シネマ大全 あ行・オ

 男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け   1976年 日本

春。東京は葛飾柴叉の帝釈天は、入学祝いの親子連れで賑わっている。
“とらや”を営むおいちゃん夫婦は、寅の妹・さくらの一人息子・満男の新入学祝いで、大忙し。そんな所へ、久し振りに寅が、旅から帰って来た。ところが、さくらが元気がないので寅が問いただしてみると、満男の入学式の時に、先生が満男が寅の甥であると言ったところ、父兄が大笑いしたというのだ。寅はそれを聞いて怒ったが、おいちゃんたちに、笑った父兄より、笑われる寅が悪い、と決めつけられて大喧嘩の末、家を飛び出した。その夜、寅は場末の酒場でウサンくさい老人と知り合い、意気投合して、とらやに連れて来た。ところが翌朝、この老人は贅沢三昧で、食事にも色々注文をつけて、おばちゃんを困らせる。そこで寅は老人に注意すると、老人はすっかり旅館だと思っていた、お世話になったお礼に、と一枚の紙にサラサラと絵を描き、これを神田の大雅堂に持っていけば金になる、といって寅に渡した…。

場末の酒場で寅と出逢う老人は、名優・宇野重吉が演じている。
勘定を払わずに出て行こうとする後姿が、彼のファースト・シーンなのだが、この後姿が凄い。
ほんの一瞬の動きで、“この人、只者ではないな…”と感じさせる何かを持っている。
この後姿だけでも、この映画を観る価値がある。

こういう演技を観ると、“今回の自分の役は、台詞も出番も少ないなぁ”等と、時々思っている自分が、本当に恥ずかしくなって来る。役者に大きい小さいはあっても、役に大きい小さいはないのだ。宇野重吉は小柄だが、大きな人だ。

マドンナである芸者・ぼたんを演じるのは、太地喜和子。良く大笑いをする天真爛漫な役柄だが、ご本人はきっと繊細な方だったのではないか。

それから、寅さんシリーズには珍しく本当の悪人が出て来る。
インチキな儲け話で、ぼたんを騙す会社の社長・佐野浅夫だ。
同じ人が、二十数年後には水戸黄門となり、寅さんみたいに全国を旅するのだから、役者という商売はやはり、面白い。

“映画は目で見るもの”というセオリーが生きているラストのオチも見事で、この作品をシリーズ最高傑作という人も多い。
同感だ。
寅さんシリーズを、1作目から順番に見直しているが、これで16作目。
私はまだ、全体の3分の1を観たに過ぎない。
寅さんとの旅は、いつも楽しい。

2006.1.19)