朝倉涼子の面影〜恋文〜 新章:affectionate

 今が何時なのかわからない。けれど少なくとも午後四時五十二分は過ぎている。
 時計を見なくともわかる。あの銃声が、俺に正確な時間を告げてくれた。
 俺は窓の外を再び見る。いつもの見慣れた教室が目に入る。いつも座っている自分の席も見えた。そして、その教室の窓一枚が、ひび割れている。
 それを行ったのが──長門だとコイツは言う。
「それを……信じろってのか? どけよ。おまえの話じゃなく、この目で確かめてやる」
「まだそんなことを言うつもりか」
 深いため息と憐憫の情を交えた視線を投げかけながら、男は壁に体を寄りかける……いや、壁じゃない。壁じゃないところに、ヤツは寄りかかっていた。
「そこまで愚鈍なら、さぞ幸せだろう。あんたはまんまと誘い込まれて、閉じこめられたと言うわけさ」
 よく言うぜ。ここに『閉じこめられた』と言うのなら、おまえだってそうだろう。それとも、閉じこめているのが自分だから余裕があるってことか? 朝比奈さんは以前、こいつを見て「悪い人に見えない」と言っていたが、その点に関しては大いに反論したいところだ。
「あんたが僕にどんな感想を抱こうがかまわないが、どうしてそこまで鈍いんだ? 首の上に乗っかっているのはカボチャか? 僕がここにいる、その理由を考えろ。前も言ったが、僕は朝比奈みくるとは違う。そうだろう?」
 射すくめるような目を向けられて、朝比奈さんはビクッと震えて俺の後ろに隠れる。隠れながらも、顔だけは出して男に目を向けていた。
「あ、あなたがあたしと違うなら……あなたは、すべて知ってるってこと? あなたは……今、何が起こっているのかわかってる……の?」
 朝比奈さんの精一杯の言葉に、そいつは口の端をわずかに釣り上げた。
「考えるとはそういうことだ。諾々と流れに身を任せればいいってもんじゃない」
「何を知っている?」
 俺の言葉に、男はデキの悪い生徒がようやく正しい答えを導き出して満足した教師のような笑みを浮かべた。ああ、そうかい。俺がそう聞くことこそ、おまえの思い通りってわけか。そりゃ満足だろうな。
「そう、あんたはまず、僕にそう聞くべきだった。そのために僕はここにいる。酔狂で顔を出すほど、愚かじゃない」
「さっさと話すことを話して未来に帰れ」
 精一杯、怖い顔を作ったつもりだが、どうやらこいつには通じないらしい。そういう凄味に耐性ができるほど場数を踏んでいるのか、ロクな人生を歩んでない証拠だな。
「朝倉涼子は時空改変を行った」
 ……なんだと?
「いや、今の時点では行うつもりだ──と言うべきか。どちらにしろ、長門有希が引き金を引いた時点でその未来は確定された。ほかに、」
「そ、そんなはずないです!」
 朗々と語る男の言葉に割ってはいる朝比奈さんの声。男は嫌な顔ひとつ見せずに口をつぐんだ。そう、割って入ることが規定事項だとでも言わんばかりに。
「そんな、改変だなんて……あたし知りません! そんなことが行われていたなら、この時間平面に来たあたしだって、」
「知ってるはず……か? そうだ、歴史の転換を迎えるほどの大きな改変なら、あんただって知っていてもおかしくない。だが、そこは賢くやったようだ。それほど大きな変化もなく、小さな変化なら、あんたは知らないだろう?」
「え……?」
「ただ、人間になること──それが目的だ。世界すべての記憶を塗り替えるわけでもない、劇的な変化をもたらすわけでもない。ただ人になる……そのためだけに、あの女は壮大な舞台装置を作り上げ、あんたたちを巻き込んで延々と演じている。幕はすぐそこだ。あとは最後の仕上げを待つだけだろうさ」
