アステカの幻想(11)

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マンションに帰ってタマリで軽食の後二人は夜のガルバルディ広場へ。稔はマリアッチと写真を撮るが、希理子は加わらない。




誰もいないマンションで稔と希理子は買ってきたタマリを食べて軽い食事を採った。二人だけの食事はソカロへ行った日以来である。しかしこの夜の粗末な食卓が二人だけでの最後の食事となる。この以後も二人は十日余りも旅を続けロスでは同じ部屋に四泊もしていたのだったが、稔があせればあせる程、運命は皮肉に微笑み二度と再び二人だけの食事の機会は与えられなかった。
 幾重にも幾重にも重なり合ってトランペットの長く尾を引く不調和音が鳴り響く。さしてそれ程広いとも言えないガルバルディと呼ばれるこの広場に、どれほどのマリアッチ達が集まっていることか。
楽団は大体五人から六人と云ったところだろう。二人のバイオリンにギター、トランペット、それに歌い手といった所が標準編成らしい。みなソンブレロに揃いのチャド、たとえば濃紺に赤で縁取られた巻頭衣を着けている。若者のバンドもあれば老人のバンドもあった。白いグループも黒いグループもある。お世辞にもみな上手いとは云えない。これがプロかと云いたいような演奏もある。ズブの素人がただ楽器を持ち寄って鳴らしている感じグループもあった。それでも群集は差ほど気にした様子もない。それぞれのマリアッチの周囲にたむろっていた。稔たちのような観光客も多いだろうと思ったが、あまり目立たなかった。
「毎晩こんな風に集まってくるのかい」
 祭りの日ならどこの国でも不思議はないと思う。
「そうらしいわよ。私も昼間前を通ったことがあるけれど、明るい中でも結構マリアッチたちが集まってたわ」
 すずらん状に球形グループが連なる街灯で広場を青白く照らし出している。右手には明るく照明されて青や赤、黄の風船割の屋台が鮮やかに並ぶ。ナイフを投げてゴム風船を若者たちが割っている。広場の横のレストランから若者男女二十人程のメソットたちが踊りながら出てきた。希理子が尋ねると仲間の送別パーティーをやっているのでと陽気な答えが返ってきた。
 すごい食欲である。ガルバルディの広場の左手に面して飲食市場があった。大屋根のある構内には大小数十軒の屋台が並ぶ壮観というより巨大な胃袋に驚かされる。そしてここへは男たちだけの飲み屋街ではなかった。日本で言えば「おでん」に「もつ焼」といったところだろう。しかし東京の浅草、大阪の道頓堀にもゆゆと比較し得るような場所は見当たらない。稔は台北での圓環を思い出した。こここそ、台湾の庶民の味、食い道楽の極地なのだろう。
しかし、稔も久美もその匂いとボリュームに圧倒されて全く食欲が湧かなかった。このメヒコのメルカードも飲む所と言うより全く食べる所らしい。大きな肉塊、ぐつぐつと煮込んだ鍋、酒類も売ってはいるらしいが、ジュースや清涼飲料が目につく。ほとんどが踊りを楽しむペアらしい。彼らはアルコールが入らなくとも楽しむ事を知っているのだ。照れるというような言葉はきっとこの民族には存在しないだろうと稔は思った。
 九時を過ぎても田井女史からの連絡がない。稔と希理子は二人だけでガリパルデル広場にやって来た。ここは一名、マリアッチ広場と呼ばれ、メキシコ特有のマリアッチ楽団が集まってくる場所である。
マリアッチとはフランス語の結婚と言う意味の言葉からきているらしかった。短い征服の時代にフランス人たちが置いていった言葉だった。メキシコ人たちには花束のように音楽を他人に捧げる風習がある。ラテン共通かも知れぬが結婚式に決別の宴に、または誕生日の贈り物として恋人に愛をささやく言葉ともなった。
「写真でも撮ってもらおうか。記念になるもの」
 稔はすっかり陽気になっていた。珍しい事である。カメラがあってもフラッシュはない。二人だけで写しておくよい機会だと思った。ポラロイドカメラを持った写真屋が観光客らしい二人の前をうろちょろしていた。
「いくらならいいの。私が交渉してあげる」
 希理子も乗り気なのだと稔は思った。
「そうだなあ。ポラロイドとすると、原版だけども三百円はするから、五百円、二十ペソは仕方がないだろうな」
 先程のメルカードでは、希理子と小さな店でチレを食べた。中年のメソット夫婦が親切に世話を焼いてくれる。チレとは大形のピーマンに肉を詰めて煮た物である。辛味もそれ程強くなく日本人の口にもよくあった。店の夫婦は稔たちに色々と味を試させてくれた。灰色の草汁に煮込まれた牛肉の鍋にはどうしても独特の臭みに手が出なかった。
