【Respect redo】吉村美代子の憂鬱 四章 |
たまに見かける旅行番組で、各地の秘湯巡りみたいなのってあるじゃないですか。こう、ジャングルの中とか川岸を掘るとわき出すとか、中には極寒地にわき出しているとか。
ここの宿もそういうところじゃないかなって思ってたんです。多少は。
だってお客さんがわたしたち一行と朝倉さん一行の二組だけなんですもの。いくらオフシーズンだからって人が少なすぎますし──自給自足がネックなのかもしれませんが──客が遠慮しちゃうようなトンデモ温泉なのかなって思ってたんです。何しろ野生のお猿さんも入ってくるとか言ってましたから。
「うわ〜っ」
でも、その考えは杞憂だったみたいで、温泉はしっかり普通の温泉でした。露天風呂になってますけど周囲はちゃんと柵で囲まれていますし、木がびっしり生えてます。お猿さんなら普通に入り込むことはありそうですけど、生身の人間じゃちょっと命がけっぽいので、ノゾキ対策もばっちり……なんじゃないですかね? わかりませんけども。
「けっこう広いで……なんですか?」
眉間に皺を寄せて、何度も何度も人の胸をチラ見しないでください。あっ、なんか少し鼻で笑いませんでした?
「ううん、何でもない」
うっわー、なんて爽やかな笑顔。正月の朝が快晴で、初日の出も拝んだ上に初夢では富士山の山頂で鷹匠が現れてナスをプレゼントしてくれたって言うくらい爽やかです。
だいたいですねー、わたしまだ小学生ですもん。成長期ですもの。今年の身体測定でも、去年より成長してますよーだ。
「うん、そうね。まだまだこれからよね。…………これで一勝目っと」
きーっ! なんかちょっとムカつきます。
だいたいですねー、大きければいいってもんじゃないんですよ。肩はこるし、走ると痛いし、老後は垂れちゃって大変だし、そして何より重要なのは感度なんですっ!
だから朝倉さん、少しはタオルで隠しましょうよ。女同士で見せ合ったって楽しくも面白くもありませんて。何より羨ましくなんてないんですからね!
「おや、キミたちも来たのかい?」
るんるん気分の朝倉さんにどんな仕返しをしてやろうかと考えていたからか、先客がいたことに気付きませんでした。誰かと言えば、宿にいるメンツを考えて引き算をすると一人しかいません。
「佐々木さん、ここに逃げ込んでたんですか」
「逃げるだなんてとんでもない。温泉に来たのだから温泉に浸かっているという、極めてシンプルな思惑によって導かれる明快な行動じゃないか。遊戯室での遊びは他でもできるけれど、温泉に入れるのは今しかできないことだ。どちらを優先させるかなんて、考えるまでもないだろう?」
理路整然と正論を言われると、返す言葉を失っちゃうんですが……。
「やあ」
「こんにちはぁっ!」
朝倉さん、今の挨拶でまたもやチラリと佐々木さんの胸に視線を向けましたね? それで返した言葉が爽やかだったってことで、どちらの勝利かは言うまでもありません。嗚呼、今の朝倉さん、頭の中でガッツポーズ取ってるんだろうな。
でも、朝倉さんもそのぅ……平均的と言うか、微々たる差だと思うんですよね。ミリやマクロ単位で差を競ってたりしてませんか?
