シネマ大全 あ行・オ

 男はつらいよ・寅次郎忘れな草   1973年 日本

北海道。
夜行列車の中で、派手で何処となく安手の服を着ている女が、走り去る外の暗闇を見ながら涙を流している。じっと彼女を見つめる寅。

網走。ひょんな事から、寅は列車の時の女と知り合った。
名はリリーといって、地方のキャバレーを廻って歌っている三流歌手である。
互いに共通する身の上話をしながら、いつしか二人の心は溶け合うのだった…。

遂に、松岡リリー(浅丘ルリ子)の登場である。
シリーズ第11作目で、山田洋次監督がマドンナに選んだのは、寅よりも不幸な境遇の女だった。彼女には、旅に疲れたら帰って行ける“とらや”は、ない。
この映画の一番最後では幸せになるのだが、そのままでは終わらない。
この後、シリーズ最高傑作と言われている「男はつらいよ・ハイビスカスの花」を含め、計4回登場する。 そして、松岡リリーは最後のマドンナとなった。

平べったい渥美清の顔と、バタ臭い浅丘ルリ子の顔のミスマッチが良い。
北海道の大平野にポツンと立っている寅の姿は、カタギの人間よりも遥かに孤独に見える。
いわゆる“引きの絵”が、あらゆる場面で非常に効果的に生きている作品だ。

寅と同じく、リリーも母親とうまく行っていない。
その渇いた感じ、つまり“不幸の描写の波”が、いつもジワジワと観客に押し寄せて来るのがこのシリーズの特徴だと気付いた。

還暦を過ぎたリリーは、今夜も日本の何処かの安酒場で歌っているに違いない。

2005.11.3)