『レクイエム』考 |
4.レクイエム考 |
U.キリエ KYRIE (Alleglo ニ短調 4分の4拍子) |
"Kyrie
eleison. Christe eleison."(主よ、憐れみ給え。キリストよ、憐れみ給え。)という短い二つの文を冒頭から絡ませて歌うフーガである。この耳に残ってどうしようも無い、第一声部"Kyrie
eleison."の「E−C‐F−♯G−A−(移動ド)」の旋律(譜例1)の不気味さ、印象深さは比肩するものがあるだろうか。特にFから♯G(移動ド)への減7度音程が極度の厳しさをあらわし、第二声部"Christe
eleison."の責めたて、舐めるような重く粘着質な旋律と絡んで強大な渦に飲みこまれると同時にまた第一声部が頭をもたげるといった楽章は幾度も聴くのが、実際苦痛であるほど緊張感をもっている。たびたび登場する、クラリーノとティンパニは前章と同じ役割を果たし、時を打つ。弦は大体声楽と同じフーガ旋律を演奏するが、中で印象深いのは13小節から終盤にかけての第二ヴァイオリンの旋律であり、モーツァルトの変奏の巧みさ円熟さが十二分に窺える。このフーガは数回変容を表すが、23から24小節にかけて小さな変容が起きている。ただ繰り返しではなく、少しずつ変容させることによってこの楽章は重く且つ厚いものとなって膨らんで行く。軽く拾い出してみると、26から27、32から33小節の部分(またバイヤー版(1971)では34小節でpianoになる。バーンスタイン指揮、1988)があげられよう。38から39小節にかけてでは、"Kyrie"という言葉が重なり合い、42から43小節にかけてと、45から47小節では"eleison"の語尾が重なって、混沌が統一感を持ちはじめる。フェルマータ休符で静寂を作り出した後、Adagioで重々しく"Kyrie
eleison."と結ばれ、和音が厳粛に閉じる。 テクストの文句の強迫観念のようなものが全体を支配した、実に聴く者を締め付ける苦しいフーガである。繰り返しであるがゆえに、心に残る。責めたてられた者は神にすがるより他にない、弱いものなのだとはっきり自覚させる。
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