「それで、卓球勝負はどちらが勝ったんだい?」
「今は周防さんと喜緑さんが激しく打ち合ってますね。なかなか決着つかなさそうだから、朝倉さんと一緒にお風呂行こうって」
「なるほど。橘さんは?」
「……あっ!」
そうそう、何か忘れてると思ってたんですよ、ここに来る前に。何かと思ったら、橘さんのことをすっかり忘れてました。開始早々に倒されちゃってたからなぁ、存在感なくてすっかり放置しっぱなしです。
まぁ……お風呂上がりに回収すればいいですよね。慌てることじゃありません。
「それにしても、お風呂はいいわねぇ〜」
三人横に並び、すっかりくつろぎ気分で温泉満喫中です。閑静な森の中、まだ日が暮れてないので明るいですが、夜になれば星明かりも綺麗に見えそうです。
「お風呂は人の心を潤してくれるわ。地球人が生み出した文化の極みよ」
あなたは地球人じゃないんですかとツッコミ入れるべきかどうか迷いましたが、お風呂が最高だという朝倉さんの言葉には同意しちゃいます。未来からやってきたネコ型ロボットが大活躍するアニメで、一日に何度もお風呂に入るヒロインの気持ちも、よくわかると言うものです。牛乳風呂は試したくありませんけど。
「他に客もいなくて貸し切り状態というのが、また別格だ。こういう温泉に来るのは、中学の修学旅行以来だけど、今回は静かでいいね」
修学旅行で温泉って……。どんな中学校ですか、それは。
「もちろん主目的が温泉ではないよ。ただ、宿が温泉旅館だっただけの話さ。あのときは、のんびり湯船に浸かるのもままならなくてね。何しろ思春期真っ盛りな男子生徒もいるわけだから、のんびりできやしなかった」
それまた過激な旅行でしたね。わたしも中学生になったら、そういう旅行に行くことになるんでしょうか。たぶん、学区割りの関係で佐々木さんやお兄さんの後輩ってことになる……あれ? もしかして、その修学旅行のときにお兄さんもいたんでしょうか?
「キョン? ああ、もちろんいたよ。中学三年のときの修学旅行の話だから」
「えっ?」
佐々木さんの一言に、激しく反応を示したのは朝倉さんでした。
「佐々木さんって、彼と……その、幼馴染み?」
あら、知らなかったんですね朝倉さん。個人的に聞きたいのは、そこじゃないと思うんですけど。
「幼馴染みというほどの古い付き合いではないけれど、中学の三年時代に同じクラスで過ごした……そうだな、他のクラスメイトよりは親密な仲だった、と言っておこうか」
「な……なんですってぇっ!?」
初耳の情報に、朝倉さんったらこの世の終わりみたいな顔しちゃってます。そこまでショックを受けなくても……とは思いますが、佐々木さんも人が悪いなぁって思える言い方してますね。親密だった……なんて、あれこれ勘繰りたくもなりますよ。
でもですね、まず聞いておかなければならないのはこっちじゃないですか?
「その修学旅行の温泉で繰り広げた男子生徒との攻防戦、そこにまさか……お兄さんは含まれていませんよね?」
「うん? そうだねぇ……」
その当時のことを思い出しているのか、考える素振りを見せて空を仰いだ佐々木さんは、にやりと笑い──。
「僕の体のとあるところにある、いつも洋服で隠れているホクロの位置を彼は知っている……と、答えておこうか」
「な……なんですってぇっ!?」
そ、それってつまり……ええっと、だから……え? どういう意味で受け取ればいいんですか? それはお兄さんもノゾキしてたのか、それとも佐々木さんも同意の上で見せちゃったとか……ええええっ!?
「やっぱり一回くらいは刺しとかないとダメね……」
……お手伝いしますよ、朝倉さん……。
「くっくっ……冗談だよ」
「へ?」
「キョンはノゾキに参加してないし、僕のホクロの位置も知らないよ。ごめん、ちょっとからかっただけ」
「なっ……なぁ〜んだ、そうですよねー」
だそうですよ、朝倉さん。だからそんな陰鬱な表情で「まずは足を刺して動けなくなったところに騒げないように喉を潰して……ぶつぶつ」なんて、妙にリアリティある暗殺計画を練るのはやめましょ。ね?
ぼごん。
と、そんな朝倉さんが我に返って顔を上げるほどの音が聞こえました。えーっと、今の音って水泡が割れる音ですよね。
え? わっ、わたしじゃないですよ!
