避暑地の大きなポプラの木の下に建つ、小さなカフェ。
夏の長期バカンスに来ていた客が一人また一人と、都会に帰ってゆく。
常連のお客さんが「そろそろ今年もクローズですね?」とマスターに言った。
黙々とグラスを磨くマスターは静かに頷く。
それは【祭りの後】にも似た感じであった。
そんな時、一人の老人が入ってきた。
老人は「熱いエスプレッソを頂けますかな?」
今は枯れているが、品の良さがにじみ出る物腰だ。
夏の間、ほとんど使うことの無かった、しかし、最良の状態に手入れしていたエスプレッソ・マシーンを動かす。
「お見掛けしないお顔ですが、いつまでこちらにいらっしゃるのですか?」
マスターが訊ねると老人は
「私は、ここを終の棲家にします。リタイア後はここで住むのが夢だったんです」
しばらく遠くの山の景色を眺めた後、ぽつりと「 先立たれた妻と一緒に」
丁寧に入れたエスプレッソを老人は何度も「おいしい。おいしい」
とつぶやきながら、愛おしそうにカップを握りしめゆっくりと飲む。
「ここも今年は閉店ですか?」
老人は寂しそうな目をして訊ねる。
マスターは一呼吸おいて
「いいえ、当店はお客様のいらっしゃる限り、お開けしておりますので、ご安心してご来店下さい」
老人は「それでは、もう一杯エスプレッソを頂けますかな?あまりにおいしいので妻の分まで頂きたいので」
再び山の景色を見入る、老人の目は少年のように澄んでいた。
カフェの名は【Le Deco Cafe】たとえお客様が一人になっても店は閉めない。
そんな避暑地の変わったカフェだ。
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