「何だろう。ちょっとうまそうにみえたけれど、これではとても手が出ないや」
「??じゃないかしら」
 稔のしかめた顔を見てメソットの主人も笑っていた。しかし、稔は満足していた。これも希理子のおかげだと思う。稔一人ではこうした場所で、色々な味を楽しむ余裕はないと思う。希理子の好奇心に感謝した。照れ屋の稔である。
 メルカードを出て再び広場に戻ると、今度は松葉杖の少年が小さな花束を持ってきた。
「ファイブペソ。ファイブペソ」
 としきりに叫んでいる。メヒコでは英語は珍しい。陽気に半分うかれて酔った気分の稔は希理子に軽く声を掛ける。
「買ってやれよ」
 稔は空港で百ドル程、ペソに両替して以来希理子に預けたままである。稔が途中で別れて、単独で帰る場合には小銭とは別に百ペソ紙幣を希理子の手からもらっていた。希理子は稔のペソを入れて置いた赤いマヤの刺繍のある布袋から皺になった五ペソ紙幣を取り出すと少年に手渡した。
「グラッシュ」
 今度はスペイン語で礼を言う。直ちに次の獲物を漁る鷹のように踵を返して、松葉杖をことこと鳴らしながら人込みの中に消えた。白いすずらんに似た花はやや茶味を帯びて萎れかかっていた。しかし香りだけは強い。乾燥した土壌に耐えて育った草花は花弁の装いこそ地味でも、香りだけは強く残った。
「まあ、いい匂い」
 希理子は小さな花束を華に当てる。
 ポラロイドの写真屋はまだ盛んに機会を狙っていた。希理子は三言話し合って稔に告げた。
「一枚、二十五ペソだって。どうするの」
「まあ、仕方がないだろうな」
 予定の五百余り超えていた。まあどうでもよいと稔は思った。
「どうするの。写すの。写さないの」
 写真屋は二人の周りについたまま離れない。稔も希理子が写してみたいものなら、写してみればよいと思う。これも旅の座興だと思った。
「マリアッチと一緒に写してもらえばよいじゃないか」
 再び希理子はその男と交渉を始めた。どうやらマリアッチと写すには別の金がいるらしかった。今度は男が近くのマリアッチたちに寄って行く。何事か交渉してきたようだった。
「このマリアッチたちが一演奏付き合ってくれればいいそうよ。一曲、二十五ペソだって」
 結局一枚の写真に五十ペソ程千二百円かかることになる。稔はちょっとばからしく思えた。
「写すの。それとも写さないの」
 希理子の声は神経質そうに眉を細めて苛立ち始めた。
「どうするのよ。にやにやして黙っていたって分らないじゃないの」
 いつのまにか写真屋とマリアッチたちの他に、子供たちや物見高い大人たちまで、異国から来た不思議な男女を囲んで物珍しげに眺め始めていた。稔もええ、まあと思う。
「ああ、写すよ。糸崎さんも一緒に入ってくれるんだよ」
「私はいやよ」
 希理子はきっぱり拒否した。先日のインスルヘンテスのメルカードで谷山に言った言葉をまだ根に持っているのだと思う。希理子は写すとOKサインをした。マリアッチたちは一列に並んで、先程から何度となく聞かされているトランペットの不調和音を響かせながら民謡らしい曲を演奏し始めた。どの顔もどす黒いインディオの老人の顔だった。写真屋は当然二人で写すものと、その前に手招きした。希理子は私はいいんだと言う。稔を指し示した。
「いいじゃないか。せっかく記念になるのだから」
 希理子は写真屋の後に廻っている。稔は止む無く一人、ピョッコピョッコとマリアッチたちの前に進んだ。二人で写さないと知った写真屋は不思議そうな顔をしていたが、やがて稔にポラロイドカメラのレンズを向けた。周囲の目は全て稔に注がれる。稔は照れくささにじっと耐えるより他に法はなかった。ばつが悪いというのも、こんな時を指すのかと思ってみた。
後ではまだまだ、マリアッチたちの曲は続いている。希理子はガイドになるんだと言ったが、観光バスのガイドだって一緒に写真に入るくらいサービスはしてくれる。何にしてもたかが一枚の写真である。気に入らなければ破いてもよいし、あるいは希理子自身が持っていてもよいのにと稔は思った。
 やがてフラッシュが焚かれシャッターが切られた。ほっとして希理子のそばへ行き、演奏を続けているマリアッチたちを眺めた。何が可笑しいのか、希理子はけらけら笑っていた。何枚かの紙を引き剥がしてポラロイド写真が出来あがる。その写真を見ても希理子はけらけら笑っていた。
「橋本さんの後にいた三番目のマリアッチの髭が...」
 帰りのタクシーの中でも希理子はけらけら笑っていた。

 

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