「……ん? いやいや、僕でもないよ」
「え〜……」
「えーって、違うったら。そもそも音はもう少し遠くで……」
そう言って音が聞こえたであろう方向を指さした佐々木さんが、そこでぴたっと固まっちゃいました。
ん〜……あれ? わたしの見間違いでなければ……湯船の中に、何か潜ってませんか?
今ここで、肩を並べて湯船に浸かっているのは、わたしこと吉村美代子、佐々木さん、そして朝倉さんの三人です。周防さんと喜緑さんは遊戯室で熾烈なピンポン球の打ち合いを繰り広げているでしょうし、橘さんはまだダウンしてるんじゃないかしら? となると、消去法で考えれば残るのは……もしかして、藤原さん?
「ところがどっこい、あたしでぅひゃあぁっ!」
湯船の中からざっぱーんと姿を現すや否や、朝倉さんがどこから取り出したのかわかりませんけど、明らかに銃刀法違反に引っかかること間違いなしのナイフを投げつけちゃったわけです。
幸いにして命中こそ免れたんですが、頬をかすめるような至近距離を飛んで行ったことに驚いて、どばばーんっとひっくり返っちゃいました。
「何しやがるんですか!」
いやあの、がぼがぼ言いながらそんなこと言われてもですね、むしろそれはこっちの台詞というものですよ。いったい何をやりたいんですか、橘さん? そもそもあなた、何時の間にこっちに来たんですか。
「こういうときはあれです、いや〜ん、えっちーっ、とか言いながら桶投げるのが定番であり日本人らしいワビやサビの心意気ってもんじゃないですか! 何でもナイフ一本で解決すると思ったら大間違いです!」
「あ、ごめん。つい」
桶を投げることに、どうやって日本人らしいワビやサビの心意気を理解すればいいのかわかりませんし、そもそもナイフを投げつけられたことで怒ってるわけじゃないところが橘さんらしくてキュートです。
そして何より、朝倉さんも「つい」でナイフ投げないでください。どっから出したんですか、それ。
「で、何をやってるんですか?」
「何を、だなんて、それこそ愚問と言うものです。吉村さん、見てください。この広いお風呂。いつも家で入っているせせこましい湯船に比べてなんと広大なことか。泳ぎたいと思いませんか!」
どうして問いかけているのに、疑問系じゃなくて断言してくるんですか。その気持ちはわからなくもないですけど、それは他の人がいないときに一人でやってください。小さな子供がやるならまだ微笑ましくもありますが、高校生の立派なお姉さんがそんな真似してると、頭のネジのゆるみ具合を疑っちゃいますよ。
「だいたい、あたしを置いて行くなんてヒドイじゃないですか。お風呂に行くなら誘ってくださいよ」
「や、気絶してたみたいだから」
「してませんよ。いったいどこの世界でピンポン球一発で昇天する人がいるんですか。現実ナメんじゃないですよ」
……この人は……。
「いいですか、森の中で熊に出会ったら死んだふりしろと言うじゃありませんか。それと同じです」
知ってます? 熊の前で死んだふりすれば、それこそ喜び勇んで襲ってくるそうですよ?
「それはつまり、わたしや喜緑さんは熊と同等だと言いたいの?」
きらーんと光る朝倉さんの眼差しに、コホンと咳払いひとつ。
「それはさておき」
うわー、強引ですねこの人。勢いだけで生きてるんですね。
「今度から、お風呂に行くときはちゃんと誘ってください」
あ〜、それはつまり、寂しかったんですね。
「……佐々木さ〜ん、吉村さんがいじめますぅー」
「あー……はいはい」
この人は本当にわたしより年上のお姉さんなんですか?
