■   第二章  計画   ■  



男は、ゆっくりと話を続けた。
「どうせ、人間の人生なんて一瞬のきらめきだ!花火のようなものさ!楽しくやるか?ここで終わるか?それは君の選択しだいだ?」

この男が言うことは、選択の余地はなんかな無いじゃないか!
そりゃ、誰だって出来れば楽しくやりたいぜ!言われるまでもなく一生は一度だもんな!
この男をほんとに信じていいのか?しばし、睨み合いが続いた。
男は鋭い視線を引くことはなかった。
僕の負けだ。この男に賭けよう!

「仕事の内容を、教えて欲しいんですが?」僕は切り出した。
「内容を君に話すと言うことは、君が仕事を受けると言うことになるぞ!この計画を知った時点で、降りることは出来ない。解るだろう?」男はシガーをゆっくりとくぐらせ、ぼくに問いかけた。
僕はゆっくりと頷く。
決定だ!この男を信じてみよう。僕は一度決めたことを安易に変える男じゃない!

「テキーラ・サンライズを!」男はバーテンダーの女の子に向かってオーダーする。
バーテンダーの女の子は慣れた手つきで、アイスピックでスマートでありながら力強く氷を砕く。棚から、数あるボトルの中から、素早く何種類のボトルをバーカウンターに綺麗に並べた。ボトルをガンマンのように器用に回転させ、計量カップに分ける。シェイカーさばきも鮮やかに、グラスに綺麗なグラデーションが出来た。最後にオレンジ・スライスをのせて出来上がりだ。
シルバー・トレーに2杯のテキーラ・サンライズ と小脇にメニューを抱えて、颯爽と運ぶ。コースターとグラスに描かれている店のロゴマークが二人の正面を向くように気を使ったセッティングをする。メニューを静かに二人の中央において、去って行った。

男は「 このメニューに計画が書いてある。読んで見ろ。ただし、店外持ち出し禁止だぞ!」と言って、メニューを僕の方へ。また、あごで僕にメニューを読むように促す。相変わらず横柄な態度を!と思いながらメニューに目を通す。なんて簡単なメニューだ!時間と場所だけしか書いていない。 そこには

【時間】7月28日のAM1時   【場所】六本木スクエアビル横の路地 

としか記されていない。
「君の頭でも簡単に覚えられるメニューだろ?ウエィターのバイトとしては楽だよな!」男はまた似合わない笑みを浮かべた。
「で、僕は何をすれば?」男は僕の言葉を無視するような素振りでテキーラ・サンライズを一気に飲み干す。

「一度しか言わないから耳の穴ほじくって、よく聞け!ディスコBは君も知ってるだろ?」
僕も週末の夜何度か行った事がある。
「あそこにVIPルームがある。そこのVIPルームの非常ドアから、先は政府公認のカジノになっている」
なんだ?政府公認のカジノだって、ほんとかよ!そりゃ超非合法だ!
「そこには常に君が見たこともないような大金がプールされている。政府公認の非合法な金だ。ナンバーも揃ってないし、控えてもいない。言ってみれば庶民があくせく働いた金をチップとして賭けてる要人達の遊び場だ。そんなもの取られたって、奴らにすればまた、刷ればいいだけさ!頂戴しても罪の意識を感じる金じゃないだろ?」

その話しに半信半疑の僕は「なんで、あんたにそれが解るんだ!」と思わず熱くなって語気をあらげた。

男はシガーの木箱からまた何かを取り出した。札束が三つ。三百万だ!
「これがその証だ。正真正銘の政府の裏金だ!今、君に言えるのはこれを持ってると言う事実だけだ。そして、俺はこの金を持てる数少ない人間の一人さ。この金の出所がばれたら、一番困るのはこの国だ。だから一番安全な金と言うことだ。この金を持ってる俺も今のところ安全だ。ただし今のところはな。」
男の言う今のところが気になったが、とりあえず、この金がもつ意味が分かった。それにしてもお上のやることはいつも汚い。

「で、そこでこのチャカを使って強盗をしろと!」男は、テーブルの上のチャカを手に取り
「殺意があれば強盗だが、さっき試し撃ちしたときと同じ空砲だ。実弾は持たせない」
男はチャカを置き続ける。
「君の安全は保障する。ここでちょっとでも事が起きて困るのはやはりこの国だ!SPもぶっぱなせない。君が確実に死ぬという保証があれば話は別だが、奴らも役人だ。マニュアル通りにしか動かない。100%殺せない場合は撃つことはしない。ただし、腕っ節は強い。君もその辺は自信があるだろうが、相手にならないぞ!奴らはプロだ。それで飯を食ってる。間違っても素手で相手になるような奴らじゃない。一日のほとんどを戦う練習をしてるのさ。だから、まず空砲で威嚇する。あの大音響の中だ。ここと違って店中に響くこともない。」それでも不安は残る。

「それを、あんたと僕の二人でやるのか?」
男は首を大きく横に振りながら「さすがに、二人じゃ無理だ。君と俺の頭をぶち抜くぐらい簡単なことだ。あと3人は揃えてある。君が最後の一人。俺も入れて5人だ。SPは二人だ!さすがに奴らも5人を始末することは無理だし、マニュアルにも発砲禁止の人数と書かれている。」小馬鹿にしたような笑みを男は浮かべた。
「後は金の受け渡しだが、これはその場では渡せない。みんなの身の安全のためだ。奴らは警察を動かして強盗事件。もちろんデッチ上げの捜査をさせるはずだ。金を持っていたら、その場で御用になる。身元が警察に確保されれば俺も君たちの助けは出来ない。良くても一生出て来れない。最悪の場合は・・・。つまり、シャバとは永遠におさらばだ!」

「あんた一人で、トンズラする事も出来るわけだ」僕は精一杯のイヤミを込めて言った。

「俺を信じれば大金持ちだ。信じなければタダ働きで終わる。後は君の判断だ!」男は余裕でシガーをくぐらす。

そして一呼吸置いて「どうだ?」また、あの野獣のような目で僕に問いただす。

僕は静かに頷いた。

男はバーテンダーの女の子の方を向いて「今日で、この店は閉店だ!お疲れさま!」
そして、僕と彼女に札束を投げた。
「これを使ったら捕まるのか?」「残りの一つは俺が使う。信じろたった1時間で、時給10億は保証するぜ!君の人生は1時間で変わる」
一生は一度だ!何度も自分に言い聞かせた。

そして、テキーラ・サンライズを一気に飲み干した。これが僕流のOKの最終の合図だ!男は頷く。勘のいい男だ!

「飯くってくか?」と男が訊ねる。「いや、この金で、表でステーキでも食います」さっそく、試してみよう。
「それがいい。うちはクラッカーとオイルサーデン位しかないからな」男はニヤリと笑った。どこまでも人を食った男だ!


店を出て、さっきの札束から万券を一枚抜き取る。それで、タバコ屋でキャメルをワンカートン買った。
「お客さん、こまかいのないですか?釣り銭がなくて」
いかにもタバコ屋のオヤジ然とした、男がすまなそうに言う。


「釣りはいらないよ!」

   
気分はすでに大金持ちだった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
       

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