 人間に……なること? それが朝倉の目的? それならもう達成しているじゃないか。ミヨキチに取り憑いて、朝倉としての記憶もあって人として生きている。そうじゃないのか? そもそも長門や喜緑さんの話と食い違っている。
「食い違いなどどこにもない。だがそれは目的のひとつでしかない。他方から見れば答えも変わる。わかるか? 万能なる叡智を持つ宇宙情報体の手下が、人と成ってこの世界に干渉する。それを侵略と言わずなんと言おう」
「それがどうした」
 古泉の話なら、この世界にはすでにTFEIみたいなのはゴロゴロいるんだろ? 俺たちが気づいてないだけで、そこいらには宇宙人や超能力者、さらには朝比奈さんを始めとする未来人もてんこ盛りだ。今更、侵略だなんだと騒いでどうする。朝倉がその中に追加されるから歴史を変えよう、なんて思ってるのなら、イカレてるとしか思えない。
「あんたの楽天的な考えには恐懼すら感じるね。それが朝倉涼子だから問題なんだよ。何故、朝倉涼子が人の感情を理解しようとしているか考えなかったのか? 吉村美代子と同化して記憶も共有しているなら、『感情』などというものを学ぶ必要はない」
 そうかもしれない。けれどそれがウソだとして、だからといって歴史を変えるほど重大なウソとは思えない。
「長門有希はあんたに何と言った? 同化した心を分離させるのは『自分には』不可能と言ったまでだ」
 そうだ、長門にはそれができない。けれど長門以外のヤツならできるかもしれない。
「そしてあんたは、ここに閉じこめられる前に何を見た?」
 それは……俺を殺そうとした朝倉の……姿? あれは幻影……じゃない? 本当にそこに実在していたのか!? でもあいつは、長門に消されたはずだ。あの姿で存在するはずがない。仮に存在するとしたら、じゃあミヨキチと同化している朝倉は誰だ?
「問題はそこじゃあない」
 と、ヤツは言う。
「真に危惧すべきことは『あんたを殺そうとした』朝倉涼子が、何の制限もなく人の世界に溶け込もうとしていることだ」
 様々な光景が、フラッシュバックする。朱に染まる教室──水飴のように伸びた黒い影──歪んだ空間──脇腹に突き刺さったナイフ──そして、朝倉涼子の微笑み──。
「朝倉涼子は誰かを殺す。それが個人であるのか、世界そのものであるのかはわからない。だが、その影は僕が知る歴史に刻まれている。朝比奈みくる、あんたも気づかないだけで知っているだろう。そうせざるを得ないモノを、あの女は背負っている」
 傷痕すらない脇腹が、ズキリと痛む。この日常でも、長門が改変した十二月でも、俺を殺そうとした朝倉涼子。長門有希の異常バックアップ。それが──。
「何故この事実が禁則になっていないかわかるか?」
 男の言葉が、胡乱な雑音のように耳に届く。
「朝倉涼子が人になるそのときに、野蛮な解決方法がひとつ残されているからだ」
 野蛮な……方法? それは、
「そろそろ時間だ。いろいろ策を施したが、朝倉涼子の方が一枚上手だった。いや、こうなることが歴史の必然か。もう、僕に手出しできることはない。あんたは涼宮ハルヒにとってのカギであるように、朝倉涼子にとってのカギでもある。だから、あんたにしかできない」
 ポンッと肩を叩く男の手の平の感触とその声で、我に返る。瞬間、耳をつんざくような轟音が聞こえた──のは錯覚か。
 いや、あらゆる音が急に大音量で再生されたかのように、鼓膜を揺さぶった。
 消失する足下。空間ごと捻るような感覚。プリズムを通して三原色に分離されたような光が瞼を刺激し、これはヤバイ──と思い、恐怖を感じて目を閉じようとしたそのとき、そこにいる人影が、目を閉じることを躊躇させる。
 俺を見ている人影。笑顔ではなく、どこか悲しそうに、切なそうに目を向ける──朝倉涼子。
 ──何故、そんな顔をする。どうして、そこにいる……?