「そもそもなんで潜ってたんですか。お風呂に来るなら普通に来ましょうよ。てっきり藤原さんがノゾキに来たのかと思ったじゃないですか」
「藤原さん? ああ、スマキにしてますから、二度と出てこないですよ。断言シマス。それとも何ですか、覗かれたいんですか? もしかして、見られて喜んじゃったりしちゃうんですか?」
何でそうなるんですか。
「むしろ、見られても困る体じゃないから平気よね」
あれあれ〜? 朝倉さん、そんなこと言っちゃうんですね。いくらわたしでも、言われっぱなしで済ます事と、そうじゃないことだってあるんですから。
「そうですねー、朝倉さんはあちこち豊満にお肉ついてますから、人に見られたくないですもねぇ〜」
「……それってどういう意味かしら?」
「いえいえ、そのままじゃないですか。朝倉さん、とてもグラマラスで羨ましいですよー。ご自身でもおっしゃってましたけど、バストはわたしより大きいですもの。二の腕やお尻、さらにはふとももまで、たっぷりお肉がついていてますものね。そんな姿、男の人に見られたら大変ですよねー」
「…………」
あら、何かしら? すべて朝倉さんがご自身でおっしゃってたことですもの。
たまにいますよねー、ナチュラルに毒吐くくせに、逆に言われるとすぐ傷つく人って。
「ま、まぁ、そうね。そんなほいほい誰彼構わず見せびらかすにはもったいないかな。その点、吉村さんは気楽でいいわねぇ」
「い〜え〜、見せる相手は一人だけと決めてますから。朝倉さんは、誰にも見せないんですよねぇ? あら、もったいない。ほほほ」
「おほほほほ」
…………。
「あのぉ……お風呂はそのぅ……もう少しのんびり入られたほうがよろしいかと……」
のんびり? ええ、のんんびりしてるじゃないですか。何を口出ししてるんですか、橘さん。
「少し黙っててくれませんか?」
「空気、読めるでしょ?」
「…………はい、すみません…………」
甘い顔をしたわたしが間違っていたようです。朝倉さんはあれです、色々な意味で油断なりません。ああもう、遊園地で甘い顔するんじゃなかったですよ。
「いいわ、吉村さん。あなたには前にお世話になった手前、手荒な真似はしたくなかったけれど、彼を巡っては所詮避けられない戦いね……。今ここで、どちらが彼に相応しいか白黒ハッキリつけてあげるわ」
「ええ、望むところです。幸いにして、今ここにはお兄さんのことをよく知る佐々木さんもいることですし」
「え?」
え? じゃないですよ佐々木さん。何をのほほんとしてるんですか。これは戦いです。戦争です。血で血を洗う仁義なき殲滅戦じゃないですか!
「キミたちは、僕に何をさせたいんだ」
「そんなの、決まってるじゃないですか!」
「そうよ! わたしと吉村さん、どちらが彼に相応しいか、判定してもらうわ!」
「判定って……何を基準にどんな判定をしろと言うんだい? 僕があれこれ言ったって、キョンの好みと合致するわけでもない。だいたい、そういうのは本人に聞くのが手っ取り早いだろう?」
佐々木さん、この中では一番お兄さんと一緒に過ごしているであろう時間が長いのに、何をそんなことを言ってるんですか。
「無理に決まってるじゃないですか」
「そうよ。あの鈍感朴念仁にストレートにアタックして、ちゃんとこっちの話を理解できるわけないじゃない」
「……キミたちが本当にキョンに好意を寄せているのか、少し疑問に思えて来た……」
あらいやだ、何をおっしゃいますか佐々木さん。これほどまでに純粋無垢な恋慕の情を傾けているピュアなレディは、そうそういませんよ。
