『レクイエム』考

4.レクイエム考
 
Z.アニュス・デイ AGNUS DEI (ニ短調 4分の3拍子)
 
 良い。まず、始まりの音が深く、一気に旋律を走らせ、第一第二ヴァイオリンの実に繊細な音階が少しずつ上昇するにしたがって(譜例13)、暗鬱な声楽部も"Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,"(神の子羊、世の罪を除きたもう主よ)と畏敬たっぷりに歌い全体で高揚して行くが、9小節で忽然と途切れる。(第一第二ヴァイオリンのA音がぽつんと残される)オルガンの音にバスからはじまるpiano assaiでの"dona"という歌い出しの見事さ!(譜例14)第14小節のバセットホルンとファゴットの旋律はやさしく膨らんで、弦につながり今度は冒頭の歌詞が、長調でしかもforteでおおらかに歌われ、短調に変わり、先ほどのように途切れる(第一第二ヴァイオリンの和音とヴィオラの残したE音の内に秘めた激しさ)。弦とオルガンの置いたG音を受けてpiano assaiでソプラノ声部から"dona"と歌い出し、各声部が加わる限りなく透明な優しい音色。まさに安息の名に相応しい。34小節目ではオルガンがオクターブでC音へと跳躍した後、前と同様に長調とforteで冒頭の歌詞が繰り返されるのだが、完全に流れ出した第一第二ヴァイオリンの緩やかな旋回を携えて、それは実に堂々と歌い上げられる。やはり途切れ、間髪いれずにバスが"dona"と歌い出し、前出していたソプラノ声部によって大切に歌われる"requiem"の"qui"の部分の装飾音があまりに美しくて言及せざるにはおれないほどだ。しかし、この曲が素晴らしいのは何にもまして、"sempiternam."(恒常永遠の)という語とともにcrescendoしてゆき、光と自然に満ち溢れ、真っ白になってゆくまぶしいばかりの終結部分であろう。円環終局の兆しを持たせた、素晴らしい曲である。モーンダーさえ、この曲をうち捨てなかったのは、彼が主張するモーツァルトとの科学的観察による関連(註11)と言うより、やはり美しいからであろう。

(註11)モーンダーは、研究を通じて、〈アニュス・デイ〉はジュスマイヤーがモーツァルトのスケッチを利用して構成したとしている。その中でも、モーツァルトの初期のミサ曲(K.220、1775 ハ長調ミサ曲)にかなりの部分が類似しているという新発見をした。(前出C.R.F.モーンダーのレクイエム解説、石井宏訳10頁)

 


譜例13 〈アニュス・デイ〉弦の繊細な旋律

 


譜例14 "dona"の歌い出し

 


譜例15 〈アニュス・デイ〉の『レクイエム』円環終局への兆し

 

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