 そんな俺の疑問を断ち切るように、意識が暗転した。

 ぶるぶると震える携帯の振動で目が覚めた。
 ここはどこだ? と周囲を見渡せば、見慣れない部屋の中……いや、マンションの中だ。朝倉の部屋。そのリビングで俺は寝っ転がってたらしい。
 ズキズキと頭が痛む。体がえっらい強張っていて、ちょっと動くだけでも節々に痛みを感じる。満身創痍というのは、こういうものなのか。
 今、何曜日の何時だ? 携帯の時間を……見ても仕方がない。確か俺は過去に行ってたはずだ。携帯も一緒に持って行ってたはずだから、現在時間とズレが生じている。
 室内を見渡すと、壁に時計がかかっていた。十二時三〇分。昼の十二時だろう。外の明るさから、それはわかる。それなら今は何曜日だ……と考えた矢先に、再び携帯に着信があった。
「……はい」
 ほとんど反射行動だった。頭の中はカラッポのまま、無意識に通話ボタンを押していた。
『キョンくん? キョンくんですか!? 大丈夫ですか!? あたしと一緒に昨日の放課後に時間跳躍したこと、覚えてますか!?』
 かん高い声が頭の中を揺さぶる。誰の声だ……と朧気に考えていると、すぐに頭の中で該当する人物の姿が浮かんだ。
「朝比奈さんですか?」
『そ、そうです! えと、キョンくんと昨日の放課後に時間跳躍したあたしです』
「ええ、それは……覚えてます」
 覚えている。そのことはちゃんと記憶している。あの胡散臭い未来人野郎の話も、最後に見た朝倉の姿も覚えている。ただわからないのは、どうして今の俺が、ここにこうして寝転がっていたのか、そのことだけだ。
「いったい何がどうなってるんですか?」
『それは……』
 と言いかけて、スピーカーからは朝比奈さんが口をぱくぱくさせている音だけが聞こえた。
『ごめんなさい……詳しくは言えません。禁則事項になってるみたい。ただ、あたしたちは強制的に元時間に戻されたの』
「えっと……それじゃ朝比奈さんは」
『はい、昨晩の鶴屋さんの自宅前でキョンくんと別れた時間に戻っていました。本当はすぐにキョンくんと連絡を取りたかったけど……でも、今のこの時間まで、キョンくんは何も知らなかったでしょう? だから伝えることにも制限がかかっていて……ごめんなさい。本当に、あたし……肝心なときに役立たずで……』
「いや、それは……」
 それは、朝比奈さんが謝るべきことじゃない。下手なことを言っても俺を混乱させるだけだし、朝比奈さんが今まで黙っていてくれたのは最善の選択だ。
「朝比奈さん、今どこにいますか?」
『今、学校にいます。長門さんに話を聞きたくて、でも』
「いませんか」
『ええ』
 何なんだよ長門。おまえは何をやりたいんだ? どうしてそんな姿を隠すような真似をしてるんだ。俺たちに顔を合わせられないようなことでもしているのか? それとも別の理由があるのか? おまえが本当に俺を狙撃したというのなら……その理由くらい教えてくれたっていいじゃないか。
『キョンくん、大丈夫? あの……』
 携帯のスピーカーから聞こえる朝比奈さんの声で、我に返る。
「今から俺も学校に行きます。携帯の電池がそろそろやばいんですよ」
『でも、』
「大丈夫ですよ。それに、一人でいる方が気が滅入ります。学校で待っていてください」
『わかりました……。待ってますから、でも無理は本当に……しないでくださいね』
 わかっていますよ、朝比奈さん……と言って通話を切り、深いため息を吐く。今ここに至り、よくもまぁ俺も建前を口にできたもんだ。本音を言えば「すでに無理のし通しなんですよ」ってところさ。
 鏡で顔を見れば、そりゃもうヒドイ有り様だろう。顔くらい洗いたいが、もともと空き家になっていた朝倉の部屋では水が出ない。仕方なく、そのまま部屋を出て……学校に向かう前に長門の部屋に寄ってみた。
 案の定、呼び鈴を鳴らしたところで反応はなかった。

 北高にたどり着いたのは午後一時を過ぎたころ。そろそろ午後の授業が始まるその時間に朝比奈さんのところへ顔を出しても、話なんてできない。ただ、学校へ来る前にコンビニで携帯用の充電器を買って来たので、携帯は使えるようになっている。
 一応、俺が学校に到着したことはメールしておいた。詳しい話は放課後に、という一文は忘れない。すぐに返信があり、ただ一言『わかりました』と書いてあった。
 教室に足を踏み入れると、ガラス窓にはテープで補強され、狙撃の事実をありありと証明している。その窓のすぐ側の席には、ハルヒが珍しく驚いた顔を見せていた。
「ど、どうしたのキョン!? こんな時間に学校に来て、しかもすっごい顔色悪いわよ」