「まぁ……いいけど。それで? 僕は何をすればいいんだ? 判定って、何を基準に優劣を決めるつもりだい?」
「場所がお風呂場で、みんな裸ですもの。決めると言えば、まずこれからよ」
と言いつつ、朝倉さんはくねくねっとポーズを取っちゃったりしてます。
「ごめん、さっぱり意味がわからない」
わたしもわかりません。それになんて言うか、いくら女同士でも、その格好は少し恥ずかしくないですか? いや、どんな格好してるんだとは言いませんが……裸ってのが問題だと思うポーズだ、とでもお考えください。
「だから、まず見た目! 人間ってさ、やっぱり視覚情報が大事じゃない? 同じ味の料理でも、見た目が綺麗なものと汚いものじゃ違ってくるでしょ? 彼の好みの容姿って、どんなの?」
「さぁ……どうだろうね。少なくとも世間一般の美意識から大きなズレはないと思われるが……ポニーテールが似合う女の子が好きらしいね」
「ポニーテールなら出来るわよ」
ほら、と言わんばかりに朝倉さんは手で髪の毛を束ねて持ち上げました。似合ってる……と言えば、くやしいですが似合ってますけど、それを言うならわたしだって、ほら。
「でも吉村さんの場合、少し長さが足りないじゃない」
「うぅ〜……」
そりゃ確かに朝倉さんよりは短いですけど……でもそんな、膝下まで髪を伸ばしてる人と一緒にしないでください。
「あ、でもほら。あたしなんてツインテールですよ? 同じポニーでも二倍じゃないですか。あらいやだ、あたしが一番ですか?」
……だから橘さん、空気読んでください。朝倉さんがまたもどこからかナイフ取り出してるじゃありませんか。
「体型的なところはどうかなぁ……。ああ、そういえば水泳の授業中、よく女子の姿をチラ見していたな」
お兄さん、佐々木さんにバレバレのチラ見なんてしてたんですか……。いえ、それは別にいいんです。そういうのも健全な男子として、当たり前じゃないですか。もしそれでチラ見してるのが男子生徒だったら問題大ありですけど。
「それよ!」
何ですか、朝倉さん。そんな大声出さないでください。
「それって?」
「彼がチラ見してたのって、どんな体型の子? やっぱり胸が大きい子?」
「さぁ……どうだろう? 女子は女子で集団で固まっていたからね、その中の誰かとは……ああ、でも僕とよく目が合ってたな。物は試しに微笑んであげたら、バツが悪そうな顔をしていたのが面白かった」
……え? それってつまり、お兄さんが見ていたのって……佐々木さんってことになりません?
「そうなのかい? よくわからないけど、当時の僕はまだ、今よりももっと……幼い体型だったからね。体の発育もそこそこというところさ。それでもし、僕を見ていたのなら、朝倉さんの理論で言えば胸の大きさにさほどの興味はない、と言うことになるのではないかな?」
「そ……そんな……!」
ふっ……残念でしたね、朝倉さん。胸の大きさは大して意味がないそうですよ。
「うん? でもそれって」
ほぼ勝利を確信していたわたしですが、そこで橘さんが何かに思い至ったように口を開きました。
「あの人が見ていたのが佐々木さんということは、体型云々以前に佐々木さんを意識していた、ってことじゃないです?」
……あれ? これはまた、思わぬところから別の問題がわき出た感じです。
橘さんのトボケたツッコミを真に受けるつもりはありませんが、もし仮に……仮に、ですよ? 仮にお兄さんの気持ちが佐々木さんに向いているのだとしたら、ここでわたしと朝倉さんが喧々囂々の言い争いをしていても、なんだかなぁって感じじゃありません?
