本当に悪いなぁーと思いながらも「ああ、悪かったよ」我ながら素っ気ない返事をしてしまった。あー自己嫌悪!「シャワー借りるよ」と言い、その場で服を脱ぎシャワーを浴びた。一夏分の仕事をした疲れが流れていくような気がする。

シャワーから出ると洋子がベットで待っていた。僕はGパンの中のパラダイス・ダイナーのマッチの事で頭がいっぱいだったが、一宿一飯の義理だ!ベットの中で洋子と戯れても頭の中はマッチの底に書かれてる事でいっぱいだった。当然、洋子とのSEXには気が入らない。事が終わって、洋子の恍惚とした表情を横目で見ながら、女はほんと幸せな生き物だ!と思いながら、パラダイス・ダイナーのマッチをGパンから取り出し、おもむろにキャメルに火をつける。マッチの底に小さく折り畳んだ紙があるのを確認。その紙をマッチ棒をよけて取り出した。
そこには

お疲れ様 大野誠君

例の金は小笠原諸島の南島という父島から1キロの沖にある小島で渡す。
私はそこに長期滞在しているので、夏の間に来てほしい。
のんびりした、エメラルド・グリーンの小島だ。島で休暇でも取ろう。
ほんとに良くやった。祝杯を上げるのを楽しみにしているよ。
元『パラダイス・ダイナー』 オーナー 西条 光

と書かれていた。

死人からの手紙だ!頭が混乱する!でも、ここまで来たら行くしかない。男はすでにこの世にはいないが、男の、この手紙を信じるしか僕に残された道はない。

洋子がようやくベットから起きあがった「何、それ?ラブレター?」僕は首を振りながら「違う!違う。バイトの伝言」
「今日はバイト休みなんでしょ?夕飯食べに行こうよー!いい店見つけたんだ!イタリアンの」洋子は弾むような声で言った。
「悪い!これからバイト!埋め合わせと言っちゃなんだけど、この間六本木のブティクで見た服あったじゃない?洋子が欲しいなぁーって言ってたヤツ。いつもバイトであそこ行くと閉まってるんだ。昨日も遅かったんで、買おうと思ったんだけど。これで、買ってよ!プレゼント!」と万券をおもむろに渡した。
「えっ!いいの」と嬉しそうな顔を一瞬したが、次には「悪いよー!誠が必死でバイトしたお金なんだから」と僕に金を返そうとする。洋子は金を充分持ってることも当然知ってるし、その全てが仕送りだと言うことも承知している。欲しいと言ってた服だって、その場で買えたのに。僕に「欲しいなぁー」と言ってた意味も理解している。
「いいよ!気にするなって!」僕は強引に洋子に万券を握らせた。
「だめだよ!」と言いながらも一度言ったら変えない僕の性格を知ってる洋子は「ありがとう。大事に着るね」と涙ぐんでいた。

僕は時計を見ながら「それじゃ、迷惑かけたね。バイトの時間だから」と洋子のマンションの部屋から出ていった。

僕はウソツキだ!もうここに来ることもないだろう。洋子の新しい服を着てる姿も見ることはない。今までありがとう洋子。そして、さようなら。

僕は広尾の本屋で小笠原のガイドブックと、駅の売店で夕刊を何紙か買った。思った通り、どの新聞の三面記事にも昨日の六本木のことは一切載ってなかった。僕は小笠原のガイドブックに載ってる綺麗な海の写真を見ながら「東洋のガラパゴス」に夢を馳せていた。

これから起こるさまざまなことも知らずに。

『行けば何とかなる』と『男からの手紙』だけを頼りに。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
       

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