 これは驚きだ。あのハルヒが至極真っ当に俺のことを心配してくれている。余計な台詞も一切なく、心底心配してくれていた。それはつまり、今の俺はそこまでひどい顔をしているということか。こりゃ、胃に穴が開いていてもおかしくないな。
「ちょっと体調がよくないだけだ。午前中は病院に行ってたんだよ。気にするな」
「気にするなって、あんた……」
 まだ何か言いたそうなハルヒを無視して、俺は自分の席に腰を下ろした。まぁ、それでもハルヒの前なんだが、あれこれ詮索されたくない気分でもある。有り体に言えば、ほっといてくれってヤツだ。
 顔を覆うように額に手を当てて、俺はこれからのことを考えた。
 あの胡散臭い未来人野郎の言うことをどこまで信用すればいいのか。朝倉は本当にいるのか。長門の狙いが何なのか。そして美代子はどこにいるのか。
 難問続出だ。しかもそのすべてを解き明かさなくちゃならない。おまけに正しい答えはどこにもないときたもんだ。
 冗談じゃない。やってられるか。
 どうして俺なんだ。何でもかんでも俺に押しつけすぎだ。雪だるま式で厄介事が増えていくこの運命を呪いたい。このまま何もかも投げ捨てて、逃げちまおうかとさえ考えた。
「……ョン、ねぇキョンってば!」
 現実に引き戻す、ハルヒの声。
「なんだよ? 今、考え事してるんだ。邪魔しないでくれ」
「考え事って何よ? あんた、やっぱりおかしいわ。保健室で休んでなさい」
「平気だって。いいから少し黙っていてくれ」
 と、俺がそう言った瞬間、鈍い痛みが頬に走った。首がむち打ち症になりそうな衝撃に、いったい何が起こったのかすぐに理解できなかったが、口の中には血の味が広がっている。
「ってぇ〜……」
「ほらあんた、口から血が出てる。これは由々しき事態だわ。早速保健室に行きましょう」
 何を寝言ほざいてるんだコイツは。血が出てるって、おまえがいきなりぶん殴ったからだろうが! しかもビンタじゃなくて振り抜きのストレートってどういうことだ!?
「うるさい」
 据わった目つきで言われ、思わず息を呑む。その隙を逃さず、ハルヒは俺のネクタイを締め上げると、周囲の目など微塵も気にした素振りを見せずに保健室まで連行された。
 保健室には保険医の先生はいなかったが、カギはかかっていなかった。それがせめてもの救いかもしれないが、仮に先生がいたところでハルヒの奇行が収まるわけがない。俺を開いているベッドの上に投げ飛ばすと、鼻息も荒くテコでも動かないとばかりに椅子に腰を下ろした。
「さて、あんたが何に悩んでいるのか詳しく聞かせてもらおうかしら」
 摂氏零度の視線を俺に浴びせ、ハルヒは少しも笑うことなく口を開く。久しぶりに見る怒髪天モードの憤慨ハルヒだ。下手な猛獣と同じ檻の中に入れられるよりも怖い。怖いが、だからと言ってすべてを話すわけにもいかない。
 こいつにすべて話したら、それこそ世界の終焉だ。
「別におまえに話すことなんて、」
「あぁ〜ん?」
 精一杯、拒否の意思を示そうとしたが、ハルヒは最後まで俺に喋らせてくれない。小さい手のくせに、がっしり俺のこめかみに指を食い込ませてベッドに押さえ込み、アイアンクローをかましてきやがった。
「あんたっ! みたいなっ! ヒラ団員がっ! この唯一絶対のっ! 団長さまにっ! 口答えするなんてっ! 五十六億七千万年っ! 早いのよっ!」
「いだだだっ! あいだだだだっ!」
 一言一言の区切りとともに、指に力が込められる。こいつだったら間違いない、新鮮な取れたてリンゴを握りつぶして果肉たっぷりのジュースを作れるね。
「まだ口を割らないつもり!?」
「だ、だから本当に何もない。何でもないんだっ!」
 ああ、なんか今、朝比奈さんの気持ちがちょこっと理解できた。言いたくても言えない『禁則事項』ってヤツの精神制御ってのの苦しさがよぉ〜っく分かった気がする。
 ここまでヒドイ目に遭わせられても、ハルヒには本当のことを伝えるわけにはいかない。その結果がどうなるかなんて知りたくもないし、見たくもない。ただ、ロクなことにならないのは確実だ。
 だからどんな仕打ちを受けても口を閉ざすしかない。今の俺なら、強力な自白剤を使われても、真実を言わずに料理のレシピを口にできる自信があるね。
「ふん」
 ようやく、ホントにようやく、頑なに口を閉ざす俺に呆れてくれたのか、ハルヒの極悪なアイアンクローがはずされた。
 俺がホッと安堵のため息をもらすと、腰を上げたハルヒは勝手に薬品棚を物色して、薬ビンをいくつか持って戻ってきた。
 おいおい、まさか本当に自白剤でも調合するつもりか?
