>>>BOYS AND GIRLS BE AMBITIOUS

         

子供に「なぜ勉強をしなければいけないのか?」と聞かれて答えられない大人と言う物議がマスコミで出ているが、私的に答えを出してみたいと思う。結論から言えば<未来を知る為>なのだ。自然界にいる人間以外の動物には学習が必要ないと思う。なぜなら彼らには動物としての生きる本能が失われていないからである。こう言うと皆さんは「霊長類の頂点に立つ我々人間が、生きる本能を忘れているなんて」と一笑されるかもしれないが、これは人工的な空間に生きる我々にとっての一種の宿命であり、共同幻想体に生きる規範がもたらしたものなのだ。<例えばうだるような暑い日に、裸で人中を歩くことは許されないばかりか、サラリーマンはネクタイの着用を義務付けられるが、こんな理にかなっていない事をするのも合理的思考を持つ人間のすることなのだ> つまり出生から乳児期はもとより、人間だけが過去の教訓を学習し、それを伝えなければ生きていけない生物なのである。それだけ人間は不完全なものに進化してしまったのだから、学習つまり勉強は、基本的本能を失ってしまった人類においては、その意味はより重要なものである。勿論、五十六年もたった日本の戦後民主教育はかなり古いもので改善しなければいけないし、日本人のおかれてる社会環境においてその本能や、本質もかなり変わってきた。この環境変化を予測出来なかったのも、このまま行けば地球事態の存続も危ぶまれるのは周知の事実である。だから、子供達にはより多くのことを学んで欲しいし、大人達の失敗も反面教師として学んで欲しい。未来に希望がもてることは次世代の子供が希望を持って生きれるられることと、イコールなのだから。もう問題を先延ばしにしてはいけない。このままで行けば、社会環境と人間本能のギャプは広がるばかりだ。キレル子供、登校拒否、幼児虐待、サラリーマンの自殺、熟年離婚、果ては警察官の不祥事すべての現象は必然的に増えてると思うのは、私一人だけだろうか。少年・少女に大志を抱かせられるのは、我々の役割だ。

 
 
 
 
     

 

 
                           

>>>「自由」と「孤独」あなたはどちらを選びますか?

         

近、会話の中にどうも引っかかるものがある。ほとんどが、打ち合わせの途中、いわゆるビジネスタイムのコーヒーブレイクの時なのだが、「丹下さんは自由で、好きなことをやって、仕事になるからいいですね」といった類の言葉だ。仕事上、会社人のお客さんが多いため、隣の芝生は青く見えるが故の言葉であり、決して嫌みで言ってるのではないとは解っているのだが、こと最近<ベンチャー、起業家、SOHO>などの言葉が時代のキーワードとしてマスコミで取り上げていたり、会社の環境も一昔前とは大きく変わり、その複合型として発せられるものと受け止めている。そんなことを前提に もし、あなたが独立を考えているなら、経験者としてその心構えの一部を伝授しましょう。資金面では、まずベンチャーキャピタリストつまり出資者とクライアントを的確に決めること。またそれらの人々にどのような寄与ができるかを明確にすること。ここでは、事業目的は、勿論数字的裏付けも当然必要とされる。(情熱とかやる気だけではビジネスの世界では通用しない。ビジネスはとてもクールなものであり、ビジネスライクに考えられない人は、あくまで趣味の範囲に留めておいた方が火傷をしないで済む)まぁそれから先はハウツー本に先生方が書いてあるのでそちらの方を読んで下さい。ここではその際のメンタリーな部分に触れたい。ものは考えようで 時間だけは誰にでも平等だ。一日25時間という人には会ったことがない。ポジティブな言葉として24時間自由であると言うことは、24時間労働であっても24時間遊びであってもいいわけだ。当然仕事というものは、経済性、生産性が、主体になってくるので、限りなく前者に近いものになってくる。ここで『自由』と表裏一体の『孤独』というものが、つきまとう。私など組織人として、10年近くやってた者はよけいそう思うのかもしれないが、これは結構辛い。ましてや、自分が思っている以上に世の中いいことばかりではない。つまり何かを得ようとすれば、何かを捨てなければならないと言うことだ。今、多くの人がいろいろな決断を下さなければいけないときに来ている。どれが正しいなどという答えはどこにもないのかもしれない。でも問題を先送りしても何の解決にはならない。それで解決するなら、世の中に問題など無い。唯一言えるのは決断するなら早いほうがよい。

 

 
 
 
 
         
         
         
       

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'01 2月>>>

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