シネマ大全 あ行・オ

 男はつらいよ・柴又慕情   1972年 日本

寅「あっ、風呂なくていいよ、オレ銭湯大好きだからね。
『ひとっ風呂浴びてらっしゃいな。帰ってくるまでに晩御飯作っとくから』 タオル、洗面器、シャボン…。『どーせ、あんた細かいお金ないんだろ』40円!ポンと貰って、『じゃ言って来るか』『いってらっしゃい』やがて、オレは風呂へ行く。帰って、晩御飯になる。ね!オレはおかずなんてなんだっていいな。どおせ家賃は大した事ないんだからさ。そうねぇ…、おつまみに刺身一皿、煮しめにお吸い物、卵焼きがあってもいいし、おひたしなんかもあったらいいな。お銚子3本くらいそっと飲む。昼間の疲れで、つい、ウトウトッとなる。ね!女将はそれを見て『さくら、枕を持てっておやり。ついでに、お腰も揉んでやったらいいんじゃないかい』さくらってのは、その下宿の娘よ」

店主「呆れてものも言えない」

寅「どうしたんだ?その面は?」

店主「どっかねー、他探してみてつかぁーさいよ」

これは、いわゆる“寅のアリア”だ。
時々、バラエティ番組で明石家さんまがやるけど、他のコメディアンでは、滅多に見ない。
そう、これには凄い技術を要するのだ。

寅が望んでいるのは、いつも、ほんの小さな幸せだ。

ラスト近く、帝釈天の門の辺りで、夜空を見ながら、寅(渥美清)と歌子(吉永小百合)が語り合う場面(セット撮影)は、ロマンチックな様でいて、実に残酷なシーンだ。
歌子は、美人で頭が良くて性格も悪くない、いわゆる“学級委員タイプ”の女性なのだと思う。
悪い人ではない。
でも、寅が自分に惚れてる事にカケラも気付かずに、自分がようやく父(宮口精二)の呪縛から逃れ、結婚の決意を固めた事を、最終的には嬉しそうに語る。

幸せな人は、いつも鈍感だ。
特に、こういうタイプの女は…。
誰が悪い訳ではない。
何が出来る訳ではない。
全ての人々が、なかなか同時には幸せにはなれない、この世の不条理を見せている様でもある。
でも、誰かを愛していなくちゃ、生きている意味なんて、ない。
そう思わないか?
なあ、寅さん…。

2005.10.6)