★ ヘラルドシネクラブニュース 1999/4・5 ★
岡村洋一の聴 ク、映 画


『雲の上の人』

こんな夢を見た。

「先生! お久しぶりです。私です、わかりますか?」
先生 「当たり前ですよ。しょっちゅう試写会で会ってたじゃないの。
それより、よく僕に連絡が取れたね。」
「もう、お逢いしたくて……。いかがですか? そちらは。」
先生 「毎日温泉入ってるの。ずっと母と一緒で、黒さん(黒沢明監督)と
J・フォードの話ばっかりしてます。」
「チャップリンには再会なさいましたか?」
先生 「まだ…、規則であんまりそういう事しゃべれんのよ。映画観てますか?」
「はい。『恋に落ちたシェイクスピア』はすごく……。」
先生 「歌舞伎や文楽やバレエは?」
「いや、なかなかそこまでは……」
先生 「ダメだね。死刑だね(笑)。もっと感覚を磨かんと。教養の無い人間はダメですよ。教養って何かわかりますか?」
(私、答えられない)
先生 「教養とは他人に対する思いやりのことですよ。まず誠実でいなさい。誠実の上に感覚を磨くこと。一流の作品を、おこづかいを惜しまんと、どんどん観ることです。本物の芸術わかろう思ったら格闘が要るんです。
ピカソの絵わからんかったら何十回でも美術館へ通いなさい。
   わかりましたね? どうしたの?」
「……(泣いている)」
先生 「『悲しいから泣くんじゃない。泣くから悲しいんだ。』ゆう言葉知ってます。あんたも映画好きなんやったら、死ぬまで映画にくらいついて、何者かになりなさいよ。三度の飯、食えなくてもいいから、水道の水飲んどったらええから。
頑張んなさいよ。」
「……先生、精一杯やります。
50年後にそこへ行った時、恥ずかしくないように私は……。」
先生 「ふふふふ。50年後? それは、こっちで言うたら5分後の事なの。」
「えっ。あっ先生! ちょっと待って!」

  (フィルム、突然途切れる)

4月10日、淀川長治さんは、生誕90周年を迎えられた。先生はもう何処にもいない。
けれど何処にもいないから、何処にでもいる気がする。
映画を愛する限り、雲の上の人は私たちのすぐそばにいる。