シネマ大全 た行・タ

 ターミナル  2004年 アメリカ

東欧の国“クラコウジア”からニューヨークに来たビクターは、入国ゲートで職員に呼び止められた。
渡航中にクーデターが起こり祖国が消滅、パスポートが無効になってしまったというのだ。
彼の目的地は“ラマダ・ホテル”。ニューヨークは目の前なのに、パスポートがなければアメリカに入国もできず、国情が安定するまでは帰国することもできない。彼は、空港で生活することを余儀なくされる。ビクターがニューヨークに来た目的は?彼が大切にしている缶の中身は?片言の英語しか話せないビクターは、ただ“約束がある”と言うだけだった…。


ビクターが一体、何者で、祖国では何をしていたのか、観客には、最後までわからない所がいい。
そう、人と人とは、皆ミステリーなのだ。
人の気持ちなんて、あてにならないぞ。 昨日の友は今日の敵。昨日の敵は今日も敵。
油断するな、他人なんぞに気を許すな。本当の本当は、神も誰も知らないぞ…。

だけど、トム・ハンクス演じるこのビクターという人物は、その“人間性”で、地獄を少しずつ、パラダイスに変えて行くのだ。
微笑ましいというよりは、頭が下がる。要領が良いというよりは、美しく生き抜いている。
人として生まれたからには、こういう人間を目指したいものだ。

“9・11”以降のアメリカ合衆国の、外国人に対する猜疑心、自信のなさ、余裕のなさ…。
それらと同時に、国際空港という場所の多様さ寛容さ、アメリカの良き部分へのラブレターにもなっている。

十数年前に一度だけ、ラジオ番組でギタリストの渡辺香津美さんにインタビューした事がある。
彼が作った曲「JFK」の話をした。

“ニューヨークのジョン・F・ケネディー空港に着いた時の印象を曲にしたんです”

“あ、オレ、来月、初めてニューヨークに行くんです。どんな感じですか?”

“何とも言えないような匂いがするんですョ”

“どんな匂いですか?”

“うーーーん…。ちょっと鉄臭い様なカビ臭い様な、ムッと来る、何とも言えない匂いです。最初しか感じませんから、注意して味わった方がいいですよ”

ボストンから飛行機ではなく、アムトラックに乗って、初めてニューヨークに入った時、渡辺さんが言っていた匂いが確かにした。今でもはっきり覚えている。

ニューヨーク=人種の坩堝&サラダ・ボウル…。
そういう、ちょっと生々しい感じや、アイデンティティーを失った主人公の“痛み”よりも、ストーリー・テリングに徹しているS・スピルバーグ監督の“映画の語り口”は、観客をグングン引っ張って行き、最後の最後まで私を捉えて離さなかった。

真に“人間という生き物の良さ、人間味”を感じさせる俳優とは、トム・ハンクスさん、あなたの事です。 私の今年のベストテンに入る作品に、また出逢えた。

(2004.12.19)