「バカじゃないの? そんなことするわけないでしょ。ほら、唇切れてるから手当してあげる」
 それをやったのはお前だろう、と言いたかったが、何も言わずに消毒液を含ませたコットンで傷痕を消毒するハルヒを見て、言うべき言葉を飲み込んだ。
「あんたの悩みって、昨日のことに関係あるの?」
 黙々と治療していたハルヒが、不意打ちでそんなことを言った。一言で『昨日のこと』なんて聞かれれば、ハルヒには到底話せないことばかりが浮かんでくる。
 もっとも、ハルヒ的には妹と美代子が学校に来たことだけを指しているんだろうが。
「……いや」
 そのことに思い至り否定しても、間が開きすぎた。平静さを心がけて否定したつもりだが、ハルヒにはバレバレだろうね。れでも、認めるわけにはいかない。
「あんたってさ、バカで鈍感だけど、妙なところで意地っ張りよね」
「だから本当に……」
「はいはい、わかったわかった」
 ぺしん、と張り手するように俺の頬にガーゼを貼ったハルヒは、薬品関係を棚に戻すとまた戻ってきた。何で戻ってくるんだ。おまえはそろそろ教室に帰れ。
「なんであたしがあんたに指図されなきゃなんないのよ」
「そうかい。なら好きにしろよ」
「好きにするわよ」
 ハルヒ監視の下、寝たくもない保健室のベッドで横になってる俺は、動こうにも動けない。かくいうハルヒは、憤まんやるかたないという表情でそっぽを向いている。
 精神的によろしくない沈黙が適度に場の空気を最悪なものに染め上げたころ……唐突にハルヒが口を開いた。
「あたしはね、これでもあんたのこと、ちょっとは信用してるのよ」
「はぁ?」
「あ、もちろんあんただけじゃなくて、有希やみくるちゃん、古泉くんのことも信用してるのよ。そこんとこ勘違いしちゃだめよ。あんただけが特別ってわけじゃないんだから。ともかく、みんな何があっても必ず側にいてくれるって思ってるの。あんたはどう思ってる?」
「なんだ急に」
「いいから答えなさいよ」
「もちろん信用してるよ。だからそれが何だってんだ?」
「あたしのことも信用してる?」
「……言うまでもないだろ」
 そう答えると、ハルヒはふんっと鼻で笑った。
「そうよ、あんた分かってるんじゃない。言うまでもないことなのよ」
「何がだよ?」
「あたしが何を言いたいのか、あんたには分かってるんじゃないの?」
 ああ……ああ、そうか。そうなのか、ハルヒ?
「おまえは全部知ってるのか? 俺が……」
「知るわけないじゃない。あんた、何も話さないもの。でもあんた、何か悩み抱えてるんでしょ? んで、信用してるあたしにも話せないことなんでしょ? じゃあいいわよ、別に。あんたのどーしょーもない悩みなんて、興味ないわ。心配なんかしてやんないわよ」
「そうかい」
「そうよ。でも、そうね。あんたがあたしのことを信用してくれてるらしいから、あたしもあんたのことは信用してあげる。あんたが決めたことなら上手くいくって、あたしが保障してあげるわ。だからあれこれ悩むなんて、無駄で無意味で無問題なのよ」
「そうか、悩むだけ無駄か。おまえが信じてくれるなら、そりゃ心強いな」
「でしょ」
 ぺしん、と俺の額を叩くと、ハルヒは「言うべき事を言ってスッキリした」と言わんばかりに、いつものような怒っているのか笑っているのかわからない表情を見せて、ようやく重い腰を上げた。
「今はゆっくり何も考えずに寝ることをオススメするわ。葬式に参列してるようなあんたの顔、普段の二乗でひどい顔よ」
 ひでぇ言われようだ。そこまで言われりゃ、一言くらい言い返したって罰はあたらねぇだろ。
「ハルヒ」
「何よ。文句でもあんの?」
 ああ、あるね。大ありだ。
「ありがとう」
 俺の言葉に、目の前で散弾銃をぶっ放された旅行鳩みたいな顔を見せたハルヒだが、
「わかってるならいいのよ、バカキョン」
 すぐにいつものような100ワット笑顔を見せて、ハルヒらしいコメントを口にした。