「あのさ、ひとつ聞いていい?」
思った疑問はすぐ問いかける朝倉さんです、ここでも一切の迷いも躊躇いもなく佐々木さんに声を掛けちゃってます。
「あなたと彼って、どういう関係なの?」
「さっきも言ったじゃないか。中学の三年生で同じクラスだった親友だよ。それ以上でもそれ以下でもない。それは間違いないね」
「でも、彼の気持ちはどうだったの?」
朝倉さん、必死です。何ていうか、熱愛報道をキャッチした芸能レポーターの突撃インタビューみたいです。
そういうのはダイスキなので、もっとやっちゃってください。
「さて、僕は他人の気持ちを微細に関知できるような人間ではないから、その気持ちなんて解りようがないね。そもそも僕は誰かに好意を寄せられるのは遠慮したいし、こちらからアピールすることも苦手なんだ。だからそういう感情は遠慮したいし、遠のけたい。キョンが僕に特別な感情を抱くこともないだろうね」
さらりととぼける佐々木さんですが……それって逆に考えると、こういうことになりませんか?
「ええっと、佐々木さん? ちょっといいですか」
「なんだい?」
「いいからいいから。では」
こほん、とひとつ咳払い。髪をお団子に結い上げて、あーあ〜あーと二〜三回ほど喉を鳴らして……うん、こんな感じかしら?
「佐々木」
「……は?」
こういうのは照れちゃダメなんです。演技素人さんなわたしは、勢い任せでやっちゃうのが一番です。なので低く落とした声音で呼びかけて、呆気に取られている佐々木さんを他所にその手を取って顔を近付け──。
「今までおまえの気持ちに気付かなくて悪かった。言葉はなくとも通じ合うと言うが、それでも気持ちを伝えるには言葉なくしては始まらない。だから、俺の気持ちを聞いてくれ」
「え? いや、あの……」
さすがにわたしも恥ずかしさマックスなので、ここいらでトドメをひとつ。定番のドラマだと……ええっと、頭を抱き寄せて耳元で囁くように──。
「好きだ」
「あたしもだいすきーっ!」
「うひゃあぁぁぁぁっ!」
まるでアメフト選手のタックルみたいな勢いで、どうして橘さんが襲いかかってくるんですか! まったくホントにどうでもいいから離してえぇぇっ!
「いい加減にしなさいっ!」
すぱーんと、水気を充分に含ませたタオルで、朝倉さんが橘さんの後頭部をはり倒してくれたおかげで助かりました。今のはまさにあれです、吉村美代子、十二歳の大ピンチってヤツでした……。
「あらいやだ、あたしとしたことが」
あなたはそれがナチュラルな状態じゃないんですか……?
「それにしても吉村さん……ええっと、なんて言うか……あなたってソッチの趣味があったの……? わたし、有機生命体の恋愛の概念がいまいちわからないけど……なんていうか、うん……恋愛は自由だと思うな」
いや、違いますよ。違いますったら、朝倉さん。そんなこと言いながら、タオルで胸元隠しつつ身を仰け反らせないでください。
「じゃあ何だって言うんだ、まったく……」
別にわたしだって伊達や酔狂で佐々木さんに迫ったわけじゃないですよ。そもそもわたしは、至ってノーマルなんです。
「ですからね、佐々木さん。少し目を閉じて想像してみてください。もし、今わたしが迫ったような方法でですね、お兄さんが告白してきたとしたらどうですか? さぁさぁ、どうですか!」
「え? え〜……」
などとわたしに言われて何を想像しているのか知りませんが……もしかして今、わたしは優曇華が咲くよりも珍しい事態に遭遇しているのかもしれません。
佐々木さんが、あのクールで世の中を達観しているような素振りを見せている佐々木さんが、見ているうちに顔を真っ赤にさせているじゃありませんか。
「ああ……やっぱり」
「やっぱりって?」
あらやだ朝倉さん、わからないんですか? つまりですね、佐々木さんは少しクールな佇まいで世の中を斜に構えて眺めつつも、他人からアプローチされれば一発でコロッとイっちゃう照れ屋さんってことだったんですよ!
「な、なんですってーっ」
「って、何を言い出すんだいったい」
だって佐々木さん、好意を寄せるのも寄せられるのもニガテなんですよね? それって逆を言えば自分の気持ちを伝えるのがニガテってことじゃないですか?
