[友よ]

明転

ヒロシは歩いていた、頭の位置が肩と同じ位置にあるような姿勢で
「もう練習終わったのかい?」
ホームレスの男の問いかけにヒロシは無言で首を縦にふった
「元気がないな、何があったんだい?」
「自信喪失しちゃっったんだ」
少年は少し顔をあげ、言い終わるとまた落ち込んでいる時の定位置に戻した
「何かと訳ありのようだね、戦力外通告でも受けたかい?」
「ごほ、ごほっ」
「・・・図星かい?」
ヒロシは息を整え、深呼吸をして、それから口を開いた
「うん、大当たり。今日、練習さえさせてもらえなかったんだよ、もうプロなんてあきらめようかな」
「アハハハハハハ」
男は鼻で笑い、少年は即座に噛み付く
「何がおかしいんだよ!」
「あ、いや、ごめんごめん、確かに悔しいかもしれないけどそれがどうした、次がんばればいいじゃないか、まだ君は何もしていないじゃないか、生まれてきたからには自分の人生向かい風でもくじけず歩け」

「・・・何それ?」
少々の沈黙の後、長いセリフを言い終え、意味不明の優越感に浸る男を見て少年は少し呆れ顔でいる
「あぁ、これはオヤジの口癖だったんだ・・・とにかく!ヒロシ君、もう一度頑張ってみよう」
そう言って男は少年の肩をぽんっと一つ叩いた
「・・・そうだよね、僕頑張ってみるよ!なんだか元気が出てきたなぁ」
「おぉそいつはよかった」
「ところでおじさんはいつからここで歌っているの?」
目の輝きを取り戻した少年がくっつかんばかりに自分の顔を男の顔に近づけた
「そうだなぁ随分と昔からだな」
男は指を使って数える事を試みようとしたが途中でやめた
「ご飯とかはどうしてるの?」
「食ってるさちゃんとね」
「盗んでるの?」
「失礼な!僕はこれでもストリートミュージシャンだよ。食べてく金ぐらいあるさ」
まるで男は自分がとても偉大な人物であるかのように大きく胸を張って言った
「でも貧乏なんでしょ?」
少年はいたずらっぽい笑顔を浮かべながら言うと男は頭を抱えた
「君イタイとこついてくるねぇ、でも一応車持ってるよ」
「へぇ〜盗んだんだ」
「だから違うって!」
男は手足をバタバタと振り回した、全く大人気なく
「それにね!その車はおじさんの思い出が詰まってる大切な車なんだよ」
「ふーんそれでどういう思い出なの?」
少年は輝いている目をさらに輝かせて男の顔を覗き込んだ

「少し長くなるよ・・・・

あれは今から10数年前、僕はいつものようにお金を稼ぐために歌っていた
しかしそこに当時売れっ子だった歌手が突然現れてゲリラライブを始めたんだ
当然客はみなその歌手にとられてしまった
そこで少しムッときた僕は「僕の邪魔をしないでください!」って怒ったんだ
そうしたらその歌手はお詫びにってこの車をくれたんだ
僕とその歌手は歳が近い事もあり、すっかり意気投合して一緒に演奏したりもした
ほとんどの人がその歌手目当てだったけどね
ある日1人の女性が「ファンです!付き合ってください」って演奏後に・・・
僕とその女性は付き合う事になって、よくこの車でドライブをした

・・・だからこの車にはその人との想い出がたくさん詰まっているんだ」

「その女の人は綺麗だったの?」
「そりゃ美人だったさ、あのひと今どうしてるのかなぁ?」
男は空を見上げため息を一つついた
「今はもう来てないんだ」
「うーん、そうなんだよ、ある日パタリと来なくなったのさ」
「なんで来なくなったの?」
「なんでだったけな・・・うーん思い出せないな」
男は頭をかかえ、うなだれた
「話はそれでおしまい?」
「まだ続きがあったような気がするけど、もう覚えてないよ」
「そっか・・・あ!もうこんな時間もうそろそろお家に帰らなきゃ!じゃあねおじさん」
「気をつけて帰るんだぞ」

暗転

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