『レクイエム』考

4.レクイエム考
 
Y.ベネディクトゥス BENEDICTUS (Andante 変ロ長調 4分の4拍子、Allegro 4分の3拍子)
 
 単純な豊かさを持った、独唱4部の楽曲である。晴れやかで穏やかな春の午後陽射の雰囲気を持っている風に感じた。テクストから考えると"benedictus, qui venit in nomine Domini."(主の御名で来られる方は祝福されますように)ということなのだが、Soloのアルトに続いてソプラノが歌い出すのだが、7小節目から9小節目のバセットホルンの軽やかな旋律がソプラノの歌声を引きたてる。他にも16・17小節のソプラノの旋律が、ふくよかで美しい。全体的に独唱のやりとりが美しい楽曲だが、その1文だけというテクストの長さの割に、すこし〈ホザンナ〉に行くまでが長くかかる感がある。バイヤー版は〈ベネディクトゥス〉の〈ホザンナ〉の終結部分に、短いコーダをつけている。

 通説として、ジュスマイヤーはモーツァルトがかつて弟子のバーバラ・ブロイヤーのバス旋律の練習のために書いた教材(譜例12の7・8段目)のなかにこれと同じ旋律(F―D‐C‐♭H)があるという(譜例12において、1段目バセットホルンの第1小節目と6段目の旋律)。しかし、その練習教材は7年以上も前のものであるし、ジュスマイヤーが書いたバスが完全終止を2度も繰り返しているのに対し(譜例12の、5段目参照)モーツァルトが練習教材に模範解答として書き入れたバス(譜例12の7段目)は、巧みにそれを回避している。その点からして、ジュスマイヤーが、師の7年前の練習教材をたまたま見て、冒頭だけ利用したという不自然さよりは、ジュスマイヤー自身がこのフレーズを思いついたと考える方が自然と言えそうである。よってこの〈ベネディクトゥス〉にも、モーツァルトの真筆は無いということになる。(前出C.R.F.モーンダーのレクイエム解説、石井宏訳10頁)

譜例12 〈ベネディクトゥス〉 バス旋律、2度の完全終止

 

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