「別にそんなことは、」
「顔を真っ赤にして否定されても」
「いやこれは……少しのぼせただけで、」
「よっくわかりました!」
うわっ、何ですか橘さん。急に元気にならないでください。
「何をおっしゃいますか吉村さん。こんな楽しそう……もとい、朝倉さんや喜緑さんを相手ならいざしらず、仲間内で争う事態を収めたいと思うのが、リーダーとしての真っ当な心意気ってもんじゃありませんか」
「え、橘さんがリーダーってホントの話だったの?」
ええ、そうなんです朝倉さん……お恥ずかしながら……。
「朝倉さん、さり気なくヒドイですね……。それはともかく、この事態をリーダー権限で無理やり収めたとしても、禍根が残るというもの。ならばひとつ、白黒はっきり付けるのがベターではないでしょうか! いいえ、ベストなんです!」
自己完結しちゃってますよ、この人。
「この戦いは、ある意味、女らしさの戦いでもあるわけです。そこで! 付ける決着は女性らしさの代名詞、料理で行きましょう」
「料理?」
「そうです。幸いにしてこの宿は自給自足、働かざる者喰うべからずがテーマの宿です」
嫌なテーマの宿ですね。それで客からお金まで取っちゃうところが凄いです。来る客も客ですけど……。
「3チームに分かれての料理対決としましょう」
なんか知りませんけど、橘さんがどんどん段取りを決めてっちゃいます。
そろそろ誰か止めませんか? いえ、わたしも止めたいところですが、無理ぽいので諦めているだけです。決してノリノリなわけじゃありません。こんな燃えている橘さんを、わたしなんかが止められるわけがないじゃないですか。できることなら燃え尽きて灰になって欲しいところですが……そうならないのが橘さんの橘さんたる所以でありまして
「言うまでもなく朝倉さんは喜緑さんとのペアです。佐々木さんにはあたしが付きましょう。残る吉村さんは九曜さんとペアとなり、獲物を仕留めて夕飯を作るのです。その腕前で対決ですよ!」
えぇ……わたし、周防さんとですか? いえ、周防さんが嫌いとかそういうことではなく……ああ、でも残りが橘さんと喜緑さんなら、誰でも同じようなもんかもしれません。
そもそも、橘さんはあれですね、勝負事が大好きみたいです。将来、絶対に高利貸しからトイチで借金を作って裏世界の逃亡者になるタイプです。
だいたい「獲物を仕留めて」って何ですか。そんな狩猟民族じゃありませんよ、わたしは。わたしだけじゃなくて、他の人だってそうじゃありませんか。
「あら、いいわね」
いいの、朝倉さん!? なんでそんなにノリノリなんですか?
何やらこの人は、根っからのハンターぽいです。獲物を仕留める、というフレーズがお気に入りなんですね?
「幸いにして、この近辺には野生の猿から猪、熊まで出るナイススポット。狙う獲物は選り取り見取り」
あのぉ……そんなものを相手にすれば、こっちが仕留められそうな気がするんですけど。
「そういうことで皆さん、制限時間は夕方六時ですよ! それまでに究極のメニューを完成させましょう!」
熊とか猿とか、それを食材にするとなると……何と言いますか、ゲテモノ料理しか作れないんじゃないですかね?
「それではお二人とも、また後でお会いしましょう! さぁさっ、佐々木さん。行きますよ!」
「いや、僕は別に、」
「大丈夫です、あたしにすべておまかせあれってなもんです」
「いや、だからちょっと……」
ああいう橘さんには、佐々木さんでも逆らえないぽいです。強引に引っ張られてお風呂場から出て行っちゃいました。
「いいわ吉村さん、今晩のメニューを楽しみにしていることね。至高のメニューを味わわせてあげる。負けないから!」
あー……っと、対決するなら究極と至高だけでいいじゃないですか。すでにギブアップ状態のわたしは、謹んで辞退……させてくれないんだろうなぁ……。
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